第41話ムジョルニアの始動

 4月18日(金)早朝


 渋谷の工場跡地を偽装した「愛の拠点」。その地下深く、トールが魔改造した格納庫は、訓練開始の冷たい緊張感に包まれていた。


 昨晩、第二フェーズへの移行を確認したトールは、既に戦闘服を纏い、ホログラムマップの前で立っている。彼の目の前には、昨日選定したクラン『ムジョルニア』のメンバー6名が、支給されたばかりの訓練着姿で直立していた。


 訓練着はトールが自ら錬金術で製造した、漆黒の複合素材だ。聖属性の3名(ソフィア、アリス、ノア)には、ルナのバトルスーツと同じく白を基調とした聖属性の縁取りが、戦闘適応性の3名(アオイ、ユキ、ケンタ)には、トールのスーツと同じメタリックブルーの雷属性の縁取りが施されていた。


「トール様」


 妹のソフィアが、緊張と畏敬の念を込めた翠玉色の瞳でトールを見上げた。ルナから聞いた姉の変貌の理由、そしてトールへの愛の献身。彼女の心は、姉と同じ「究極の献身」を求めていた。


「ムジョルニアに、英雄の物語はない」


 トールの声は、冷徹な石のようだ。彼は、彼らの憧れを、一瞬で「非人道的な効率」という現実に引き戻す。がしかし、ソフィアには不満が残ったようだ。


(明日、お姉ちゃんに直談判だわ)


「君たちに教えるのは、『生存と最適解』だ。戦闘における感情的コスト、治療コスト、魔石分配の非効率、その全てを排除する。君たちの忠誠心は、私の宇宙空母建造計画という、絶対的な合理性に捧げられる」


 彼の言葉は、彼らが孤児院で経験した「安価な労働力」としての価値観を、否定せず、そのまま「効率的な戦闘員」としての価値観へと昇華させるものだった。


 訓練は、トールが持つ異世界のチート能力と、イシュラーナのAI解析に基づいた、極めてシステマティックなものだった。


 フェーズ1:聖属性の制御と錬金術

 トールは、まず聖属性の3名にルナの聖属性の力をカモフラージュする術を教え込んだ。


 訓練:「聖なるノイズの生成」

 目的: ルナの聖属性魔力の漏洩を、他の聖属性因子の若者たちの「ノイズ」で打ち消す。

 内容: ソフィア、アリス、ノアの3名は、トールの指導のもと、自身の聖属性魔力を「制御を失ったかのような、広範囲で雑多なノイズ」として同時に放出する訓練を行う。これは、ルナの「強すぎる聖女の光」を、「集団的な未熟さ」として欺瞞するための戦術だ。


 ソフィア: 「これが、お姉ちゃんの光を守るための『汚れ仕事』なのね…」彼女の純粋な献身が、冷徹な策略へと変換される。


 訓練:「治療コストの排除」

 目的: クランの生命線であるアリス(回復力)の魔力消耗を最小化する。

 内容: トールはアリスに対し、「戦闘ダメージは全て、ケンタが回収した魔石の錬金術によるポーションで賄う」という絶対的なルールを徹底。アリスの回復魔力は、「不測の事態のための予備リソース」として温存される。


 フェーズ2:雷帝の論理と無駄な動きの排除

 戦闘要員3名(アオイ、ユキ、ケンタ)には、トールの「冷徹な殲滅効率」が叩き込まれた。


 訓練:「無駄な防御の禁止」

 目的: 敵の攻撃を「回避コスト」と「治療コスト」で天秤にかけ、最も効率的な行動を選択させる。

 内容: アオイ(防御力)に対し、トールはわざと敵の攻撃を受けさせ、その後の「治療の錬金術コスト(材料費と時間)」を数値で提示する。「その攻撃を0.5秒の回避で済ませた方が、回復ポーション1本よりも安価だ」


 訓練:「影の仕事の最適化」

 目的: ユキ(情報収集)の隠密行動と、ケンタ(資源回収)の資源への渇望を、クランの利益に直結させる。

 内容: トールはユキに「魔物の群れの最も非効率な移動経路」を解析させ、ケンタには「ドロップした魔石の純度と市場価値」を瞬時に計算させる訓練を課す。


「感情よりも、魔石の純度を優先しろ」


 訓練は過酷だった。若者たちの表情から、孤児院での甘えや、青春のロマンティックな要素は消え失せていく。残ったのは、トールへの絶対的な忠誠と、「非人道的な効率」という名の、新たな生きる指針だけだ。


