scene2-1:「neon」
春先の、まだ冷たさが残る風がぴゅう、と鼻先を掠めた。ネオンの光が夜を輝かせる頃、繁華街は人々の喧騒で賑わいを見せている。
玩具箱をひっくり返したような猥雑さを見せる街だが、一歩明るさから外れれば、どこか肌寒い感覚が街路に漂っていた。
特に夜は霧が出るから、暗がりの空気は重く、
宵闇はのしかかってくるようだ。
「うぅ…、さむさむ…。」
思わず呻くような声が唇の隙間から出る。
身を竦ませ、擦るようにした指先は
驚くほど冷えていた。
先程まで熱気に溢れた場所(クラブ)にいたとは思えないほどだ。
路地の奥の居酒屋の看板が目に沁みる。
「な〜あ、さくちゃんここで一杯あったまろうやあ」
寒さに震えていた青年、北原宗門《きたはら しもん》は、
温もりを求めて、提案する。
灯りと共に、焼き鳥の甘く香ばしい匂いがしてきて、
くぅ、と腹が情けない犬みたいな音を鳴らせた。
なーなー、と子供が縋るような声をかけても、
先を歩いてるオレンジ頭は返事をしない。
聞こえてないのか?、と思いもう一度名前を呼んでみる。
「お〜い、なあ、さくちゃ〜ん、聞こえとる?」
少し声を張っただけで、喉が冷たくなる。
いよいよ体の芯まで冷えてきて、
もう一度ぶるり、と大きく身震いをした。
「さく!お前なあ!」
相変わらずの無反応に、流石に苛立ちを感じる。
もうこうなったら実力行使か、と早足で近づく。
そんな気配を感じたのか否か、
無理矢理此方を向かせようとしたタイミングで、
ムカつくオレンジ頭は「やっべぇよ、超大ニュース」と
言って振り向いたのだった。
「はあ?何がじゃ」
寒さで頭まで凍ったかと、眉を寄せる。
「アレ!アレ!」
アレ、と繰り返されてもわからない。
また前を向いて、こちらの話は二の次、といった感じだ。
益々苛々としてきて、「だぁから、何じゃ!」と声量を上げて抗議する。
声量に驚いたのか、ぐるり、と
向いた目が真ん丸くなっていた。
ふいに、首の後ろに腕を通され、しゃがむようにと体勢を崩される。
結構な勢いだ、転びかねない。
地面に膝を打ちつけるのだけは、痛そうで嫌だったから、何とか踏ん張って、中くらいの屈伸、ぐらいで耐えた。
「ちょお、おい」と文句を言ってやろうと口を開いた瞬間、頬を掴まれ、まともに話すことすら許されない。
何故何でこんな雑な扱いを受けねばならないのか…。
段々と苛立ちから、げんなりした気持ちに変わってきた。
もうなんでもええわ、と脱力しかけたところを、
無理矢理顔の向きを変えられる。
首からグキ、とギャグみたいな音がした。
「馬鹿ッ、声デケェよ!気づかれるだろ!アレだよ!澁川さん!」
いや、お前の声もデカいじゃろ、と思ったがもう何も言うまい。澁川さん、と言われ、漸く、彼の視線が何に囚われていたのかが分かった。
路地裏を抜けた先。
開けた大通りに面した大きなホテル。
そこに入らんとする男と女が一人ずつ。
腕を組んだりして、なんだか親しげな様子だ。
大理石の階段や、ガラス張りから見えるエントランスは、
いかにも高級、と言った感じで、他の店からは一線を画している。
というか、正直浮いている。
この辺りは歓楽街が近く、高いよりは安い、綺麗よりはちょっと汚い、上品よりはお下品だ。
泊まるところだって、寂れたビジネスホテルが1つに、ラブホテルのほうが多いくらいで。
ビカビカと妖しげな点滅に、女体のプリント、無料案内所♡の♡にドアマンもなんだが気まずそうだ。
そんな中歩く二人はもっと異質だった。
自分達は男の方を知っている。
親友の上司で、上司の同期、またはライバル(多分)。
澁川さん、自分達がそう呼ぶ男は、
白いロングコートを纏い、
白いマフラー(多分カシミヤとかの高いやつ)を巻き、
恵体を包むスリーピースも真っ白で眩い。
頭のてっぺんから爪先まで白で統一され、
さらに目隠しの包帯を巻いているのも
目立つ原因の1つだろう。
何か楽しいことでも言ったのだろうか。
くすくすと笑った女性がそのまま、
胸に頭を預ける。
栗色に染められた巻き毛がふわん、と揺れた。
見つめ合う二人は額縁に飾られた恋人同士の絵画みたいだ。
よく見知った、普段と同じ姿の人。
普段と同じ姿の知らない事情。
仲睦まじ気な様子を見せつけられて、
誰その美人の姉ちゃん、とか
恋人いたんすか!?とか
そんなことを思う前に、
あの人プライベートでも目隠ししてるんだ、とか、
夜でも白って目立つんだなーとか、
あの人もホテル行くんだ、とか、
そういうどうでも良いことを、ぼんやり思った。
見ているものが、現実なのか。
判別がつかない。
しばらく二人でぽかーん、としてしまい、
「「えぇえぇえ!!!???」」
と声が遅れて出た頃には、
二人揃って暖かそうなホテルのドアの向こう側へと
消えてしまっていた。
「どうすんじゃ!どうすんじゃ!てかなんじゃあアレ〜!?」
「どうすんだってさ、どうって、どうよ!?」
驚きすぎて普段から乏しい語彙力は底をブチ抜きもはやマイナス。
居酒屋で暖を取ることも焼き鳥も、クラブで交換した女の子の連絡先も全部忘れて、どうする、どうする、と言いながら帰った。
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