孤独とマッチングアプリと婚活と 改訂版
礼は孤独の身である。友達はない。
毎日18時過ぎに仕事を終えてからすること言えば自慰と野球観戦を散歩ぐらいのものだ。
いや、自慰は朝方もしているか。自分の精を舐めてみたが、これが存外に苦くはない。
礼の食生活は実に質素だ。晩御飯のパンと牛乳とプロテインを食べながら、テレビで野球を見る。贔屓のチームが打ち込まれた時点でテレビを消す。ため息をつきつつ、ヘッドホンをつけ、部屋を出る。
散歩へ出かける。決まっていつも秋葉原へ足が向く。何を買うでもない。ただ秋葉原を彷徨い歩く。秋葉原も昔とは様変わりしたが、今の俗っぽい秋葉原のほうが好きだ。女がたくさんいるからだ。礼はコンカフェの客引きの女を眺めるのが好きだった。礼の好みとは程遠い平らな胸を眺める。客引きの女の香水が香る。ねえお兄さん、と声を掛けられるが無視する。ただ話しかけられるのは嫌いではなかった。自分が生きている証拠だからかもしれない、と自嘲した。
風を切って歩く。焼肉店の香ばしい匂いが礼の鼻をくすぐった。久々に肉を食いたい。いつ食べられるだろうか、と考える。立ち止まり、おもむろにスマートフォンを取り出し、マッチングアプリを開いた。礼の顔は悪いわけではない。が、最近はとんとマッチしない。どこかから自分の良からぬ噂でも流れたとでも言うのだろうか。ため息をつき、また歩き出した。
礼は婚活中である。ずっと独りなのは厭だから婚活しているが、好い相手が見つからない。自分に問題があるのだろうかと訝るが、わからない。自分としては相手が欲しがるものを与えているのだが。相手から離れていってしまうきらいがあった。あまり独身だと親も心配する、と苦笑する。礼は女性の選り好みが激しいとか、そんなことはない。むしろ誰でも良い。唯一嫌いな女といえば、職場のヤモリみたいな顔をしたお局さんだ。
そのお局さんは、礼に気さくに話しかけてくれる。仕事はどうだ、とか。そういった質問には無難に答える。しかし、休みの日は何をしているのか、という質問には参る。どう答えろと言うのだろうか。趣味らしい趣味はない。強いて言えば自慰くらいだろうか。男同士での会話であればそう答えてやっても良いが、相手は貴婦人だ。夫も子供もある。友人も多い。彼女に近づくと、あまりにも眩しく、自分の穴に閉じこもりたくなる。
下を向いて歩いていると、赤ん坊をベビーカーに乗せた婦人とすれ違う。婦人の胸を見つめる。大きめである。声をかけてみようか、と思って立ち止まりしばらく見てみたが、男と合流するところであったらしい。仲睦まじく歩いていった。帰ろう。家族を背に、礼は帰途に就いた。
帰りに教会へ寄ってみた。夜だから厳粛な雰囲気がする。静かだ。あたりは誰もいない。懺悔でもしてやろうか、と思うも夜だからやっていない。誰かと話したい気分なんだが、と独りごちた。ヘッドホンから讃美歌が聞こえた気がした。
帰るなりパンツを下ろす。自慰の時間だ。オナホールとローションの準備はできている。アダルトサイトを開く。さあ、今日は誰で自慰しようか。
シャワーを浴び、ベッドに腰を下ろした。体の熱が引くにつれて、心の底に冷たい穴が広がっていくのを感じた。窓を開ける。
月が見事だった。しばらく見惚れる。ふと下を見ると、窓の淵にちょっとした穴が空いている。
その穴から小さな蜘蛛が出てきた。それも何匹も。しばらく見つめ、勢いよく窓を閉めた。
椅子に座る。テレビをつけた。贔屓のチームは負けていた。敵チームのヒーローインタビューが始まる。
「いつも支えてくれる家族に感謝しています」
その言葉でテレビを消した。
求めるがあまり、壊れ、喪うものがあるのだろう。礼はベッドに横たわった。目を瞑り、これまでに喪った女たちを思い出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます