1-1:夜城

※性描写があります



 インディゴの宵闇が深く夜を染めている。

生活の気配は既になく、風がオークの木の葉を揺らす音がさわさわと聞こえる。シーズンを終えた水仙に代わり、ラベンダーが芳香を漂わせる。深夜を超えた街に灯りは少なく、銀色の星々が散らばるのが都市からでも良く見えた。

街灯がまばらに照らすだけのこの周辺は、元より閑静な地域だ。


魔法にでもかけられたように寝静まっている夏の真夜中(マジシャンズ・ナイト)─、昔ながらの建築物を残したアパルトメント達を見下ろすように小高い丘がある。

草木が夜の闇を吸い取って、黒い大きな影の塊のようにも見える頂上に、月明かりが差して一際豪奢な屋敷が姿を見せる。


沈黙の居城(キャッスル・オブ・サイレンス)─

近隣住民からはそう呼ばれる屋敷は、怪奇小説に出てくる貴族の屋敷そのままといった出立ちで、不気味な存在感を以て、人々の生活圏を見下ろしていた。

石壁の黒さや、尖塔等の造りから、この屋敷が、丘下のアパルトメントより年代が古いことがわかる。

本物のゴシック建築だ。

石造りの重厚な壁には邪悪な相貌の雨どい(ガーゴイル)達が手足を揃えて座っていた。月影のせいで眼球のあたりがぬらり、と輝き、本物の怪物めいていた。


黒い鉄柵が上に止まる者を射抜くように鋭く、冷たい。同じく漆黒の門は、屋敷に入らんとする者全てを拒絶しているかのようで、見る者全てに威圧感を与えるであろうことは想像に難くない。とはいえ、荘厳な不気味さのあるこの屋敷に近寄ろうという者は、動画撮影を生業としている最近の物好きな若者らを除けば、そんなにいなかったが。


門の奥、小道に続く、門と同じく硬く閉ざされた扉には、這うような薔薇と共に、銀色に咲く薔薇のレリーフが一輪、月明かりによって煌めく。

この銀色の紋章こそが、この屋敷の主人の存在を象徴的に明らかにしていた。

銀色の薔薇、すなわちシルバーローズは、

昼と夜の均衡を保つための国家秘密機関、

人間(デイライト)と夜の主人(ヴァンプ)達の橋渡し役であり、秩序なき獣達(ノクターン)を排除する者達─。シルバーローズ機関に所属する、選ばれし者の証である。

畏怖と宵闇を湛える屋敷からしても、貴族クラスのヴァンプの居城ということはわかった。


ケイ=ツリーイング=ウォーカー。

それがこの居城の主人の名である。

永きに渡り、時代を歩んできた、

ヴァンプの大貴族だ。


涼やかな夜風でウィローの枝がそよいだ。

静まり返った屋敷の門の前、いつの間にやら停まっていた馬車が動き出す。

いつから停まっていたのか、どこからやってきたのか、屋敷の主人以外、誰にもわからない。

馬車に御者は乗っておらず、馬車を引く馬もよく見ればこの世のものではないのかもしれなかった。薄青い足元が地を蹴る音がしない。

カラカラと侘しさを残した車輪の音だけが、丘の古怪から聞こえ、消えていくのだった。




 屋敷の中も、街と同じく灯りはなく、暗がりに満ちていた。調度品の凹凸が彩る影が、大きな生き物のように蠢く。

豪奢な織物絨毯に描かれた中世の怪物譚の一部が、チラチラと照らされて、宛らファンタスゴマリーの如し不気味で幽麗な雰囲気を滲ませている。門と同じく閉ざされたドアが並ぶ、長い長い廊下。その果てに主人の寝室は密やかに置かれていた。