 訓練の最後に、トールは彼らに「雷属性エンチャント」を施した特製スタッフを支給した。そして、クランの名を告げる。


「ムジョルニア。雷神の鎚だ。君たちは、私の宇宙空母建造計画を支える、最も冷徹で、最も美しい剣となる」


 彼らは、トールに静かに頭を下げ、その言葉を受け入れた。彼らの心には、ギルドの腐敗から解放され、トールという絶対的な庇護者のもとで、「宇宙の光」という名の、新しい未来が刻まれたのだった。


 ◆


 訓練格納庫に、クラン『ムジョルニア』の6名がトールへの忠誠を誓った直後の静寂が満ちていた。その静寂を破り、お隣さんで、元工場倉庫の所有者である石塚 亮(イシヅカ リョウ)社長が姿を現した。


「やあ、トール君。その後どうかね?」


「ああ、イシヅカさん。その節は大変お世話になりました」


 石塚社長は、トールに朗らかな笑顔を向けたが、その顔色は不自然な土気色をしていた。


「社長、どこか具合が悪いのですか?」


「ああ、このところ頭痛がひどくてね。これも社長の苦労のせいかな? はははっ」


 石塚社長が疲労を笑い飛ばそうとするが、妹のソフィアが、聖属性の純粋な感覚で社長の身体に宿る異変を察知した。


「トールさん、その方、右のまぶたが下がっています。もしかしたら……」


 その瞬間、石塚社長は顔を歪ませた。


「うぅ、また頭痛が……」


 社長は、激しい苦痛と共にその場にうずくまってしまった。


 社長の異変を前に、トールは一瞬の躊躇もなく、冷徹な指示をクランメンバーに放った。彼の脳裏では、「愛の拠点」の最終的なカモフラージュの鍵である社長の命を確保することが、最優先タスクとして展開されていた。


「これはいけない‼ ソフィア、救急車の手配を! ノア、ご家族を呼んできて。場所はあそこの工場だ。アリス、ここで社長の様子を観察しておいて。体を動かしてはだめだよ」


 トールは、指示を終えると、冷静な瞳でイシュラーナを起動させた。


「イシュラーナ、全身スキャンできるか?」


「警告。社長個体、生体反応に深刻な異常を確認。即座の医療介入が必須です。社長個体は、この工場倉庫の所有権者であり、我々の『愛の拠点』の最終的なカモフラージュの鍵です。生存の確保を最優先します」


「全身スキャンを実行します。御屋形さまの異世界医療データと、聖属性因子の波動を融合。解析を開始」


 トールのパイロットゴーグルには、石塚社長の体内のホログラム映像が映し出された。脳の血管、心臓の魔力弁など、彼の異世界の知識に基づく体内の状態が分析されていく。


「解析結果: 右脳周辺の血管に破裂を確認。これは『くも膜下出血』の症状です。予断を許しません。緊急の魔力治療が必要です」


 トールは、その冷徹な診断結果に、征服者としての責任感を刻み込んだ。


 トールは、うずくまる石塚社長の横に屈み込んだ。その顔には、少年としての緊迫感と、征服者としての冷徹な責任感が混ざり合っていた。


「イシヅカさん。あなたの症状は『くも膜下出血』です。一刻を争う。通常の病院では助からないか、助かっても後遺症が残ります」


 トールは、社長の耳元で、彼にしか聞こえない声で、「真実」という名の重い鉛を突きつける。


「救命策は、一つ。私の聖属性因子を持つクランメンバーの純粋な魔力と、異世界の技術で精製されたポーションによる、緊急の魔力治療です。ただし、この行為は、私の計画の『最終的な秘密』をあなたと共有することを意味します」


 トールは、イシュラーナに指示を出した。


 トールが


「イシュラーナ、ソフィアとアリスを呼べ。ケンタには、地下の錬金部屋から極大の回復ポーションを回収させろ。ノアには、周囲への魔力遮断結界の展開を命じる」


 と冷徹に命じた瞬間、クラン『ムジョルニア』のメンバーは一切の迷いなく、その役割を果たし始めた。彼らは、トールの「非人道的な効率」の指導を、既に自身の本能として受け入れていた。


 救急車要請の連絡を終えて戻ってきたソフィアは、トールに名を呼ばれると、彼の横に静かに控えたアリスと共に、社長の救命という聖なる任務の準備を整えた。


 ご家族への伝言を終え、即座にトールの指示を受け入れたノアは、その場に留まることなく、訓練着に施された聖属性の縁取りを輝かせながら、格納庫の四隅へ駆け出した。彼女の15歳の華奢な身体から、広範囲の魔力遮断結界が瞬時に展開され、外部の監視システムが社長の異常な魔力反応を捉えるのを防いだ。


