第4話 スッキリした

 いつ迎えが来てもおかしくはない――最期は静かに迎えるものだと思っていた。

 だが、これは天命とでも言うべきか。

 ルヴェンは剣を構え、男達と対峙した。

 屈強な男は切断された腕を必死に押さえながら、ルヴェンを睨みつける。


「テ、テメェ……! よくも俺の腕を……!」


 もう片方の腕で握ったのは斧――だが、彼がそれを振るうことはない。

 ルヴェンは再び剣を振るった。

 ただそれだけで、音もなく――男の首は床に転がる。

 その場にいた全員が息を呑んだ。


「――言い忘れた。目は瞑っておいた方がいい」

「!」


 エルフの少女に向かって、ルヴェンは言い放った。

 これから起こるのはただの殺し合いだ――もっとも、ルヴェンを相手にしてそうなるかどうかは定かではないが。

 エルフの少女は怯えた様子を見せていたが、ルヴェンの言葉を受けて表情が変わる。

 見届ける、という意思が伝わってきた。


「好きにしろ」


 ルヴェンはそう言うと、一歩前に踏み出した。

 すると、残りの武装した男達は気圧されるように下がる。


「な、何を怯えているんです! 老人一人相手に! 仕事を全うしなさい!」


 商人が檄を飛ばすと、三人の男達が顔を合わせて武器を構えた。

 ルヴェンとの距離を少しずつ詰めて――隙を見て斬ろうという作戦だろう。


「おおおおっ!」


 一人が掛け声と共に動き出す。

 だが、終わるのも一瞬――喉元に一撃。

 ルヴェンが一人に気を取られている間に二人が動く。

 結果は変わらない――軽々と振り下ろされた剣を弾くと、ほとんど二人同時に斬って見せた。


「なっ……!?」


 商人が驚きの声を上げた。

 無理もない――エルフの少女がたまたま逃げ出した先にいた老婆がルヴェンなのだ。

 高い金額を払って雇ったであろう男達が次々と斬られては、動揺する。


「い、一体何者だ……?」


 商人の仲間の一人が、怯えた様子で問いかけてきた。

 ルヴェンは血を掃うように剣を振るうと、一言答える。


「傭兵」


 瞬間――その場から姿が消えた。

 次に聞こえてきたのは断末魔。


「ぐああああ!」

「ぎっ、がっ」

「ぐお……っ!?」


 武装した男達に向かって駆け出したルヴェンが、次々と斬り伏せていく。

 その動きについていける者はおらず、気付けば商人の男を除いてそのほとんどが斬り殺された。


「ば、化物めェ!」


 錯乱したように、一人の男が剣を振り上げる。

 当然、ルヴェンには当たらない――はずだった。


「ごほっ……」


 だが、最悪のタイミングでルヴェンの身体に異変が起きた。

 剣を握るのも久々で、本来身体を動かすのもやっとな状態――こうして戦っているのももはや意思の強さだけ。

 それでも限界はある――ルヴェンの身体の自由が効かなくなった瞬間、一撃が届いてしまった。


「……っ!」


 バランスを崩し、さらに控えていたもう一人から一撃を受ける――痛みが走った。

 身体に剣撃を受けるなど、久々のことだ。

 受けた傷は大きく、流れ出る血は止まらない――ルヴェンを斬った男は勝ちを確信したのか、笑みを浮かべようとして、


「――」


 その首は刎ね飛ばされた。

 もう一人、背中から一撃を加えた男も同じ。

 ルヴェンに向かっていくが、攻撃をかわされるとそのまま斬り伏せられる。

 そうしてついに残ったのは――商人一人だけだった。


「ふぅ……さて、残るはお前だけだが」

「ひっ、こ、こんなことが……」


 商人は引き攣った顔でルヴェンを見た。

 ――すでに満身創痍。

 それこそ、指で押せば倒れてしまうように見えるほどにルヴェンは弱っている。

 けれど、恐怖した――腕に自身のある男達を揃えたはずなのに、その全てを斬られてしまったのだから。

 さらに、ルヴェンがダメ押しをするように商人へと近づく。


「ひ、ひいいい! 助けてくれぇ!」


 先ほどまでの冷静の態度はどこへやら――情けない声を上げながら走って逃げていく。

 その姿を見送って、ルヴェンはその場に倒れた。


「だ、大丈夫ですか……!?」


 その身体を支えてくれたのは、エルフの少女だ。


「これが大丈夫に見えるか?」

「……っ、ごめん、なさい。わたしのせいで」


 エルフの少女はそう言いながら、目に涙を浮かべていた。

 確かに、彼女がここにやってきた――それが全ての原因。

 だが、ルヴェンは彼女を恨んだりはしない――むしろ、感謝していた。

 ルヴェンは最後の力を振り絞り、エルフの少女の涙を拭う。


「……気にする必要はないさ。久しぶりに剣を握って……まあ、スッキリしたよ」


 ルヴェンはそうして、静かに目を瞑る。

 流れ出る血は止まらない――間もなく、死ぬ。

 どのみち終わるはずだった命だ。

 何も惜しくはない――むしろ、希少なエルフを見られて、彼女に看取ってもらえるのなら幸運だと言えるだろう。


(十分――満足だ)


 そう言い聞かせるようにしながら、ルヴェンの意識は薄れていく。


「……死なせません。わたしが――助けます」


 ルヴェンが最後に聞いたのは、そんな声だった。

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