第3話 たった今

 エルフ――つまりは先ほどの少女のことを言っているのだろう。

 ローブで姿を隠しているため、きちんと確認したわけではない。

 だが、それならば十分に追われる理由になる。


「我々の追っているエルフは商品なんです」


 眼鏡の男はそう言い放った。


「商品?」

「ええ、商品です。私は商人――エルフは奴隷として我々が扱っているもの。そう言えば理解していただけますか?」


 眼鏡の男は商人――おそらくは奴隷専門というわけではない。

 だが、連れている武装した男達にも納得が行く。

 つまりはエルフを連れているから――高い商品価値があるものを守るため、ということだろう。


「商品に逃げられたんじゃ世話ないね」

「てめえ――」

「落ち着きなさい。ご老人も、そのような武器を持ってどうするつもりです?」


 商人が示したのは、ルヴェンの持つ剣のことだろう。

 まだ鞘に納まったままだが――状況次第では抜くこともあり得る。


「これだけ武装した人間が来れば、武器の一つや二つくらい持つだろうさ」

「ははっ、婆さん一人武器持って何ができるってんだ?」


 屈強な男がそう言うと、仲間達もバカにするように笑った。

 ――彼らからすれば、ルヴェンなど敵ではないのだろう。

 実際、それを否定はしない。

 武器を握ったとして、果たして彼ら全員を相手にできるか分からない。だが、


「試してみるか?」


 ルヴェンはそう静かに言い放った。

 すると、屈強な男は変わらず嘲笑する。


「なんだ? あの世に行きたいなら手伝ってやるよ――」

「ま、待ってください!」


 屈強な男が一歩踏み出すと、そんな風に制止する声が響いた。

 ルヴェンの背後から姿を見せたのは、先ほど家に入って来た少女だ。


「待ってろと言ったはずだが」

「これ以上は、迷惑を掛けられません……」


 少女はそう言うと、目深に被っていたフードを外した。

 美しい金色の髪色に赤い瞳――まだ幼さは残るが、整った顔立ちをしている。

 特徴的に尖った耳――本物を見るのは初めてだが、まさに噂に聞くエルフそのものだった。


「やはりここにいましたか。大人しくしていれば手荒な真似はしませんよ。大事な商品ですから」

「っ……」


 商人の言葉に、エルフの少女は小さく身体を震わせた。

 ――待てとは言ったが、このままルヴェンが時間を稼いでいる間に逃げることもできただろう。

 恐怖心からそうしたとしても――ルヴェンは咎めない。

 だが、彼女は出てきてしまった。


「最初から大人しくしとけばいいんだよ」


 屈強な男がそう言いながら、エルフの少女へと近づいてくる。

 大きな手が彼女に迫り――ルヴェンは小さく溜め息を吐いた。


「やれやれ、事情は知らないし興味もないが――舐められたままなのは癪だ」

「? 婆さん、何か言った――か?」


 屈強な男が言い終える前に、ルヴェンは剣を抜いていた。

 エルフの少女に迫る手を、肘の先から軽々と斬り飛ばしたのだ。


「……!? が、ああああああっ! お、俺の腕が……!?」

「! な、何を……!?」


 悲痛な叫び声と共に、商人は動揺する。

 エルフの少女は、いきなり目の前で腕を斬られた男を見て驚いたのか――その場に尻餅を突いた。


「もう一度言う。そこで待ってな」

「……え?」


 呆気に取られたままのエルフの少女に、ルヴェンは告げた。


「たった今決めたよ――ここを私の最期にする」


 にやりと笑い、ルヴェンは剣を構えた。

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