第5話 契約
――目を開くと、見知った天井がそこにはあった。
ここしばらく身体を満足に動かせなかったから、天井や窓の外ばかりを眺めていた気がする。
「……?」
当然、ルヴェンは疑問に思った。
あの怪我で助かるはずがない――致命傷だったはずだ。
仮に生き永らえたとしても、もはや動くことは叶わないだろう。
だが、痛みはなく――身体を起こすのも苦ではなかった。
「これは――!」
言葉を発して最初に感じたのは違和感だ。
随分と若い声がした――それが他人のものではなく、自分のものであることも分かる。
どういうことなのか――ルヴェンは身体を起こすと、鏡の前に立った。
「――」
その姿を見て驚きに目を見開いた。
そこに写るのは老人ではなく――少女だったからだ。
赤色の長髪に健康的な肌。
先ほど受けたはずの傷もなく、別人に生まれ変わったようだ。
だが――別人ではないことが分かる。
だって、そこにいるのはルヴェンの若い頃の姿そのものだったからだ。
年齢は十五、六歳くらいといったところか。
一体何が起こったのか、さすがのルヴェンも動揺していると、
「! 気が付きましたか!?」
扉の向こうからやってきたエルフの少女が言った。
――そう、ルヴェンが助けた彼女がここにいる。
つまり、これは夢でも何でもなく現実なのだ。
「これはどういうことだ?」
ルヴェンはエルフの少女に問いかける。
――考えられる理由としては、彼女が何かしたとしか思えない。
「エルフ族に伝わる秘術を使わせていただきました」
「……秘術?」
「はい。エルフ族以外の種族と……その、いわゆる婚約を結ぶと、結んだ相手もエルフのように寿命が伸びるんです」
「……婚約?」
訳が分からず、ルヴェンはただエルフの少女の言葉を繰り返すだけになっていた。
「あ、も、申し遅れました。わたしはシエナと申します。あなた様のお名前は?」
「私はルヴェンだ」
エルフの少女――シエナはそう言うと、その場で膝を突いて頭を下げる。
「ルヴェン様、申し訳ありません――巻き込むような形になってしまって」
「それは別に構わないが……怪我が治っているのは?」
「寿命は帳尻を合わせるので、エルフ族のように身体も若くなります。その際の作用によって、身体の傷も治るんです。ただ、一度しか使えないものですが」
「つまり、私と君が婚約したことで、私の寿命は伸びて傷も治った――と?」
「そういうことになります」
「私と君は同性同士だと思うが」
気にするところはそこなのか――と思われるかもしれないが、あまりに起こったことが奇想天外だったために、ルヴェンは逆に冷静になりつつあった。
「た、助けるためにはこの方法しかなくて……」
「助ける必要はなかった」
「……え?」
ルヴェンの言葉に、シエナは目を丸くする。
「私はどのみち長くはなかった。君はそのまま逃げればいいだけだったんだよ」
「……そういうわけにはいきません。わたしはルヴェン様に助けられましたから。恩は返させていただきます」
恩返し――その結果もらった命、ということか。
だが、ルヴェンはもう人生に満足してしまっている。
すでに目標はなく、新たに命をもらったとしても――何もすることはない。
(――いや)
一つだけ、ある。
「君は商品と呼ばれていたが」
「それは……その、エルフは希少――と呼ばれていますから。姿を隠して暮らしていたのですが、捕まってしまって」
シエナの話を聞くと、随分と理不尽な目にあったらしい。
希少種族だから狙われる――そして何とか逃げ出し、出会ったのがルヴェンというわけだ。
「生き延びたのも天命、というわけか」
「……え?」
「こちらの話だ。私は元々傭兵――こうして命をもらった以上、仕事として割り切ることにした」
「ど、どういうことでしょう?」
「命をもらった分だ――君を守ろう」
「! そ、そんなつもりでお助けしたわけでは……」
「分かっているが――君と私は婚約関係にあるんだろう?」
「は、はい」
「エルフの秘術がどういうものか知らないが……傍にいなくても問題ないものなのか?」
「それは……」
ルヴェンの問いかけに、シエナは言葉を濁す。
やはり、離れ離れになるのは問題なのだろう。
「――なら、傍にいればいい。どうせ私もやることがない。生き延びたからには傭兵として君を守ってやる。そういう契約でどうだ?」
「……契約、ですか?」
「ああ、言い方を変えれば契約結婚――そういうわけだな」
随分と違った意味合いになってしまうが、ルヴェンがそう言うと、シエナはしばらく考え込んだ後で、納得するように頷く。
「……そういうことでしたら、その、よろしくお願い致します」
「ああ、よろしく頼む」
――こうして、老いた最強の傭兵は若返り、エルフの少女と契約結婚を結ぶことになった。
命をもらった代わりにエルフの少女が安全に生活できるように、彼女が剣を振るう――そんな契約だ。
老兵は死なず、若返るのみ 笹塔五郎 @sasacibe
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