 トールの「資源回収」の論理を最も忠実に体現するケンタは、他のメンバーへの指示を聞き終わる前に、既に床のマンホールを開けて地下の錬金部屋へと滑り込んでいた。彼の魔石への渇望は、ポーション回収という形で、最も効率的な行動へと変換された。


 トールは、ノアによる遮断結界の展開を確認すると、うずくまる石塚社長の横に屈み込んだ。アリスが冷静に社長のバイタルを観察する中、トールはソフィアとアリスの二人の聖属性因子保有者の手に、自らの手を重ねた。


「アリス、ソフィア。極大回復ポーションを投与する。君たちの聖なる力を、そのポーションの「生命のアンカー」に注ぎ込み、社長の脳の損傷部位に集中させろ」


 二人の聖属性魔力が、トールを介して共鳴し、ポーションの持つ異世界の治癒力を極限まで高めた。


 その時、地下のマンホールから、ケンタが息を切らせて駆け上がってきた。彼の両手には、光を放つ極大の回復ポーションが握られていた。彼はそれをトールに差し出すと、額の汗を拭うことなく、次の指示を待って直立した。


 トールはポーションを社長の口元へ流し込むと同時に、ソフィアとアリスの魔力を、社長の身体へと一気に解放した。


 ソフィアの清らかな光とアリスの治癒の力が、ポーションの生命力と共に、破裂した血管の周囲へと集中していく。社長の苦痛の呻きは、一瞬で鎮まり、その顔の土気色が、微かに和らいだ。


「イシュラーナ、魔力治療の進捗を」


「治療成功。くも膜下出血による血管の破裂は停止。脳細胞への不可逆的な損傷は回避されました。社長個体のバイタル、急速に安定しています」


 トールは、その「非人道的な効率」による救命の成功に、冷徹な満足を覚えた。彼は石塚社長の命を救った。それは、「愛の拠点」の秘密を守り、彼をトールへの絶対的な忠誠という鎖で繋ぎ止めた、冷酷な勝利だった。


 彼は、まだ意識の戻らない社長の横で、静かに立ち上がった。その目は、彼を支えたクラン『ムジョルニア』の若者たちに向けられていた。


「ムジョルニア。君たちの最初の任務、完了だ」


 石塚社長の命を救った直後、救急車が到着した。トールは、駆けつけた社長の長女と次女の二人を救急車に乗せ、救急病院への搬送へ向かおうとする救急隊員へ状況の説明を行った。


 トールが救急隊員に伝えたのは、イシュラーナが作成した「外部公開用」の冷静な報告書だ。


「彼の容態は、激しい頭痛によるくも膜下出血。応急処置として、ギルド指定の高純度ポーションを投与し、魔力的に症状の悪化を抑えました。幸い、ポーションが効き、容態は安定しています」


 トールは、自身の異世界医療技術やムジョルニアの存在といった「最終的な秘密」を一切漏らさなかった。彼の言葉は、すべて「ギルドの特殊なポーションによる奇跡的な救命」という、「大人の事情」に適合したカモフラージュ情報だった。


 ムジョルニアの活動は、社長の緊急事態により、急遽解散となった。


 ◆


 4月18日(金)17時


 その後、石塚社長は大事をとって入院。トールは、妹のソフィア(孤児院には帰らず、ルナの預かりとなった)とルナを連れて、「愛の拠点」へと帰宅した。


「トール様、今一度お尋ねします」


 妹のソフィアが、緊張と畏敬の念を込めた翠玉色の瞳でトールを見上げた。ルナから聞いた姉の変貌の理由、そしてトールへの愛の献身。彼女の心は、姉と同じ「究極の献身」を求めていた。


 ソフィアは、先程の治療行為中、ソフィアとアリスの二人の聖属性魔力が、トールを介して共鳴し、ポーションの持つ異世界の治癒力を極限まで高めたことに、聖なる力の確信を得ていた。


 ソフィアの堅い決心をその瞳の奥に見たトールは、彼女に究極の試練を提示しました。


「わかった。ルナがこれから帰宅する。そしてその後大聖女のための精液授受が行われる。それをしっかり見て、どうしたいか考えなさい」


 この言葉は、ソフィアにとって、姉ルナが毎夜行っている「愛の支配の儀式」を、「聖女の修行」として目撃するという、清純さと背徳感の極限の試練でした。


 ソフィアは、姉ルナの「愛の献身」が、トールの「冷徹な効率」と結びついた結果、どのような「聖なる力」を生み出すのかを、その目で確認し、自身もその道に進むか否か、究極の選択を迫られることになったのです。


