第2話 来客
――ルヴェン・フェイラルはかつて『最強』と謳われた傭兵であった。
戦場に立てば負けを知らず、個の戦力において彼女を超える者はいない。
だが、彼女にも勝てないものはある――老いと病だ。
「ごほっ、ごほっ――ったく、いよいよ起き上がるのもしんどくなったね」
咳き込みながら、ルヴェンは窓の外に視線を向けた。
齢七十を超え――すでに傭兵としては現役を退いている。
今は、人里離れた場所で静かに暮らす身だ。
もうすぐ迎えが来る頃だろう――最近は人生を振り返ることも多くなった。
いずれは戦場で死ぬと思っていた――だが、こうして生き永らえてしまった、というべきか。
伴侶もおらず、最後は一人で死ぬ――それが、ルヴェンの人生の終着点だ。
「まあ、やり残したこともないさ」
ルヴェンはどこか納得するように呟いた。
おそらく、次に眠りに就く時か――どうあれ、ルヴェンが最期を迎える時は近い。
自分の身体のことだから、よく分かる。
自由の効かない身体では、どのみちこれ以上長く生きたいとも思わなかったから、それでいい。
ゆっくりと、瞼を閉じようとしたところで――耳に届いたのはノックの音だった。
「……? 誰だ、こんなところまで」
ルヴェンは思わず眉を顰めた。
来客――ここは人里から離れていて、やってくる者はほとんどいない。
傭兵稼業も引退して久しいために、客が来ることもまずない――顔見知りもほとんど生きてはいないはず。
今更、誰がルヴェンの下を訪れるというのか。
コンコンッ、とノックの音が何度も繰り返される。
ただ、眠気が強い――最後の時くらい、ゆっくりとさせてほしいものだ。
「し、失礼しますっ!」
「――なんだって?」
繰り返されたノックの後、そんな声と共に扉が開く音がした。
玄関の鍵は閉めていなかったはずで、おそらくそれに気付いたのだろう。
慌ただしい足音と共に、家の中に誰かが入って来た。
気配は一人分――その足音は、ルヴェンのいる寝室の方へと向かってくる。
扉が開くと――そこにいたのはローブに身を包んだ少女であった。
顔を隠しているが、華奢な身体つきや先ほどの声で分かる。
年齢は十五、六くらいか――肩で息をするようにしながら、ルヴェンのことを見た。
「……っ、あ、あの、突然失礼を。この辺りに、他に人は……?」
「いきなり他人の家に入ってきて何だというんだ」
少女の質問にルヴェンは冷静に答えた。
――敵意はない。
もっとも、敵意があったとしても、ルヴェンは剣を抜くほどの気力はない。
ただ、ベッドに腰掛けて少女の方を向いた。
「助けてほしい――んですが、その……いきなり押しかけて、ごめんなさい」
ルヴェンが年老いた老婆であることに気付き、どうやら少女にとって期待していた人物とは違った、という感じだろう。
実際、ルヴェンのような老婆に助けを求めたとして――何ができるとは言えない。
切羽詰まった様子を見るに、訳ありなのは間違いないが。
「生憎と、この辺りには人はいないよ」
「そう、ですか」
「どうかしたのか。そんなに慌てて」
「っ、それは……」
少女は何やら迷った様子だった。
厄介事に首を突っ込むようなタイミングでもないのだが、ルヴェンは優しい口調で言う。
「言ってみろ。老い先短い命だが、役に立てることがあるなら手伝ってやるさ」
どうせもうすぐ死ぬのだから――そんな気まぐれのようなものだった。
ルヴェンの言葉を受けて、少女は意を決したような表情を見せる。
「……追われているんです」
「追われている? 誰に?」
「実は――」
「ここに逃げ込んだぞ!」
「っ!」
声が聞こえてきたのは外からだ。
びくりと、少女は身体を震わせる。
怯えたような様子で――少女の言う追ってきた者達がここに来た、というところだろう。
「そこで待ってな」
「! あ、あの――」
ルヴェンは少女を部屋に置いたまま、部屋を出た。
入口に立てかけた鞘に納まった剣を手に取ると――何人か勝手に家の中に入ってきている。
「……全く、何の騒ぎだ」
「婆さん、ここに人が来ただろう? そいつを大人しく引き渡せ」
屈強な身体つきの男が命令するような口調で言った。
その視線は鋭く――ルヴェンが老婆であろうと、返答次第では容赦しない、といった感じだ。
他に連れている者達も、全員が武装している。
家の外にも数名――気配が感じられた。
これほどの人数に囲まれても気付くのが遅れるとは――やはり老いたものだ、とルヴェンは溜め息を吐く。
「人ねぇ……誰も見ちゃいないが」
「嘘を吐くなよ。短い人生だからって、すぐに終わらせる必要もねえだろ?」
ルヴェンは眉を顰める――つまりは惚けるなら殺す、ということだろう。
「……随分と舐めた口を利く小僧だ」
「なに?」
「――まあまあ、落ち着きなさい」
――張り詰めた空気の中、屈強な男の背後から姿を見せたのは、眼鏡をかけた瘦せ型の男だった。
風貌を見るに商人のようで――指には大きな宝石のついた指輪が見える。
「突然押しかけて失礼を。今、人を捜しておりまして」
「こんな大勢引き連れて誰を捜してるっていうんだ?」
「正確に言えば、人とは少し異なります――『エルフ』という種族でして」
「――エルフ?」
眼鏡の男の言葉に、ルヴェンは目を細めた。
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