追放された転生聖女は女神の力を宿す者。チート付与で英雄たちを導き祖国へと凱旋する!
トウガ・シズハ
第1話【天宮結花】
「待って! リアナさん。私の名前は、
天へ昇る魂に――この体の持ち主だった少女に、私の声は届いただろうか。
じっと、新しい自分の体を見つめる。
小さな両手は泥にまみれ、素足の裏からは血が滲んでいた。
“
視界の端で揺れるのは、血と泥にまみれた金色の髪。“神の細工”と謳われた美貌も、今や見る影もない。
自らの姿も無惨な有様だが、それでもこの焦土において、唯一の“命”ある存在だった。
見渡せば、
もはや遺体と呼ぶことすら躊躇われる、人の形と尊厳を失った、おびただしい数の
私が……いや、この体の持ち主であった“彼女”が、彼らの中でただ一人の生き残りだった。
「うっ……!」
びしゃり、とほとんど空っぽの胃の中身を地面にぶちまける。
どうして、こんなことに……。
本来の私――
脳裏に響くのは、この体の本来の主――リアナ・アウリス・ローデリアが
――この国を……この世界を……そこで生きる人々を、どうか救ってください。
“彼女”がどんな境遇に生まれ、どんな人生をたどって、この地で命を落とすことになったのか。私はその記憶を、この体と一緒に受け継いでいる。
そんな“彼女”の記憶と、退屈な病室で読み
どうやら私は、“異世界転生”をしてしまったらしい。
それも、他人の体を乗っ取る“憑依”という、私が知る限り最悪の形で。
事の起こりは、今から六時間ほど前のことだった――。
***
私は、都内にある大学病院のベッドに横たわっていた。
「……非常に厳しい状態です。今後の方針について、あらためてご相談を……」
意識の彼方で、
もう、痛みはない。
呼吸の苦しさも、とうに感覚から消え失せていた。
光も、音も、匂いも、ぬくもりも。
そのすべてが、私という存在から
もうすぐ、私は死ぬのだろう。
まだ、十八歳になったばかりなのに。
中学と高校、その六年間の大半を病室で過ごした。友達と笑い合う時間も、何かに夢中になる青春も、私にはなかった。
両親に心配をかけ、先生や看護師の方々にも、迷惑ばかりかけて。
ただ施されるばかりで、何も成せず、何も返せないまま死ぬのなら……私は、何のために生まれてきたのだろう。
嫌だ。
誰か、助けて――。
*
「……もし、たった一つだけ願いを叶えられるとしたら、あなたは何を望みますか?」
突然、透き通るような美しい女性の声が、どこからともなく聞こえてきた。
その声は、優しく穏やかな響きでありながら、自然と
失ったはずの視界に浮かび上がる、無数の光の粒。
白銀に煌めき、揺らめきながら、私の周りを漂っている。
「私はエルセリア。調和を司る神の一柱。あなたのような“ᚲᛁᛃᛟᚱᚨᚲᚨᚾᚨ”な魂を求め、この世界へ降り立ちました」
「えっ? 今、どんな魂とおっしゃいましたか? それに、世界って……?」
返事はない。
「あなたが私の願いを聞き入れてくれるのなら、あなたの望みを一つだけ叶えましょう」
どうやら、質問に答えてくれる気はないらしい。話の内容も唐突で、あまりにも現実離れしている。
けれど、消えゆく意識に抗って、抑えきれない期待が膨らんでいく。
私の願い――。
迷うことなど、あり得なかった。
「……生きたい」
それは、私の人生でいちばん強く、いちばん真っ直ぐな、魂の叫びだった。
***
頬を撫でる風の香り。背中に触れる草の感触。体に感じる、確かな重みとぬくもり。
そして何より――。
「えっ? うそ、何これ……体が、小さくなってる!?」
跳ね起きると視線がやけに低く、自分の声も驚くほどに幼い。けれど、華奢な手足は――自由に動く。
戸惑いと歓喜が入り混じる中、
リアナ・アウリス・ローデリアという名前。十四歳という年齢。家族。街の風景。そして“彼女”の――人生の記憶。
その瞬間、私はすべてを悟った。
“彼女”が――この体の元の主が、どれほどの想いを抱き、いかなる絶望の果てに“禁忌の術”を行使したのかを。
「……そうか。私は、“もらった”んだ」
この子の命も、願いも、背負うべき運命も――そのすべてを、託されたのだ。
(この国を……この世界を……そこで生きる人々を、どうか救ってください)
不意に、脳裏に声が響く。病室で聞いた神の、エルセリアの声ではない。もっと幼く、可憐で、そして儚い――これは、“彼女”自身の声だ。
「――待って、リアナさん。私の名前は
せめて名前だけでも伝えたかった。だが、その声が届いたのか、もう確かめる術はない。
私の“生”は、この子の“死”の上に成り立っているのだから。
胸が締め付けられるような思いに駆られ、足は吸い寄せられるように火山へと向かった。
“彼女”が、少し前までいたところ――惨劇の現場へ。
最初はゆっくりと、やがて、何かに急かされるように駆け足で――。
“彼女”は“私”にあの光景を見せまいと、わざわざ離れた場所に移ってから術を使ってくれたのに。
そんな彼女の配慮を、私は今から踏みにじることになる。
それでも、見ないまま進むことはできなかった。
“彼女”の記憶として、あの惨状は知っている。だから、辛くとも耐えられるはずだと思った。
だが、実際に目の当たりにした現実は、そんな甘い想像を容赦なく打ち砕いた。
胃液を最後の一滴まで吐き出した。涙はとうに、“彼女”が流し尽くしている。
……それでも、私が出した答えは、やはり“生きたい”だった。
だから、立ち上がる。
泥にまみれた素足が、鋭い火山岩で傷つき、ふたたび血を滲ませる。
袖で口元を乱暴に拭い、まっすぐに前を見据えた。
転がるように山を降り、
「……帰らなきゃ。どんな運命が待っていても。“彼女”が命を投げ出してでも、守ろうとした国なのだから――」
きっとこれは、最悪の始まり。
それでも私の世界に、光が、音が、匂いが、ぬくもりが――“命”の輝きが、戻ってきたのだから。
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