老兵は死なず、若返るのみ

笹塔五郎

第1話 最強の傭兵

「よし、お前ら――準備はいいな?」


 一人の男が、後ろに控える仲間に向かって声を掛ける。

 男は盗賊の頭目――従える部下は十人を超え、全員が武装していた。

 彼らが標的としているのは小さな村であり、そこに暮らす人々は盗賊が攻めてくるだと夢にも思っていないようだった。

 実際、この辺りで盗賊の被害は報告されていない。

 だからこその油断――対策など何もしていないだろう。

 さらに、頭目の男は村にいる一人の少女に注目した。


「おいおい……ありゃ、まさか――」

「あれは私の連れだ」

「――」


 頭目の男の言葉を遮ったのは、少女の声だった。

 驚き、その場にいた全員が振り返る。

 そこにいたのは、黒を基調とした衣服に身を包んだ――赤毛の少女だった。

 年齢は十六歳くらいだろうか、腰には鞘に納まった一本の剣を下げている。


「なんだ、嬢ちゃん。村の人間か?」


 頭目の男は冷静だった――否、冷静にならざるを得なかった。

 何せ、声を掛けられるまでに気配にすら気付けなかったのだ。

 この場にいた全員、誰一人少女の接近に気付かなかった――だからこその問いかけだ。

 ――この少女は危険だと、本当が知らせている。


「私は村の人間ではない。村には立ち寄っただけだが――重要なのはそこじゃない。お前達は野盗か?」


 身なりを言わなくても伝わるだろう――ならず者の集団であることが。

 問題は、少女が盗賊達の姿を見て、逃げ出さずに目の前に出てきたことだ。


「俺達は――」

「ちっ、小娘一人くらいさっさとやっちまえばいいさ!」

「おい――」


 部下の一人がそう言って、少女に向かって駆け出した。

 頭目の男が制止する前に、その刃が少女へと到達する――ことはなかった


「がっ」


 空気が抜けるようなわずかに苦しむ声と共に、そのまま少女とすれ違って――男は地面へと倒れ込む。

 気付けば少女は剣を抜いていて、その剣先からは鮮血が滴り落ちていた。

 地面は男の血で染まり始めている。


「て、てめえ!」


 仲間がやられたことに気付き、動揺と共に怒りの声が上がる。


「待てッ!」


 頭目の男が叫ぶが、所詮はならず者の集まり――頭に血が上れば、そんな声は届きはしない。

 そして――頭目の男一人を残して、全員が少女に斬り伏せられた。

 たった十数秒以内の出来事だ。

 仲間を全て失い、ただ一人――頭目の男だけが少女と対峙する。


「な、何者だ……お前は」

「傭兵」


 少女は一言、そう答えた。

 これほどに腕の立つ傭兵を知らないことがあるだろうか――だが、若い少女で腕の立つ傭兵など、耳にしたことがない。

 否――正確に言えば、かつては存在した。

 五十年以上前の話――赤毛の傭兵が。


「――」


 かつて酒場で聞いた昔話を思い出しながら、頭目の男はその生涯を終える。

 ――目の前にいるのが、まさに本人であることなど、死にゆく男には想像もできないことだった。


「さて――戻るとするか」


 全ての敵を斬り伏せた少女は、そう呟くようにして剣についた血を掃い、その場を後にする。

 少女の名はルヴェン・フェイラル――最強の傭兵である。

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