第39話渋谷上級ダンジョン46階層~50階層
4月16日(水)13時
中央探索者ギルド渋谷上級ダンジョン、第46階層
【イシュラーナ:戦術分析。46階層は「集団による行動封鎖」と「装備の継続的汚染」の複合デバフが主となります。敵は物理的な破壊より、広域の魔力浄化による無力化が最も効率的です。御屋形さまの「聖属性の広域展開」による、全域の穢れを払う殲滅を推奨します。】
トールが46階層の湿った通路に転移した瞬間、周囲の空間は無数の怨念の視線に満たされた。空気は黴と古びた化粧品、そして生の欲望の不快な混臭が充満している。
通路の至る所から、ゴーストスクランブラーが霧のような霊体で湧き出してきた。奴らは、人混みに紛れるように不規則な軌道でトールを包囲し、動きを鈍らせる粘着質な魔力を放った。トールは、その霊的な圧力に、一瞬の息苦しさを感じ、冷たい汗を滲ませた。
「チッ、集団による時間稼ぎか」
その足元、壁の亀裂から落書きスライムがネズミの群れのように這い出してきた。スライムは、トールの戦闘服に粘着質な体液をかけ、装備の防御力を一時的に汚損させようとする。トールは、その体液の不潔な感触を肌で感じた。
さらに、通路の奥からシブヤツクールがヒステリックな笑い声と共に現れた。彼らは、極彩色のファッションアイテムを身に纏い、その服の色に応じて、様々な弱点と攻撃方法を変化させる。彼らの不規則な攻撃は、トールの分析の精度を試す。
トールは、広範囲の汚染と霊体の封鎖を同時に処理するため、聖属性の魔力を練り上げた。
「《聖なる静止:広域浄化(ホーリー・パージ)》」
トールは、左手の杖を天に突き上げ、清浄な白銀の光を放った。光は、空間に「遅延」を生み出し、ゴーストスクランブラーの動きを完全に停止させる。霊体は、怨念の核を浄化され、音もなく崩壊した。
光の奔流は、落書きスライムをも飲み込んだ。スライムの不潔な体液は、聖属性の魔力によって瞬間的に蒸発し、無害な粉塵へと還元される。トールの装備の汚損は、光の奔流によって寸分の狂いもなく清められた。
最後に残ったシブヤツクール。彼らは、仲間たちの崩壊に動揺し、服の色を不規則に変化させ始めた。トールは、残された魔力の残滓を追って、最も攻撃的な色彩を放つツクールの核に、全てを破壊する雷の槍を突き立てた。
「《収束雷撃:色彩核の貫通(カラー・ピアース)》」
雷光は、色彩の防御を無視し、ツクールの狂った欲望の核を貫く。魔物は、ヒステリックな断末魔を上げ、燃え尽きた古着の残骸となって崩壊した。
トールは、清浄な空気が戻ったフロアで、冷徹な殲滅を完了させた。彼の瞳には、一切の迷いではなく、勝利の冷たい満足だけが宿っていた。
【イシュラーナ:戦術分析。47階層は「不規則な機動力」と「ランダムな耐性変化」の極めて非効率な複合戦闘を強います。敵の行動パターンは予測不能であり、特にグラフィティゴーレムの耐性変化は致命的な遅延を招きます。御屋形さまの「全属性の瞬間飽和」による、思考停止からの殲滅を推奨します。】
トールが47階層の冷たいコンクリートに転移した瞬間、周囲の空間はスプレー塗料の刺激臭と埃っぽい土の匂いに満たされた。壁一面には、荒々しい色彩のグラフィティが描かれ、その狂気の熱が空間に渦巻いている。
通路の奥から、ストリートダンサー・レイスが滑らかで予測不能なステップで現れた。その華麗な舞踏は、トールの視界に幻惑効果を生み出し、空間の遠近感を狂わせようとする。トールは、その霊的な優雅さに、一瞬の警戒を覚えた。
――キィィィィ!