一等立派なレリーフの施された扉の部屋だ。


扉の向こうから、風とも吐息ともつかぬ微かな音が、夜の闇を震わせている。

開け放たれた窓は広く、バルコニーから伸びる月影が寝台の上を煌々と照らしている。


人影は二つ。

だが、大きい方の影に、片方の影が覆われるようにして、一つに見える。

深い吐息に混ざり、短く、浅い息づかいが聞こえる。深い吐息の主─屋敷の主人は目下の、

若い肉体の瑞々しさを堪能していた。


沈黙の居城の主人─、ツリーイング公の下、

寝台に縫い付けられるようにしてうら若き青年のミルクのように白い肌に、

月光の創り出す青い影が落ちる。

カーテンの揺らめきが、水面の下を泳ぐ魚のように形を変えて流れていく。

青年の熱の籠った吐息が唇を震わせる。

花唇の隙間から覗く、鋭い犬歯もまた、

彼が人ではないことを表していた。


純白のシーツを握る手が、腕が、背中の筋が、

影絵のように浮かび上がっては暗闇に溶かされていく。

広い背中にはしっかりと筋肉がついており、

それらが蠢く様子は大貴族の目を楽しませた。


「ツ、ツリーイング公…ッ…」

絞り出された声は上擦って掠れている。

暗紅色の瞳には薄らと水の膜が張って、

瞬きをするたびに水晶のように睫毛が煌めくのだった。

く、と引き締まった腰を掴み、引き寄せる。

普段、会議室や執務室で目にする、自信家の姿は身を潜め、

与えられた快楽に素直に肩を震わせる姿は、

健気にすら感じられた。

昼間の様子からは誰も想像もつかないであろう─、といった

優越感もまた、誇り高き貴族を昂らせるのだった。



「こういう場では名前で呼ぶのが相応しくはないかい。

サダルメリク。」

耳の裏に唇を寄せて囁く。

牙が掠ったのか、サダルメリク、と呼ばれた青年は、

ひ、と濡れた悲鳴のような声を漏らした。

ふる、と頭を緩く振り、サファイヤブルーの髪の青さが鮮やかに解ける。

首を垂れる様子は水際のナルシスの花のように

艶かしく、情慾を唆った。


髪に導かれるようにして、視線を頸に移せば、刻まれた歯型が目に入る。

規則的に並んだ通常の歯と、等間隔で少し幅広で深い歯、つまりヴァンプの犬歯による咬み跡は、棘薔薇の冠を思わせた。

蝋のように白い首に赤赤と、ついさっき噛まれたかのように残る其れが目に入る時、より一層、月に愛された大貴族を満足させるのだった。


これは単なる愛咬の印ではない。

αとΩという、二つの生物の、正統な番の証である。手を這わせ、確かめるように指先に力を込める。血こそ出ないが、ツリーイング公の体質上、サダルメリクに付けられたこの傷が治ることは永劫ない。