 トールのこの指示は、ソフィアの「純粋な力」の行使を促すものであり、彼女を「ムジョルニアの最初の聖なる剣」とするための、冷徹な支配の布石でした。


 ◆


 4月18日(金)23時


 格納庫の冷たい空気とは違い、トールとルナが魔改造したリビングは、温かく、ルナの上品な香水の香りが満ちていた。ルナは、ソフィアという「純粋な聖属性の光」がこの聖域に加わったことで、緊張感が増していた。


 ルナは、トールを優しく抱きしめ、彼の逞しい胸元に顔を埋める。


「お疲れ様でした、トールさま。わたくしの愛の誓いが、貴方さまの計画を邪魔する『不幸な事故』を、『聖なる救命』という最高の成果に変えたのですね」


 彼女の言葉は、トールが昼間ルナに要求した「非人道的な効率」が、結果的に「献身的な救済」という「愛の証明」になったことへの、艶めかしい安堵だった。


 トールは、ルナとソフィアをソファに座らせ、昼間の出来事を詳細に語り始めた。ルナは、妹の目の前で、トールの「非人道的な効率」という名の策略が、いかに「愛と正義」に満ちたものかを理解させる必要があった。


「ソフィア。ムジョルニアの最初の任務は、成功した。君の聖なる光が、社長の命を救った」


 トールは、ルナの愛の誓約と、ソフィアの純粋な聖属性因子が、ムジョルニアというクランの「魂」となることを教え込んだ。


「社長の命は、これで救われた。だが、彼は、俺たちの『愛の拠点』の秘密を知ってしまった。彼の『生存』は、『計画の存続』と同義だ」


 トールは、ソフィアとルナの二人の聖属性因子保有者の手を重ねた。


「これからは、この『愛の拠点』が、君たちの新しい家となる。ソフィア、君は、ルナの妹として、そして『ムジョルニアの最初の聖なる剣』として、この秘密を、愛と忠誠をもって守り抜く義務を負う」


 ルナは、ソフィアの背中を優しく抱きしめた。


「ソフィア。お姉ちゃんの『非人道的な効率』は、あなたの『清らかな光』を守るための盾よ。トールさまは、私たちに、愛と、そして生きるための絶対的な理由を与えてくださったの。貴方も、この愛の教義に、身を捧げなさい」


 ソフィアの翠玉色の瞳は、目の前の姉とトールという「支配者」が語る、背徳的で甘美な「愛の教義」に、戸惑いと、抗いがたい「聖女」としての運命の予感を抱き、静かに頷いた。


 トールは、ルナとソフィアという二人の聖属性の姉妹を前に、「一夫一婦制」という彼がかつて生きていた世界の倫理観に縛られていた.。この世界では、姉妹が同じ男性を夫とすることは珍しくなかったが、トールはルナとは違うアプローチを妹ソフィアに取ろうとしていた.。


 トールは、ソフィアの「清らかな光」を、ルナの「愛の献身」とは異なる、純粋な聖なる力として行使してほしいと願った.。彼女の聖属性は、ルナの「愛の支配」による快感の奔流ではなく、「ムジョルニアの最初の聖なる任務」として、穢れのない救済に使われるべきだと考えたのだ.。


 ルナは、トールのその「新たな教義」に、静かな焦燥を感じていた。


 妹のソフィアは、ルナの最も清らかな聖域であり、彼女をギルドの腐敗から守るという強い姉の愛情がある.。


 ルナは、ソフィアが「ムジョルニアの最初の聖なる剣」としてトールの計画に組み込まれたことで、妹が自分と同じ「トールの隣に立つ伴侶」というステージに立とうとしているのではないかと恐れた.。


 ルナは、トールの「非人道的な効率」を全身で受け入れ、「愛の授受」という行為を通してトールの寵愛を独占している。しかし、妹と同じ「聖なる力」のステージに立つには、トールの寵愛、すなわち「精液の授受」が必須となるという不安に悩んだ.。


 一方、妹のソフィアは、姉ルナの抱える深い葛藤を知らない。


 彼女の動機は、姉ルナを「泥と蜂蜜にまみれた獣のような姿」に変貌させた「究極の献身」を探究し、獲得すること.。


 ソフィアは、ルナの「聖なる力」がトールの計画に不可欠な「光」となっていることに、聖女としての純粋な憧れを抱いていた .。彼女は、姉と同じ「トールの隣に立つ伴侶」というステージに立ちたいと心から願っていた.。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る