なんJ民、異世界で『言霊の勇者』として煽り無双

かこまちあき

なんJ民、異世界で『言霊の勇者』として煽り無双

 毎日がつまらない。

 楽しみは借金が減ること、贔屓の球団が勝つこと、なんJで頭の弱そうなやつらをからかうこと。それだけだ。


 貴重な新卒カードを、ブラック企業につっこんだのが最初の間違いだった。

 ストレスから女の子の店へ通い、競馬に競輪、競艇とギャンブル三昧。


 器量はそこそこ、胸はなかなかの娘がお気に入りだった。


 そんなこんなで、気が付くと借金が数百万円。


 ブラック企業は辞めた。残業代も出さずに身体と精神を痛めつけるとか、誰得だ。


 辞める前にくそ上司を煽りまくってやった。

 なんJで磨いた煽りスキルが初めて役に立った。


 あのおっさんは髪の毛も知性も足りなかったのか、俺を殴ってきやがった。

 少ない額だが金を取ってやった。借金返済に右から左だったが。


 ギャンブルも酒も煙草も辞め、期間工として働きだした。


 現在の借金額は四十万円ほど。結構頑張ったと思う。早くキレイに返し終わりたい。


 その日もなんJで適当にレスをしていた。

 あちこちのスレを猛烈に荒らしまわっているやつがいた。

 コテハンは”魔王の僕”。

「ぼくでちゅか~」といじられてて「しもべも読めないとは……愚かな」とか言ってる。

 当然、俺は読めるのだが……絶対に、そんな名前にはしない。紛らわしい。


 そいつが俺のいるスレに来た。


 理由は分からんが、「お前は潰さねばならぬ」と、俺に絡み始めた。


 無視して、ある選手について話していた。

 チームへの帰属意識が足りないんじゃないかと打とうとして、貴族意識と書き込んだ。

 そんなのスルーされるだろう、普通。


 荒らしは一味違った。


「お前、やはり貴族か」と意味不明でしつこいしつこい。

 ただ、しつこいやつが勝つのがなんJ。他のやつまで「貴族www」とか連呼し始めた。


 気分が悪くなって、スマホを放り投げて寝た。

 ずるずると何かに引っ張られるように、意識が無くなっていった。


 日の光が瞼を透かして目に入る。

 昨日カーテンを閉めずにいたのか……。


 そう思いながら寝返りを打つと、誰かが声をかけてきた。


「ナンジェ様、お目覚めの時間でございます」


 頭に白い何か(名称は知らん)を載せ、黒いお仕着せを着た、いかにもなメイドが立っていた。


 あれ?メイド喫茶なんて行った覚えはないんだが。というか、家で寝ていたはずだ……。


 天蓋付きのベッド、シルクの寝具。


「どういうことや?」


 発した声はえらく可愛らしい。


 鏡を見て固まった。

 映っているのは俺じゃない。


 金髪で、緑色の目がやたらキラキラした少年、年の頃は十六、七といったところ。


「……なんやこれ」


 口に出して気づく。イントネーションが完全になんJ民のそれだ。

 脳内再生余裕すぎて、もう笑うしかない。


「ワイは誰なんや」


 メイドは首を傾げながら、俺がナンジェ=イ・ミンという名のミン伯爵家の跡取り息子だと教えてくれた。


「ナンジェ様、今朝は国王陛下に謁見する予定です。勇者として選ばれた件で」


「ゆ、勇者?」


 俺は聞き返した。メイドがにっこり微笑む。


「はい。ナンジェ様は神に選ばれし、“言霊の勇者”。

 その言葉は真理を歪め、敵を煽り滅ぼす力を持つとか」


 ああ、もう嫌な予感しかしない。

 要するに、俺の“煽りスキル”が異世界で魔法扱いされてるってことか。


「……マジかよ。ワイ、草生えるわ」


 メイドは慌ててメモ帳を取り出した。


「草を生やす……新たな呪文でしょうか!」


 やめろ、それを国中に広めるな。


 そのとき、ドアが開き、筋肉の塊みたいな騎士が現れた。


「ナンジェ殿、陛下がお待ちだ。すぐに謁見の間へ」


 おい、さっき起きたばかりだぞ。こいつ、どっから入った?


 メイドは有能らしく、あっという間に俺の支度を整えた。


「草を生やすということで、ナンジェ様の瞳の色のお召し物をご用意しました」


 違う、そうじゃない。


 渋々連れて行かれた先は、絢爛豪華な玉座の間。

 王冠が頭にめり込みそうなほどのデブが偉そうに腕を組んでいる。


「おお、勇者ナンジェ=イよ! そなたの“ことば”の力で魔王軍を討伐してくれぬか!」


 いや無理だろ。俺の言葉は敵をイラつかせるだけだ。

 戦闘力ゼロ、社会性マイナス。


「ワイ、煽るだけやで?」


「それでよい! 魔王は誇り高き種族、侮辱に耐えられぬ!」


 ……あ、なるほど。

 煽りでキレさせて自滅させる戦法か。

 世界の命運がなんJ語に託されるとか、人類終わってんな。


「分かったわ。ほな、ワイに通信端末を用意してくれや」


「つうしん? たんまつ?」


「異界通信や。これがないとワイの力、半減や」


 王が側近に命じる。「最速で準備せよ!」


 いや、あるのかよ。


 異世界に来ても、俺は結局スレに書き込むのか。

 ま、あいつが“魔王の僕”名乗ってた時点で伏線だったんだろうな。


 新しいスレタイが脳裏に浮かんだ。


【悲報】異世界転生したワイ、勇者として煽り担当にされる


「ええやん、伸びそうや」


 俺はニヤリと笑った。

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