先生の逸話への応援コメント
言葉の実験の様な、興味深い作品だと思います。I love you の解として、後半の日本的お話(日本的情景、感情表現)としては、確かに「月が綺麗ですね」が合っています。
それでは、前半のお話では? エキゾチックな南国の情景、こちらでは「クララ、寒くないかい」ではないでしょうか?(個人意見)
あと、書生と余(先生)の関係(設定)が判りやすく表現されていれば……
普通の人間(現代人)ではないようですが? 未来人? (神の様な)人間を超えた存在? それとも、ただの(超)現代人(先生と生徒)?
作者からの返信
読んでくださってありがとうございます。
また、作品の内容についての言葉をくれたことがとても、とても嬉しいです。
前半パートの最後のセリフを『月が綺麗ですね』に置き換えるのは、正直かなり厳しいよなーと思いながら書いていました。
前半パートを書くにあたっての目的は
①夏目漱石の作品に絡めて、後半部分で書生が翻訳する英文の内容となるものにする。
②『我君を愛す』という文言を使い、それが『月が綺麗ですね』と置き換わっても違和感がない、むしろ置き換えた方が自然なものにする。
でした。
①も②も私の知識と能力的に十分なものを作るのは無理でした。
私も「コートかけてあげてるんだから、寒くない? って気遣う台詞が自然だよなー」と思います。
書生と余の設定ですが、これも幻影です。夏目漱石に絡めた盾の中の幻影です。
書生と余の関係性については深く考えていません。
後半パートの目的である、
夏目漱石の『月が綺麗ですね』の逸話の想像を描写する、
これのためだけに用意した幻影です。
書生は『坊っちゃん』に出てくる書生のような存在をイメージしてます。
先生は夏目漱石(のような存在)です。台詞のですます口調は『こころ』の先生をイメージしています。
長々と書いてすみません。
もしもアイスさんの意見や質問に関わらない情報を上記に書いてしまっていた場合、ほんとにごめんなさい。
先生の逸話への応援コメント
ご参加くださりありがとうございます!
漱石と書生のありし姿を模した思考実験、というところでしょうか。
外国のお話を日本語訳するにあたり、日本人に受け入れやすいよう、表現だけでなく場面描写や名前まで日本風に書き換えるという話を聞いたことがあります。前半の原文を訳した場面も、欧米風から日本風に書き換える過程を考えれば自然に思えました(そして最後の部分に、おそらく意図しての盛大な違和感がありました)。
後半の書生とのやり取りは……きっとこんな調子だったのだろうとも思いました。ただ、漱石はもっといろいろ考えていそうな気がしますので、フィクションの誰かに置き換えてしまって納得しました。が、「ぞなもし」に意識を持っていかれて頭に入りませんでした(笑
浅学で方言に目がいってしまい失礼いたしました……。
面白いお話をありがとうございました。
作者からの返信
読んでくださってありがとうございます。
後半パートは漱石っぽい人を喋らせます。
だからあんまり真剣に受け取られたらダメだなーと思っていました。
「ぞなもし」癖になる方言ですよね。
最初『月が綺麗ですね』に漱石は深い意味を持たせて無いんじゃね? 外野が考察して盛り上がってるだけじゃね?
そう感じていました。
しかし、漱石の作品を読み返して思いました。
漱石って結構ロマンチストというか、感情を大事にしてるくね? と。
私も、漱石はもっといろいろ考えていそうだな、と思います。
たねありけさんが言葉をくれたことがうれしいです。