寺があるところに寺ガール

an

第1話 坊主頭とキャスケット

彼はふと空を見上げ、流れる雲を目で追いながら、ため息をついた。


朝は早くから本堂でお勤め、昼は法要に事務作業、突然訪れる檀家の応対、そして夕方にもまたお勤め。

外から見れば暇そうに見えるかもしれないが、実際は細々とした用事が絶えない。


そう、彼は町の片隅にある小さな寺の住職。

代々続く家系の長男として生まれ、子供の頃からなんとなく察してはいたが、結局は逃げきれずに跡を継いだ。


兄弟はいる。だが長男というだけで、当然のように押し付けられた格好だ。


住職になるには得度を受ける必要があり、幼少期にすでに得度を済ませている。

仏教系の大学を出て、それなりに知識も身につけた。

法衣をまとい、お経の一つでも唱えれば、周囲からは立派な僧侶として見られる。


「うちの宗派、坊主頭なんだよな〜…」


宗派によっては髪を伸ばしてもいいが、彼の宗派では剃髪が基本。とはいえ、この坊主頭も悪いことばかりじゃない。


僧侶というだけでありがたがられ、人格者のような扱いを受ける。

しかも意外なことに、坊主頭を好む女性も一定数いるらしい。


彼は地元の友人とよく酒を飲みに出かける。

檀家への配慮も必要だが、今の時代、そこまで気にしていたら息が詰まる。

酒が入れば自然と夜の街へと足が向き、キャバクラにもよく顔を出す。


スナックやキャバクラといった店に入る前には、坊主頭を隠すためにウィッグを被るのが彼の流儀。

ウィッグというよりは、変装用のカツラという方が正しいのかもしれない。


酔って話が盛り上がってきた頃合いを見て、ウィッグをぽろっと落として種明かし。それを見た女の子たちの反応を楽しむのだ。


「僧侶」という肩書きは、こういう場ではちょっとした武器になる。

珍しがられ、坊主頭を触られ、チヤホヤされる。

モテてると勘違いしているだけかもしれないが、まあ、それも悪くない。


僧侶の身とはいえ、彼もまだ若い。

男盛りの年頃で、女性に目が行くのはごく自然なことだった。


最近は少し落ち着いたが、かつて「寺ガール」なんて呼ばれる寺好き女子がよく訪れていた。

御朱印ブームに乗じて、季節限定やイベント限定の御朱印を作ったのもその頃だ。


ブームは過ぎ去ったが、今でも根強いファンは多い。

告知を出すたびに、御朱印を求めて寺に足を運ぶ常連もいる。


それがちょっとした小遣い稼ぎになっていることは、誰にも言えない秘密だ。


そんな中、彼には密かに気になっている女性がいた。


御朱印の告知をSNSに載せるたび、欠かさず寺にやってくる。

黒髪をきゅっと束ね、キャスケット帽をかぶり、黒縁の大きな眼鏡をかけている。

眼鏡の奥に覗く瞳は大きく、長いまつ毛が印象的だった。


派手さはない。

流行りのファッションでもない。

けれど、彼の目にはなぜか焼きついて離れなかった。


寺ガールの定義なんて知らない。

けれど彼には、彼女がまさにそれらしく見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る