その優雅な舞踏を切り裂くように、スケーター・バンシーが高速の滑走音と共にトールに迫る。スケートボードを操る女性の霊は、鋭い叫び声でトールの聴覚を麻痺させ、思考を混乱させようと試みる。トールは、その音波の肉体的暴力に、奥歯を噛みしめ、全身の神経を集中させた。
その時、壁のグラフィティが剥がれ落ち、グラフィティゴーレムが鈍い石の巨体を現した。トールが雷の魔力を込め、スタッフを構えると、ゴーレムの体表の色彩が不規則に変化し、耐性を高めようとする。
「チッ、ランダムな耐性変化か。時間の無駄だ」
トールは、不規則な動きと耐性変化という二つの非効率を同時に処理するため、全属性の魔力を瞬間的に飽和させる策を選んだ。
「《全属性飽和:思考停止の一閃(オーバーロード・スラッシュ)》」
トールは、スタッフと杖を連結させ、聖属性、雷属性、風属性の全属性の魔力を、一瞬で臨界点まで高めた。その飽和した魔力の奔流は、ストリートダンサー・レイスの幻惑の舞踏の軸を瞬間的に破壊し、思考を停止させた。
思考を停止させられたレイスとバンシー。その硬直の隙を、トールは逃さない。トールは、飽和魔力の奔流をグラフィティゴーレムの体表に叩き込んだ。ゴーレムは、耐性を変化させる間もなく、全属性の暴力によって内部から亀裂が走り、色の付いた石の破片となって崩壊した。
トールは、強烈な魔力の放散による微かな疲労を感じながら、冷徹な殲滅を完了させた。彼の身体に付着したスプレー塗料の刺激臭だけが、この戦いの鮮烈な残滓だった。
【イシュラーナ:戦術分析。48階層は「多重の幻覚」と「広域の視覚妨害」による精神飽和が主たる脅威です。敵は実体を持たない霊体と、直線的な物理質量(ゾンビ)の複合です。御屋形さまの「非物質攻撃への聖属性収束」と「物質攻撃への雷属性による広域制圧」の二段構えを推奨します。】
トールが48階層の冷たい通路に転移すると、空間全体が不規則な電子音と微細なデータ残滓の光に満たされていた。空気はオゾンの刺激臭と古い電波の不快なノイズが充満している。
通路の奥から、まずネットロア・ファントムが霧のような霊体で現れた。ファントムは、トールに向けて口裂け女や人面犬といった都市伝説の幻影を多重に召喚し、精神的な恐怖を叩きつける。その幻影の不気味な視線と冷たい殺意に、トールは一瞬の警戒を覚えた。
そのファントムの召喚を援護するように、スマホゾンビの群れが、汚れた唸り声を上げながら通路を埋め尽くした。彼らは、周囲が見えていないため、直線的な質量となって、トールの視界を物理的・霊的に妨害する。
「チッ、霊体と質量の同時攻撃か」
トールは、霊体への物理攻撃の非効率と、ゾンビの群れによる行動の制約を瞬時に計算した。トールが冷静な瞳で周囲を見渡した瞬間、彼の身体にサイバーノイズの霊体が付着した。
――ザワ……!
トールの感知能力が狂い、ゴーグルの視界が不規則に歪む。触れることでデバフを受ける不快な霊的冷たさに、トールは奥歯を噛みしめる。
トールは、まず実体を持たない脅威を殲滅する策を選んだ。
「《聖属性:浄化の光(ホーリー・パルス)》」
トールは、左手の杖を天に突き上げ、清浄な白銀の光を放った。光は、空間全体に展開し、ネットロア・ファントムの幻影の結合と、トールに付着したサイバーノイズの霊体の魔力構造に干渉した。幻影は断末魔を上げ、ノイズはオゾンの焦げた匂いを残して霧散する。
霊的脅威を排除した後、トールは物質的な脅威であるスマホゾンビの群れへと向き直った。ゾンビは、視界の歪みから解放されたトールに、直線的な質量となって殺到する。
「《雷鳴:広域制圧(サンダー・ゾーン)》」
トールは、スタッフを地面に叩きつけ、雷の魔力を広範囲に拡散させた。雷の電流は、ゾンビの霊的な核と、彼らが持つ電子機器を同時に焼き焦がす。ゾンビの群れは、焦げ付く肉の不快な匂いと共に、一瞬で炭化し、崩壊した。
