第12話渋谷上級ダンジョン入場許可証

 3月27日(木)23時


 深夜のギルド応接室。私は、あの「氷の女王」の制服を身に纏いながら、内側から激しく燃え上がる熱を持て余していた。


 彼は、私の差し出した「渋谷上級ダンジョン入場許可証」を受け取るために、ここにいる。これは、私が彼の無謀な要求、あの「青紫色の極大魔石」を現実にするための、最初で最後の切符だ。


 彼の要求は、ソロのCランク探索者としては自殺行為に等しい。私の大人の余裕と「何でも叶えられる」という豪語は、彼の純粋すぎるほどの野望と、無謀な正直さによって、無残にも崩されそうになっていた。


(わたしは、彼にこの魔石アタックのチャンスを準備できない! このままでは、わたしは彼にとって価値のない存在になってしまう!)


 私は、苛立ちと共に前髪を掻き上げた。彼の目の中で、私がただの「事務的な道具」になることだけは、絶対に避けたい。


 そして、彼は入ってきた。


 彼の纏うツヤ消し黒のバトルスーツは、周回の疲労で微かに湯気を立てているようだった。私の差し出した入場許可証を見つめる彼の瞳は、私への感謝ではなく、勝利への渇望だけを映していた。


「これが……」


 彼は、その許可証をまるで恋人のように両手で握りしめた。その瞬間、彼の冷静な理性を覆い尽くすほどの激しい衝動が、彼の肉体を突き動かしたのだろう。


 彼は、一言も発することなく、テーブルを乗り越えるようにして、私の制服の胸元へと突進した。


「ルナ姐さん、ありがとう!」


 その強引で無骨な抱擁は、私のすべての理性を、一瞬で蒸発させた。彼の硬く、強く張った肉体の感触が、私の顔全体を包み込み、呼吸を乱すほどの快感を与えた。


「トール君……!」


 私の口から漏れたのは、驚きと戸惑い、そして抑えきれない歓喜の吐息だった。私の長く白い指は、反射的に彼のバトルスーツの背中に回され、強く、深く食い込む。それは、「待っていた」という、私の抑えきれない欲望の証だった。


 私は、彼の滾る下半身が、私のしなやかな太腿に強く押しつけられているのを感じる。それは、魔石の契約でも、昇格の約束でもない、純粋な肉体と欲望の繋がりを求めていた。


 私の頭上から降り注ぐ、甘く、震える声。


「あなたは……本当に可愛らしく、そして大胆ね……」


 私は、彼の勝利の熱を、征服された女王として全身で受け入れた。彼の抱擁は、私への報酬であり、私からの罰だ。


 この個室は、私の上品な香水と、彼の熱い汗と、そして二人の激しい熱で満たされていた。


 彼の耳元の「イシュラーナ」が、「御屋形さま、過剰な感情の発露は、エネルギー効率を低下させます」と、冷静に警告しているのが聞こえてくる。だが、その声は、この肉体の熱の前では、ただの遠いノイズでしかなかった。


 私は、彼の黒いバトルスーツの背中を、さらに強く抱きしめる。


 トール君。あなたは、私の理性を超えた。あなたは、私の欲望を、この冷たい制服の奥で滾らせている。


 私は、彼の耳元に、甘い囁きを返す。


 彼は、私の魅惑的な胸元から、熱と名残惜しさを振り切るように、ゆっくりと顔を上げた。私の表情は、甘い陶酔と幸福感に満ちていた。


 彼は、その愛と欲望の余韻に水を差す、絶望的なセリフを吐く。


「明日、早朝から不動産めぐりをする予定なので、今日は帰ります」


 私の幸福に満ちた瞳が、一瞬にして驚愕に見開かれた。


「はいっ!?」


 私の声が裏返った。その声は、甘い吐息から、予期せぬ裏切りに直面したようなコミカルな悲鳴へと変わっていた。彼の頬に残った彼女の胸の柔らかさと、裏返った声の衝撃のギャップが激しい。


 私は、乱れた制服を直すことも忘れ、彼を睨みつけた。

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