永遠に刻まれた所有の証、番の証。

人間には東京到底理解できないほど長い間待ったのだ。

もう誰にも渡すつもりはなかった。


強めに腰を押し付け、

潤んだ腸内を激しく擦り上げていく。

ぐぢゅ、ぐぢゅ、と粘度を含んだ水音が、

二人の昂りを示していた。

周期ではないため、閉じている膣へと続く道も

1ヶ月としない内には開かれるだろう。

サダルメリクは女ではない、それは幾度となく精を吐き、

今やすっかり芯を無くした、脚の間にぶら下がるものが証明している。

胸筋が豊かとはいえ、女性の乳房があるわけでもない。

乳首は少し大きめだろうか、しかしやはり女性の乳とは到底言えないものであった。

しかし子を孕むことの出来る生殖器を備え、周期的に迎える発情期(ヒート)と共に子宮への道は開かれるのだ。

それがΩという性の特性である。


今はただ僅かな窪みでしかないそこを執拗に捏ねれば、

面白いくらいに身体が跳ね、嬌声が寝室に響いた。


「あ、ッ、いや、ぁっ…ああ、んぅ、うぅ…!」

唇を噛んで声を我慢しようとするのを、指でこじ開ける。

快楽を拾って伸びた犬歯を指の腹で撫であげる。触れた唇の裏側が燃えるように熱かった。


真っ白な形の良い尻肉が打ち付けられる度

形を変えていくのは、征服欲のような加虐心のような、

兎に角、相手を手の内で可愛がっている、という気持ちを満たしてくれる。

丸い双丘を手のひらで掴み、左右に開く。

「いや、ッ」と高い悲鳴と共に、秘孔が丸見えになる。

粘液に塗れてぬら、と光を帯びていた。

血の気の少ない肌とは対照的に、薔薇の花弁色の粘膜が

ひくひくと蠢いているのが、光の反射でわかる。

体内に押し込んでいた男根をゆっくりと引き抜こうとすると、

肉の壁が纏わりつき、きゅう、と後孔が締まる。

無意識なのだろうか、上下に軽く尻たぶを揺する様子は如何にも、情慾を誘発しようとしている風にしか見えない。


入り口の狭い輪っかのようなところに、雁首を引っ掛け、浅い場所を何度か擦る。

くぷ、くぷ、と愛液と精液が混ざったものが、クリーム状に泡立ち、捲れ上がった花弁や雄芯(ファルス)に絡む様子は酷く煽情的(エロティック)だ。


「ああ、う、ぁ、ッ、…や、ぁ、」

駄々をこねる幼子のように頭を振り、

いやいやと手首に縋ってくる様子も、劣情を駆り立てる。健康的で豊満な身体付きや、態度、反応はもちろん、

何よりこの匂いだ─。

室内に満ち溢れんばかりの芳香が興奮の止まるところを知らせない。

体温が上がれば上がるほど、

興奮が昂れば昂るほど、

フェロモンの匂いが濃厚に、甘く、立ち込めてくる。柑橘にも似た、爽やかさと甘さを含んだ匂いが、彼の香りだ。

それが精子や愛液と混ざり合い、一層腰の奥を重たくさせるのだった。


浅く緩く突いていた腰を一気に押し付け、

勢いよく抜く。

ぬぽんッ、

と間の抜けた音と共に、サダルメリクの「う"、!!!」と息を詰めたのが聞こえた。

ビクンッと大きく痙攣し、首を垂れる。

顔が枕に沈んで、息が出来なさそうだ。


腰を高くあげ、尻を突き出すかのような格好では剛直が引き抜かれた後の後孔がよく見える。

何時間も出し入れされていた蕾は開ききって、

ぽっかりと口を開けていた。

ローズピンクの腸壁が収縮する度に、ちゅ、くちゅぅ、

と小さな音をさせている。

蠢く肉襞は別の生き物のようで、神秘的ですらあった。

早く、早く、また、この柔らかな肉花を引っ掻きまわしてやりたい、という慾望と、神聖ですらある様子をもう少し見ていたい、という気持ちがせめぎ合う。


そう思っているうちに、開いていた花弁はひくひくと震えを帯びながら元の蕾に戻ろうと、

閉じたり、開いたり、を繰り返す。

閉じたり、開いたり、

閉じたり、開いたり、

閉じたり、開いたり…。

きゅう、と締まったと思うと、

押し出すようにして、蕾の縁がこんもりと盛り上がり、ぷつり、と白濁が吐き出された。

恥じらいからか、足を閉じようとするから、

かえって太ももの内側を汚し、淫猥な音がする。



はっ、はぁ、はぁ、と漸く戻ってきた浅い呼吸と共に、サファイヤブルーの頭が振り返る。

縮こまっていた背中が動き、腕ごと此方を向いた。

未だふら、ふら、と力が入りきらない様子で手を彷徨かせながら、手のひらを開いて秘孔を隠そうとする。

しかし隠すことは許さない。

隠せないように指を絡め、手を結ぶ。

そうすると、ハッと、諦めたようにだらり、と腕が垂れ下がった。


「…も、…や、いや、み、見ない、で、…ほ、ッ本当に、、…お願い、します、…う、ぅッ…いやぁ、…ぅ、ぅ…〜〜ッ…」

掠れた細い声の懇願。

肩を震わせ、顔を再度枕に押し付けてしまった。

一瞬見えた気がした、星月夜を反射する潤みは涙か。ずび、ッと啜る音がするから、

どうやら本当に泣いてしまったらしい。

恥部を開かれ、泣いてしまうだなんて。

可愛らしい、と思うと同時に腰の先がまた硬度を持ち始める。


「ごめんね、泣かせたいわけじゃないんだ。」

そう言って、繋いだままの手ではないほうで、肩を抱き寄せ、顔を向かせる。

真紅が滲んだ瞳は涙の膜を張って、熱を帯びている。「泣かないで、ね。」と瞼やこめかみにくちづけを落とし、頭を撫でる。

あやすように、言い聞かせるように。

すん、と鼻を啜る姿を、一体どれだけの者が目にしただろう。

きっと彼の側近と近親者以外、自分だけだ。

そう思うとなんとも言えない、心地良さが胸を満たす。この先の未来は、自分だけが見ることを許されるのだ。


普段の貴族としての、高潔な姿も

若者らしく、時に生意気で青く、魅力的だが、

寝台の中で見せる、年相応、いや若干幼いくらいの姿も好ましいかった。

可愛らしい、もっと見たい、見せてほしい。

余すところなく見たいのだ。

そして、文字通り食べてしまいたいほどに愛らしい、と思うと同時に、涙に震える肩や背中を目にすると、

きゅう、と胸が締め付けられる。

何故だろうか。眩暈がするほど長く生きて尚、このような不可解な感情に包まれるだなんて、思ってもみなかった。


「ね、それでは塞いでしまおうか。そうしたら恥ずかしくないだろう?」

耳の外側の方の窪みと、対輪を舐めあげながら囁く。耳輪の際を軽く喰み、三角の窪みに舌を這わせる。

ふ、っと啜り泣きが艶めいたのを確認し、

鋼鉄のような硬さを持つそれをまた、秘孔に充てがった。

長く深い夜は、まだ続く。

迎えの馬車がやってくるまで、

熱を交わらせるには充分時間はあるはずだ。

クォーツの月の輝きが天蓋を透かし、

二人の影は再度、隙間なく寄り添うのだった──。

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