トールは、清浄な空気が戻ったフロアで、冷徹な殲滅を完了させた。彼の瞳には、一瞬の迷いもなく、勝利の冷たい満足だけが宿っていた。
【イシュラーナ:戦術分析。50階層中ボス「ストリート・キング」は、三つの異なる形態への「即時形態変化」を特性とします。戦闘は長期化します。殲滅には、各形態の弱点に合わせた属性と戦術の「瞬時切替」が不可欠です。御屋形さまの「全属性の最適化」と「冷静なパターン解析」を推奨します。】
トールが50階層の巨大な広場に転移した瞬間、周囲の空間は混沌としたエネルギーの奔流に満たされた。広場の中央、光と影が交錯する場所に、ストリート・キングが鎮座している。その姿は、渋谷の熱狂と堕落の要素を寄せ集めた、異形の中間管理職のようだ。
第一形態(ダンサーモード):物理とスピードの暴力
キングは、軽快なステップで動き回り、トールへと肉薄する。その動きは予測不能なステップと鋭い体術を組み合わせた物理攻撃だ。
「チッ、速いな!」
トールは、その不規則なスピードに、一瞬の警戒を覚えた。キングの爪のような手刀がトールの頬を掠める。そのヒリつくような感触に、トールは冷たい汗を背中に感じた。
「《聖属性:浄化の光(ホーリー・パージ)》」
トールは、キングの肉体的な暴力を無視し、霊的な光をキングに浴びせた。光は、キングの肉体的な結合を浄化し、一瞬の硬直を生む。トールは、その硬直の隙を逃さず、雷の魔力を込めたスタッフをキングの体幹に叩き込んだ。**「物理攻撃のカウンター」**による、最短のダメージだ。
――ガキン! キングは、石の破片を弾き出し、次の瞬間、燃え盛る色彩と共に形態を変化させた。
第二形態(グラフィティモード):属性の広域制圧
キングの体が石と塗料の巨体へと膨張した。全身のグラフィティが不規則に点滅し、トールに向けて炎、氷、風といった広範囲の属性攻撃を無差別に放ち始めた。
「パターンが読めん!」
トールは、属性の渦の中で回避の限界を感じ、奥歯を噛みしめる。この形態の強固な防御は、トールの単一属性攻撃を無力化する。
「《錬金術:環境の強制中和(エンバイロメント・ブレイク)》」
トールは、キングが放出する属性魔力をスタッフで吸収し、逆位相に変換。キングの属性攻撃と自らの魔力を衝突させた。属性の奔流は音もなく打ち消され、キングはエネルギーの放出を遮断された。
そのエネルギー枯渇の隙を狙い、トールはキングの最も硬い装甲に向けて、聖属性の貫通光線を放った。「属性の防衛」を失ったキングは、巨大な体に亀裂を走らせ、苦悶の叫びを上げた。
――グワァァァ……! キングは、亀裂を修復する間もなく、デジタルノイズと共に形態を変化させた。
第三形態(サイバーモード):幻惑と状態異常の支配
キングの巨体がデジタルな光の粒子へと分解・再構成された。その姿は、ノイズとデータバグで構成された、幻影の集合体だ。キングは、トールのゴーグルに強烈な幻覚を流し込み、「自己能力のゼロ化」という精神攻撃を叩きつける。
「ッ、またこのノイズか!」
トールは、全身の理性が溶けそうになるのを感じた。サイバーノイズの不快な残響が、トールの思考を麻痺させる。幻覚の渦の中で、トールはキングの真の核が、デジタルなノイズの集合体であることを直感した。
「《聖属性:情報核の強制浄化(ピュア・データ・ブレイク)》」
トールは、幻覚を聖属性の光で無力化し、雷の魔力を広域に拡散させた。幻影は浄化され、電子的な塵となって霧散する。そして、キングの真の核であるノイズの根源に、聖なる雷が直撃した。
――バチバチッ!
キングは、デジタルな悲鳴を上げ、光の残滓を残して崩壊した。トールは、三つの形態を殲滅し、荒い息を整える。
この中層ボス戦は、トールの冷徹な合理性と全属性の支配を極限まで試した、最も非効率で過酷な戦いだった。トールの瞳には、一切の迷いもなく、勝利の冷たい満足だけが宿っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます