第19話【御披露目】

相楽さがら別宅】


 御披露目、前日―。

 今日は佑真ゆうまの"アレ"をすぐるのアパートに移動する約束をしていたので、別宅へとやって来た優。


―ピーンポーン。


佑真

『はーい』


―ガラッ。


「……なんだ。まだ支度してねぇのか」


佑真

「すいません;;; ちょっとシャワーを…。とりあえず上がってください」


蝶子ちょうこさんは?」


佑真

「まだ寝てます」


 優を上げて2階へ案内する。勉強机を並べた部屋。佑真はその部屋の押し入れを開けて、奥から段ボール箱を2箱引っ張り出した。


「…見事に黒髪長髪だな」


佑真

「あはは…///;;; そこは触れないでください…///;;;」


「しかし、すげー量だな…」


佑真

「いやぁ〜…;;; あはは…;;;」


蝶子

『……ん…ゆうま…?』


佑真

「!」


 隣で蝶子が起きた気配がして、襖を開けるのと同時。佑真がそれをちょっと開いただけの状態で全力で阻止する。


蝶子

「佑真…?」


佑真

「お、おはよう蝶子;;; ほら、今日屋敷に行く前に優さんと用事があるって話したでしょ?もう来てるんだ;;;」


蝶子

「…そうだったかしら…?」


 うんと背伸びをして佑真の首に両腕をまわす。その様子を横目に見ている優。


「……」ン?


佑真

「まだ眠いでしょ。もう少し寝てていいよ」


 よく見ると佑真の陰からちらちらと見え隠れする蝶子はどうやらパンツ1枚のようだ。


「……」ンン?


佑真

「ほら、蝶子。布団に戻って?こっち優さん居るんだよ;;;」


蝶子

「……きす」


佑真

「うん?;;;」


蝶子

「おはようとおやすみのキス」


佑真

「あぁ、うん。わかったから、とりあえずここ閉めようか;;;」


―たん…。


 蝶子を優しく押し戻して後ろ手に襖を閉める。


蝶子

「…ん」


佑真

「…おやすみ」


 何度か軽いキスをして布団に蝶子を寝かせると支度を始める。


佑真

「はい、蝶子。シャツあげる」


蝶子

「…ん」ウトウト…


 脱いだシャツを受け取った蝶子は鼻先でそれを丸めて顔をうずめるようにしてまた眠りに落ちた。手早く支度を終えて隣の部屋に戻る。


佑真

「すみません、お待たせしまs…なにしてんすか!?;;;」


「…遅い」


 優はぱらぱらとエロ本を読んでいた。しかも何冊か読み終わって積まれている。


「お前、まさかと思うが昨夜は蝶子さんとで今朝遅くなった訳じゃねぇよな?」


佑真

「いや、まさか、そんなわけ…;;;」シドロモドロ…


「……。支度終わったなら行くぞ」


佑真

「すみません。もう大丈夫です;;;」


「午後一番で幹部の打ち合わせあるって言っただろ」


佑真

「はい;;;」


…なんで昨日のこと優さんにバレたんだ???;;;


 例の段ボールを1箱ずつ持って家を出る。相楽の別宅から優のアパートはそんなに離れていないので少し喋っているうちにすぐ着いた。


【さくらみ荘 203号室】


―ガチャリ。


「…とりあえずその辺置いておけ。しまう場所作るから」


佑真

「うす。…あ、ちょっと買い物して来ていいすか?」


「なんで今なんだよ」


佑真

「すいません;;; あんまりこの辺咲妃さきちゃん連れ回したくないんすよ;;; バラの夢の編集部がうろついてるみたいだから…|||」


「すぐ行ってこい」


佑真

「すぐ行ってきます;;;」


―ばたん。


「…さて。天袋にでも入れておくか」


 脚立を持って来て天袋の整理をして202号室隣の部屋で咲妃が起きた気配がした。


(…やっと起きたか)


 「よっ」と段ボールを持ち上げて天袋に入れようとしたその時―


咲妃

「優ー!!」


「ん?」


咲妃

「起きたよー!!なにしてんの?」


「!?っバカ!危ねぇ!」


 脚立に立つ優にお構い無しで抱き着く咲妃。当然のように優はバランスを崩し手に持った段ボールごと落ちた。


咲妃

「わ!?ごめ…っ」


「ってぇ……咲妃怪我してないか?…!」


 起き上がった優。すぐ横で咲妃がDVDを手にして固まっている。


「咲妃、それは…」


 優が説明をするより早く咲妃は玄関を飛び出して行った。


「!っおい」


 近くにあった1枚を手に取って放り投げる。


「あいつ…俺がまだ蝶子さんの事…」


 顔を手で覆って倒れ込む。


「あー…くそ…」


 色々な考えが一気に吹き上がって優は動けずに頭を抱えた。一方、アパートを飛び出した咲妃はあても無く商店街を走っていた。そこにちょうどある人物が目に入った。


咲妃

「っ佑真!!」


佑真

「ん?え…え!?」


―ドンッ!!!!


佑真

「∑おわっ!?;;; いってぇ!!!;;;」


 通りかかったコンビニから出て来た佑真。その姿に反射的に飛び付いて、ふたりはその勢いで倒れ込んだ。


咲妃

「佑真っ、ゆーまぁ〜っ」ウワァァッ


佑真

「咲妃ちゃん???どうしたの!?;;;」


 咲妃はしがみついたまま泣きじゃくっていて佑真の声は届かない。


コンビニのお姉さん

「なぁに?すっごい音したけど大丈夫?;;;」


佑真

「あ、お姉さんちょうどいいや…これでホットのブラックコーヒーとココアちょうだい。足りる?」


コンビニのお姉さん

「……うん。ぴったり。ちょっと待ってて。コーヒーはどこのでもいいかな?」


佑真

「あ、うん。大丈夫」


 お姉さんは佑真が差し出したお金を受け取り店に戻ると、コーヒーとココアを持って戻って来る。


コンビニのお姉さん

「はい。どうぞ!その子彼女、じゃないよね?こないだの子と違うもんね。この子も可愛い」


佑真

「この子は俺の兄ちゃんの彼女です;;; どうしたのかはこれから聞くんですけど…よいしょ…」


 なかなか泣き止まない咲妃を抱っこしてよっこらしょと立ち上がる。


佑真

「…うんしょ。じゃあお姉さんありがとね;;; ところでこの辺に公園てある?;;;」


コンビニのお姉さん

「そこの小道入るとすぐあるよ。あー!そういえはこないだキミの紹介だって男が来たけど、あいつはダメよ〜。ていうか元カレだし笑ったわw じゃあまた来てね!」


佑真

「∑耀脩ようすけさんの元カノ!?;;; あの人彼女居たことあったんだ…;;; んじゃまぁ、また来ます。行くよ咲妃ちゃん」


咲妃

「うわぁぁぁんっ」。°(°`ω´ °)°。


佑真

「……;;;」ンンン;;;


コンビニのお姉さん

「あはは;;; がんばって…;;;」


 お姉さんと別れて人目を避けるように足早に教えてもらった小道に入る。小道に入ったすぐ脇に小さな公園があった。一面芝生で陽当たりの良い公園にはたくさんの猫達がのんびりとしていた。


佑真

「お〜。いい感じの公園だ」


 公園内のこれまた陽当たりの良いベンチに咲妃を座らせてココアを渡す。


佑真

「はい。どうぞ」


咲妃

「?ありがと…」(。•́ωก̀。)…グス


佑真

「ん」


 落ち着いて改めて見ると結構な薄着をしている咲妃。


佑真

「…咲妃ちゃん手ぇ出して」


咲妃

「…?」


 佑真は自分が着ていたカーディガンを着せてやった。


佑真

(…ありゃ?靴もか;;;)


 咲妃は裸足だった。


佑真

「咲妃ちゃんちょっと待っててね」


咲妃

「?」コクリ


 佑真はボディバッグからタオルを出しながら水道へ向かう。タオルを濡らしているとわらわらと猫達が集まって来た。


佑真

「お?喉渇いてんのか?」


 水を少しだけ出しっぱなしにして猫達を見ながら咲妃の元へと戻る。


佑真

「…ちょっと足ごめんね。冷たいよ」


咲妃

「!え!?佑真…?」


佑真

「裸足で飛び出して来ちゃうほどなんかあったの?ケガしちゃうよ?」


 佑真は咲妃の前に膝を着いて座ると汚れた足を丁寧に拭いてやる。


咲妃

「……ぅ…」グズ…


佑真

「ん?…次こっちの足ね」ヨイショ


咲妃

「……優が…」


佑真

「優さんがどうしたの?」


咲妃

「…優、昔ね…蝶子ちゃんを…無理に好きになったことがあったんだって…」


佑真

「うん。…よし。ケガはしてないね。よかった」オワリ!


咲妃

「!ごめんね…っ」


佑真

「いいよ。で、優さんが蝶子を好きになってどうしたの?」


 缶コーヒーのタブに指を掛けながら話の続きを促す。


咲妃

「…泣いたの優…」


佑真

「え?優さんが?」


咲妃

「…うん。蝶子ちゃんを好きと思ってたのは、思い込みだったって…ボクを好きになって気付いたんだけど…でも、どうしても気になっちゃって…どうしていいかわかんなくて…苦しかったみたい…」


佑真

「…」


咲妃

「…優、いっぱい泣いて、いっぱい謝って…なんにも悪いことなんてしてないのに…」


 そう言う咲妃の頬をまた涙が伝う…。


咲妃

「…なんだけど…」


佑真

「…?」


咲妃

「さっき、優、片付けものしてたみたいで…」


佑真

(……ん?)


ヤな予感…。


咲妃

「脚立に登ってた優に、おはようって抱きついたら落ちちゃって…」


佑真

「…どうして抱きついたの…危ないでしょ;;;」


咲妃

「そしたら、手に持ってた箱も落としちゃって…」


佑真

「……|||」


咲妃

「…中身…散らかしちゃって…拾わなきゃって思って…そしたら、全部えっちなDVDで…」


 嫌な予感が当たる。


佑真

「…oh…|||」


咲妃

「佑真?」


佑真

「ほ、ほら!優さんだって、男の子だし!?観るんじゃないかなっ!?」


咲妃

「だって!!全部お姉さんが蝶子ちゃんとおんなじような髪型でちょっと似てるんだよっ!?」ウワァァッ


佑真

「…うん…なんか、ごめんね…||| つか、訊いた?」


咲妃

「?なにを…」グズ…


佑真

「ちゃんと優さんに訊いたの?これ何って」


咲妃

「!あ…っ」


佑真

「訊かなかったんだね」


 佑真は困ったように笑った。


咲妃

「…きいて…ない、 ボク…っ」


佑真

「咲妃ちゃんね?優さんはちゃんと咲妃ちゃんが大好きで大事だよ。こないだ俺と優さん部活休んだでしょ?」


咲妃

「?うん…」コクリ


佑真

「言っちゃったことは優さんに内緒ね?」


 そう言って人差し指を口に当てて笑う。


咲妃

「うん」コクリ


佑真

「優さんね、自分が卒業するまでに咲妃ちゃんの願いを叶えるんだ、って。叶えてやるんだって言ったんだよ?」


咲妃

「え…?」


佑真

「将也を恋人だって宣言したのも、優さんと将也がただの"先輩後輩"の関係だとちゃんと守ってやれないからって。自分がどう思われても言われても構わないぐらい大好きなんだよ、咲妃ちゃんのこと」


咲妃

「ー…っ」


 やっと落ち着いた咲妃の目からまた大粒の涙がぼろぼろこぼれる。そんな咲妃を優しく笑んで撫でてやる。


佑真

「…で。そんなに咲妃ちゃん大好きな優さんは、なんで追い掛けて来ないんだと思う?」


咲妃

「え…?」


 佑真はただ変わらずに笑んだまま咲妃を見つめた。


咲妃

(…えっと…)


なんで……。

ボク、のこと…嫌いに……。


咲妃

「……っ」


佑真

「違うよ」クスクス


咲妃

「…!?」


佑真

「今咲妃ちゃんが考えたことは違うよ」


咲妃

「え…でも…っ」


佑真

「でももだってもないの。優さんも頭良過ぎてさ、止まっちゃうんだよ。咲妃ちゃんが勘違いして傷付いたかも、じゃあどうすれば良いのか、っていろいろ考え過ぎてわからなくなっちゃってるんだよ」


咲妃

「…どうして、そんなこと…そんなふうにわかるの…?」


佑真

「それはね〜。優さんは蝶子とそっくりだからなんだなぁ。ふふ」


咲妃

「優と蝶子ちゃんが…?」


佑真

「そっくりだよ。前にさ?初めて裏佑真が出た時あったでしょ」


咲妃

「うん」


佑真

「あの時はさ、裏佑真が蝶子に酷いこといっぱい言って、俺蝶子から逃げたじゃん?後ろで蝶子が呼んでたのわかってたんだけど…。でも蝶子、追いかけなかったでしょ?」


咲妃

(…あ…)


佑真

「蝶子も悩んでたんだよ。追いかけないといけないのかもしれないけど、じゃあ追いかけてその後どうしたらって。だから後になって、あの時追いかけるべきだったって」


咲妃

「言ってた…」


佑真

「たぶん、今の優さんもそんな感じなんだよ。もし違っても、スマホ持ってない咲妃ちゃん追いかけてすれ違ったら大変だから部屋で待ってるんじゃないかな?頭真っ白になってるとは思うけど」


咲妃

「!スマホ…」


佑真

「でしょ?だから帰ろ?帰ってちゃんと優さんと話をしよ?」


咲妃

「…うん…っ!」


佑真

「……。で。あの、大変申し訳ないんだけど」


咲妃

「うん?」


佑真

「その、原因になったDVD…俺のなんだよね…ごめんね;;;」タイヘンモウシワケナイ…


咲妃

「!?」


佑真

「処分に困ってたのを、とりあえず優さんが預かってくれるって…;;;」


咲妃

「…あ、あやまらなきゃ…!」


佑真

「ほんっとごめんね!!;;; すぐ帰る支度するからちょっと待っててね!!;;;」


 ばたばたと帰る支度をする。


佑真

「はい!お待たせ!じゃあ帰ろ!どうぞ!」


咲妃

「え?なに?」キョトン


 佑真は背を向けてしゃがみ込んでおんぶの姿勢をとっている。


佑真

「裸足の女の子は歩かせられないよ」


咲妃

「…」


佑真

「咲妃ちゃん?」


咲妃

「佑真、王子様みたい…///」


佑真

「あはは!咲妃ちゃんの王子様は優さんでしょ?さ、早く帰ろ」クスクス


咲妃

「!あ、うん。ごめんね」


 「よっ」と佑真が立ち上がると咲妃が慌ててしがみついてきた。


佑真

「?どうしたの」


咲妃

「高い!/// すごい!!///」


佑真

「あぁ!これが俺の目線だよ。咲妃ちゃんちっこいもんね〜」


咲妃

「肩車したらもっと高いね!!///」


佑真

「だね〜!」


咲妃

「お〜!!///」


佑真

「ま、肩車は優さんにお願いしてね」


咲妃

「うん!!」


 歩幅のデカい佑真はぐんぐん歩いてあっという間にアパートへと帰って来た。


―ピンポーン。


―バンッ!!!!


「っ!…佑真か…」


佑真

「うわぁ…その反応は傷付いちゃう…咲妃ちゃん一緒に帰って来たのになぁ」クスクス


「!咲妃っ」


佑真

「…優さん…凄く心配してたのはわかったから…俺に抱き着かないで…|||」


「…」ギュ…


佑真

「…|||」


 剥がれそうにない優を支えて、どうにかこうにか玄関に入ってドアを閉じる。


佑真

「…咲妃ちゃん、支えてるからそのまま降りられる?」


咲妃

「う、うん…っ」


 するすると佑真から降りると咲妃はまっしぐらに優へと抱き着いた。


咲妃

「優…っ」


「…っ」


佑真

「俺隣りに居ますね;;;」


 申し訳なさそうに隣の部屋に佑真が移動すると、優は息苦しくなるほど強く抱いた咲妃の頭を撫でながら口を開いた。


「悪かった…。よかった…お前が怪我してなくて…ちゃんと帰って来て、よかった…っ」


咲妃

「っちがう!謝らなきゃいけないのはボクだよ!優じゃない!勝手に勘違いして理由も聞かないで逃げたんだから…!!」


「…もうダメだと思った…頭真っ白で…お前、追いかけないといかなかったのに…っ」


咲妃

(!)


今の…。


 急に腕の力を緩めた優の顔を覗く。長い前髪の奥からはとめどなく涙が流れていた。


咲妃

「!っごめ、ごめんね優っ…ごめんなさい…っ」


「…」


咲妃

「…ごめ…っ…」


 ゆっくりと咲妃を視界に捉える優は目の前の顔を両手で優しく包み込む。


「…頼むから急に居なくならないでくれ…俺を置いて行かないでくれ…お願いだ…」


咲妃

「っうん、うん!約束する…!」


「ん…。じゃあこの話は終わりな。そろそろ屋敷に行かねぇと…。ちゃんと佑真の言うこと聞くんだぞ」


咲妃

「うん…!///」


「咲妃」


咲妃

「うん?」


「戻って来てくれてありがとう」


咲妃

「うん…っ!!///」


「…じゃあ行ってくる。また後でな」


咲妃

「うん!いってらっしゃい!///」


 優は顔を洗って簡単に支度をして、佑真に声を掛けて出て行った。


咲妃

「…」


佑真

「…ちゃんと仲直りできた?」ヒョッコリ


咲妃

「!あ、うんっ!ごめんね佑真…。あと、ありがとう…!///」


佑真

「いいよ。半分俺のせいでもあるしね;;;」アハハ…;;;


咲妃

「そうかな?そうかも?あはは!」


佑真

「ところで咲妃ちゃん。出かける準備できてる?」


咲妃

「あ、あとボクの準備だけっ。荷物は昨日優と一緒に準備したから!」


佑真

「うん。じゃあ準備できたら呼んでね。俺またこっちに居るから」


咲妃

「うん!すぐ準備するね」


 程なくして準備を終えた咲妃と一緒にアパートを出て、蝶子と合流して3人で屋敷へと向かう。



◈◈◈



【相楽邸】


 〔幹部以外の立ち入りを禁ず〕そんな札の掛けられた離れ。中では大鷹おおたかはもちろん、それぞれの幹部が顔を揃えて打ち合わせをしている。そんな中、優はずっと考え事をしていた。


藤澤ふじさわ 佑真】


「…」


大鷹佐おおたかのすけ

「―では、次に候補者とその他候補者に関してだが」


(…さて、俺にどこまでやってやれるか)


 優はゆっくりと顔を上げると大鷹を見やり静かにそれでいて強く「大旦那様」と話を遮った。


すばる

「優?珍しいな」


大鷹佐

「なんだ?」


 深呼吸をして立ち上がった優は大鷹の前に出ると姿勢を正して座り、真っ直ぐに目を見て口を開く。


大鷹佐

「うん?」


「―候補者についてですが」



◈◈◈



 相楽の屋敷に到着した3人。玄関前でかなでがスマホをいじってるのが見えたが、こっちに気が付くとスマホをしまいぶんぶんと手を振って満面の笑みを向けた。


「さっきちゃ――――ん!!」ヤッホー☆


咲妃

あおい先輩…;;;」


蝶子

「…」


佑真

「…奏さんテンションたっかいな…;;;」


蝶子

「屋敷では奏が咲妃の世話をするのね」


佑真

「うん」


「お帰りなさい蝶子さん!佑真!いらっしゃい咲妃ちゃん!こっちおいで!」


咲妃

「?はい」


「はい。これ!優の部屋の鍵ね!無くさないように首に掛けててって」


咲妃

「はいっ」


 嬉しそうに首に掛けられた鍵を握ると奏に連れられて咲妃は屋敷へと入った。そんな咲妃を見ていた蝶子と佑真は顔を見合わせて笑うと並んでゆっくりと屋敷へと入る。



◈◈◈



【幹部会議離れ】


 張り詰めた空気の中で大鷹の圧に押し潰されそうになりながらもなんとか毅然とした態度を保つ優。顔には出さないが正直あまりの緊張に吐きそうだった。


大鷹佐

「…」


「…」


耀脩

「…本気か?」


「この場で大旦那様へ嘘を吐く理由が在りません。そして冗談でもありません」


 大鷹から視線を外さずにきっぱりと答える。


八雲やくも

「……。神崎隊長補佐役の考えに理解は出来ます。ですが、離れでの教育を実施しないというのは」


大鷹佐

「理由はあるんだろう?」


「藤澤佑真という人間には必要の無いものだと判断しました」


大鷹佐

「ほう?」


「気になる事があり、独断行動をしました。それについては後程、然るべき処置を受けます」


大鷹佐

「構わん。お前がそうするべきだと判断したのだろう?組にとっては重要な事項だった、お前は安易な行動を取る人間ではない」


「ありがとうございます。子細は本人が語るべきとも判断しましたので大体で説明させていただきます」


大鷹佐

「ふむ」


。故に存在しているだけで相当な軋轢がありました。これは信頼の置ける者からも証言を得ております。また、今の藤澤佑真を作り上げたのは幼い蝶子様と交わした約束です」


大鷹佐

「蝶子と?確かなのか」


おおよそ10年前、七瀬ななせ神社の夏祭りで出会い、後日神社で再会した際に約束をしたそうです。約束をした際、蝶子様が奥様のかんざしを"いつか絶対私の元へ返しに来て"と預け、候補者は先日そのかんざしを蝶子様へ返しました。かんざしは紛れもなく奥様の物。俺と執事室の葵奏が確認しました。また、蝶子様もご自身で一切を覚えておられました」


 「ふむ」と大鷹は暫し目を閉じる。


大鷹佐

「…この件はひとまず保留とする」


耀脩

「保留、ですか?お披露目は明日です」


大鷹佐

「今夜、佑真が離れに入る頃にわしが直接確かめよう」


耀脩

「…宜しいので?」


大鷹佐

「宜しいも宜しくないもなにも、あいつはわしが選んだ男でもある。そも。うちの神崎優副隊長をここまで突き動かした男だぞ?俄然興味が湧いたわ!故、わしが直接確かめる!以上!結果はすぐに伝えよう。22時頃にまた集合だ!解散!」カッカッカッ


耀脩

「…かしこまりました」


八雲

「その様に」


 楽しそうに、でもどこか嬉しそうに高笑いをしながらよっこらせと部屋を出て行く大鷹を見送って優はやっと全身から力を抜いた。


「大丈夫か?優」


「…なんとか」


耀脩

「しっかし!驚いたな。まさかお前が待ったするなんて」


「…俺も驚いてます」


賢児

「しかし、前日の会議で言うとは…。もっと早く大旦那様に相談すれば良かったんじゃないか?」


「…それも考えたんですけど、なかなか言い出せなくて」


八雲

「なかなか言い出せなくて今日になってしまったんですね」クスクス


「すいません」


八雲

「まぁ、大旦那様も特段叱りもしなかったので良かったのではないですか?さ、夜にまた結果の打ち合わせです。備えましょう」


「はい」


雅春まさはる

「なんであれだ。頑張ったな優」


「…ありがとうございます」


 わやわやと雑談をしてすぐに解散となりみんな部屋を出て行った。優もはぁと大きく息を吐いてよろりと立ち上がると離れを後にした。



◈◈◈



【蝶子個室】


 夜まで特にやる事も無い蝶子と佑真は蝶子の部屋に居た。庭に面した障子を開けてふたりで並んで庭を見ている。


佑真

「前来た時は夜だったけど、昼に見るとやっぱり違うね。こっちの庭も好きだな」


蝶子

「…あなたは今夜離れで一晩過ごす決まりになっているから、今のうちにやりたい事済ませておいた方がいいわよ?」


佑真

「え"っ?俺今日あそこにひとりなの?」


蝶子

「一晩だけよ。あなた、離れに入ったの?」


佑真

「こないだ優さんが案内してくれたよ」


蝶子

「そう…」


佑真

「……。寂しい?」


蝶子

「…えぇ。そうね…」


佑真

「ふふ。じゃあずっとこうしていて?」


蝶子

「え?」


佑真

「離れに入るまでずっと俺とこうしていよう」


蝶子

「…いいの?」


佑真

「蝶子が言ったんだよ?やりたい事済ませておけって…。離されるまで蝶子と居させて?」


蝶子

「…明日は」


佑真

「うん?」


蝶子

「明日は御披露目が始まるまで会えないわ…。始まっても私はお面を着けさせられているから顔は見えないし…」


佑真

「そうなの?じゃあ尚更だね。でもさ?」


蝶子

「?」


佑真

「いつかの夏休みに神社で別れてから高校で再会するまでの時間に比べたら全然だよね。あっという間だよ」クスクス


蝶子

「!…そうね。私、あなたのそういうところ好きよ。真っ直ぐで、羨ましいわ」


佑真

「マジで?すげぇ嬉しい」


蝶子

「マジで」


佑真

「蝶子、俺のマジでうつってるよね」クスクス


蝶子

「そうね…」


 目を閉じてそっと佑真の肩に頭を預ける。


佑真

「!…眠い?」


蝶子

「…眠くないわ…ただ、甘えたいだけよ…」


佑真

「そう?じゃあ…」


 蝶子の肩を抱いて、その手を緩く握って。そのままふたりは夕飯の時間までいつまでも庭を眺め続けた。



◈◈◈



【優個室】


 打ち合わせが終わって部屋に戻って来た優。部屋に入ると咲妃が部屋の真ん中にぽつんと座っていた。


「咲妃?ずっとここに居たのか?」


咲妃

「おかえりなさい!うん!優待ってた」ニコニコ


「そう。…ふぅ」


咲妃

「?…優疲れてる?」


「うん」


 咲妃の側に寄ると後ろから抱き締めて首筋に顔をうずめる。


「…後は佑真次第…」ポツリ…


咲妃

「え?佑真がどうしたの?」


「さっきの打ち合わせで、佑真には離れでの教育は必要無いって意見出した」


咲妃

「…え?…大丈夫なの?」


「…親父さんは大丈夫そう。でも決定は今日の夜に佑真とふたりで話して決めるってさ」


咲妃

「そっか…。佑真大丈夫かな?」


「あいつなら大丈夫だろ?…昼寝していい?すげぇ疲れた…」


咲妃

「ボクも一緒に寝る!」


「ん。おいで」


 ごろんと横になって優の腕枕に頭を乗せてひっつくと、今にも寝落ちそうな優に呼ばれて顔を向けるとキスをされる。そして優はそのまま寝落ちた。


「……」スゥ…


咲妃

「…おやすみ、優」



◈◈◈



【特別護衛要員専用離れ】


 そして日が暮れてやがて夜がきた。特別護衛要員の離れの前には八雲、優、佑真の姿があった。


八雲

「…では、佑真君、今夜はここで」


佑真

「あ、はい」


「…」


佑真

「優さん?」


「…蝶子さんに咲妃を取られた」ムスッ


佑真

「あはは…;;;」


八雲

「では優、戸締りお願いしますね。私は明日の支度があるので」


「…はい」


 八雲の背中が遠ざかると優はため息をついて佑真を見上げる。


「……。で、いつまで隠れてるつもりですか?」


佑真

「え?」


 呆れ顔でどこでもないどこかに問う。すると、廊下の陰から蝶子が顔を出した。


佑真

「蝶子?」


蝶子

「…優が居なくなってからと思ったのに…」


「俺が居なくなったら佑真に会えませんよ。この扉、内側からは開けられませんから」


蝶子

「あら、そうなの?」


「…それよりも。御披露目前夜は候補者との面会は幹部以外禁止されているはずです」


蝶子

「…」


佑真

「そうなんですか?」


「そうだ」


蝶子

「……優、10秒でいい。後ろを向いていて」


「じゃあ咲妃を返してください」


蝶子

「嫌よ。返さないわ。今夜は、佑真が居ないんだもの…」


「……。我儘なお嬢様ですね。…俺の咲妃なのに…」ブツブツ…


 優はぶつくさ言いながらも後ろを向いた。


蝶子

「優…」


「ちなみにもう数えてますから」


蝶子

「∑!」


―たっ。


佑真

「!」


蝶子

「……おやすみなさい…///」


佑真

「蝶…っ…!?」ビックリ


 蝶子は佑真に駆け寄って襟元を掴み、屈ませるとおやすみのキスをして振り返らないまま廊下を駆けて行った。


佑真

「……」


「…なんだ。寝る前のキスしに来たのか」フーン


 優は振り返らないままに言う。


佑真

「え?優さん!?」


「窓ガラスに映って見えてんだよ」


佑真

「∑!!」


「でなければ規約を犯した蝶子さんから目を離す訳ねぇだろ」


佑真

「……;;;」


「そろそろ入れ。大旦那様が来る」


佑真

「え?じーちゃん?こんな時間に」


大鷹佐

「おう。わしだ」ヒョッコリ


佑真

「∑じーちゃん!!;;;」ビクッ


大鷹佐

「おいで、佑真。少し話をしよう」ニッコリ


 大鷹が佑真の背中を優しく押して離れの中に入っていく。優はただその背中を見送った。そしてドアをそっと閉じる。閉じたドアに手を添えて祈るように額をつけた。


―俺にやってやれる事はやったぞ。


「…後はお前次第だ…佑真…」ポツリ…


 優の呟きはひんやりとした夜の静寂に溶けて消えた。



◈◈◈



【蝶子個室】


 蝶子と咲妃は一組の布団に身を寄せて寝ている。咲妃はさっきからうとうととはするもののなかなか寝付けずにいた。


咲妃

(…やっぱり…優がいないと落ち着かないや…)


蝶子

「…」


 蝶子の細指が咲妃の前髪をさらりとなぞる。


咲妃

「?…蝶子ちゃん?」


蝶子

「ごめんなさい。私のわがままで優から離してしまって」


咲妃

「大丈夫だよ。お昼寝しちゃったから眠れないだけ。…蝶子ちゃんも佑真がいないと寝れないでしょ?」


蝶子

「…ずっと佑真が湯たんぽの代わりしてくれてたから」


咲妃

「そういえば蝶子ちゃんすごい冷えてるね…大丈夫?」


蝶子

「寒いわ。でもあなたが居るから平気よ」


咲妃

「ボクは佑真湯たんぽの代わり?」クスクス


蝶子

「それもあるわ。ふふ」


咲妃

「…ほかの理由がある?」


蝶子

「そうね」


咲妃

「もしかして咲耶さくやちゃんのことかな?」


蝶子

「あら」


咲妃

「当たり?咲耶ちゃんのボクを見る目がなんかキツいかな?って思ったんだけど」


 蝶子は何も言わないままに咲妃の頬を撫でる。


咲妃

「…冷たくなってる」


 頬を撫でる手を包む。ひんやりとした感触に少しだけ緊張する。


蝶子

「…咲耶は手強いわよ」


咲妃

「わかる気がする。咲耶ちゃんと居る時の優様子がおかしいから…あからさまに避けてるし。蝶子ちゃんの家に来ると葵先輩がボクのお世話してくれるのはきっとそのことでしょ?」


蝶子

「優が頼んで付けてるからそうとは限らないけれどね」


咲妃

「違わないよ。葵先輩もボクを咲耶ちゃんからかばうようなそぶりするもん」


蝶子

「…あなたをわざと咲耶の前で優から離したから、今頃は優のところに行ってるかもしれないわね」


咲妃

「いじわるしないでよw」


蝶子

「でも優もいけないわ」


咲妃

「え?」


蝶子

「咲耶の事、ずっと無視はしているけれどはっきりと気持ちを伝えた事は無いのよ?良い機会だからこの際はっきり言ってしまえばいいのよ」


咲妃

「蝶子ちゃん…」


蝶子

「人付き合いが苦手だからって大切な事を後延ばしにするのはどうかと思うのよ。デートの時には周りに俺のものだってアピールする癖に、一番大事な相手にはしないんだから」


咲妃

「蝶子ちゃん、優には厳しいよね」クスクス


蝶子

「そうかしら?奏もこんな感じだと思うけれど…でも、そうね。何となく自分と似てるからイライラするのよね見てると。一時期は一番近くにずっと居てくれたし、距離も近いのかもしれないわ」


咲妃

「わ!蝶子ちゃんと優の話聞きたいな!ボクの知らない優の話、教えて欲しいな」


蝶子

「面白くもなんともないわよ?ただ私が不登校になりかけた時に女装して護衛として一緒に登校していただけなんだから」


咲妃

「へぇ?///」


 ふたりは寝落ちるまで他愛も無い話をして笑い合う。お互いパートナーが居ない寂しさはどこかへと飛んで行き話に夢中になっていた。



◈◈◈



【特別護衛要員専用離れ】


 大鷹と佑真が中に入ってからかなりの時間が過ぎた。戸締りの係を任されている優は大鷹が話を終えるのを待っている。冷え込んできた廊下に座り込みドアをぼんやりと見つめている。すると中からノックの音がして大鷹の声がした。話は終わったらしい。素早く優はドアを開ける。


大鷹佐

「待たせたな。話は終わった」


「…そうですか」


大鷹佐

「はぁ…実に酷かった。地獄だな。生殺しだったよ」


「え…?」


大鷹佐

「あいつは強いなぁ。一切被害者面をしない、弱音を吐かない。そして何より蝶子に一所懸命だな。ふふふ」


「…」


大鷹佐

「腕の傷の事も聞いた。子供がそこまでするとはなぁ…残念な話だ。しかし死ななくて良かった。本当にそう思う。…あいつは自分で出来た事は喧嘩だけだと言った。でも"生きる"という強い意志を持っている」


 そこまで言って大鷹は優に向き直る。優を見据える瞳は好々爺のそれではなく、組をまとめあげる長の鋭い眼光だった。その瞳に息をするのも忘れてしまう。ひゅっと言う音が喉の奥で鳴った気がした。


大鷹佐

「…わしの目に狂いは無かった。そして優、お前の目にもな」


「…大旦那様…」


 にっこりと笑うと大鷹はいつもの人懐っこい顔に変わる。


大鷹佐

「佑真はえらく恥ずかしがっていたが、"赤い糸"の思い出とそこから続くあいつの暮らしは、教育の試練に相当すると判断出来る。護衛警護の知識は己自身の勘と経験がある、少し教育すれば問題無いだろう。執事業務もあいつの性格なら平気だろう。…結論、離れで教育を実行しないというのは無理だが1ヶ月への短縮、集中教育という方針に決定する。…これで良いか?優」


「!ありがとうございます。充分です」


 深く頭を下げる優。その姿に大鷹はまた笑顔になった。


大鷹佐

「まったく。何がお前にそこまでさせるんだか」クックックッ


「それは…俺が初めて…"この男になら仕えても良い、仕えたい"と心から感じたからです…。その、大旦那様や旦那様には…そうでなかったという訳ではないのですが…」


大鷹佐

「そうか。やっと仕えるべき主を見つけたんだな。お前は仕事をきちっとこなすが、そういう人形の様で、きちっとし過ぎて、心配だった」


「!」


大鷹佐

「お前には苦労をさせた。大変だっただろ?いきなりこんな所に連れてこられて」


 大鷹が優の頭をくしゃくしゃに撫でる。


大鷹佐

「わしはいつまでも生きてはおれん。お前はお前が認めた主とこの組をしっかり守ってくれたらそれがいい。跡を継いでいくのはお前達、若者なのだからな」ニッコリ


 大鷹は微笑みながら、突然優を撫でていた手で離れのドアを思い切り開けた。


「!」


大鷹佐

「…立ち聞きなんて行儀が悪いぞ?佑真」ニヤニヤ


 そこには放心したような佑真が立っていた。


大鷹佐

「佑真は気配を断つのが上手い、が…しっかりしてくれよ?隊長補佐役殿。ふっふっふっ」


佑真

「…優、さん…」


「…今の、聴いてたのか?」


佑真

「っすみません…話し声が聞こえて、気になって…」


―ぽろ…っ。


「!?」


大鷹佐

「∑おいおい!男の子がそんな簡単に涙を見せるな」


佑真

「…だって…優さんが認めてくれたのが、すげぇ嬉しくて…///」アハハ…


 優は少し考えるそぶりをすると離れのドアの前数段の階段の前、低い所で佑真に向かって正座をし、手をついて頭を下げた。


佑真

「!っ優さん…!?」


「…現時刻を以て、相楽組機動隊隊長補佐役 神崎かんざき優、次期組長候補者 藤澤佑真に仕えさせて頂きます」


佑真

「∑え!?ちょっ!!優さんっ!?;;;」


「…」


大鷹佐

「…この申し出を受けるも断るもお前次第だ。佑真」


佑真

「えっ、と…なんて、返せばいいの?」


大鷹佐

「何でもいいさ。お前の言葉でお前の気持ちを返してやれ」


佑真

「…俺の、気持ち…」


 そう呟きながら佑真は離れを出て、頭を下げる優の隣に座った。そして手を差し出した。


「?」


佑真

「…よろしくお願いします…/// 兄ちゃん」


「…良いのか?…俺で」


佑真

「うん…/// 優さんがいい」


「…そうか」


 その答えに優は少し顔を綻ばせて佑真の手を握り返した。


大鷹佐

「契約成立だな!優は今から佑真の専属になった。しっかり良い主従の関係を築くんだぞ?もちろん兄弟としての関係もな!」


佑真

「うん!」

「はい」


大鷹佐

「ま、とりあえず決まりだから今夜はこれで解散だ。この後また打ち合わせもあるしな。佑真は離れに戻りなさい。明日の御披露目には正式な書類も用意しておこう。皆びっくりするだろうな!」


 改めてお互いによろしくと言って、佑真は離れに戻り、優は大鷹と一緒に幹部打ち合わせに向かった。明日の御披露目をどこか待ち遠しく思いながら。



◈◈◈



 翌朝―。

 御披露目当日。着物の着付けを終えた紗子と咲妃が真琴に連れられて大広間にやって来た。大広間にはぼちぼち人が集まり始めている。執事室は執事室の正装を、機動隊は機動隊の正装を、事業部はそれぞれスーツを着て座っている。そして大広間正面、1段高い所には幹部が左右に分かれて向き合って座っている。左側に機動隊幹部、右側に執事室幹部と事業部幹部。機動隊は奥から耀脩、昴、優。執事室と事業部は奥から八雲、賢児、事業部の幹部五十嵐いがらし 雅春まさはるが座っている。幹部は全員紋付袴を着ていた。そして八雲の右側にはこちらを向いて蝶子が座っている。黒地に真っ赤な牡丹と深い青色の蝶の柄の振袖におかめの面を着けていた。


真琴まこと

紗子さえこちゃんと咲妃ちゃんはここに座って。なんか周りの人が礼をしたら合わせてすればいいからね」ニッコリ


紗子

「はいっ!…わぁ!蝶子ちゃん綺麗だね〜!///」


咲妃

「うんっ///」


真琴

「ふたりも負けてないよ!」


 真琴はふたりの隣に座る。3人は大広間の一番後ろに居る。そして咲妃は蝶子から優へと視線を移した。


咲妃

(うわぁ…/// すごい、カッコイイ…///)


紗子

「神崎先輩かっこいいね!///」


咲妃

「…うん…///」


 普段とは全く違う優。着てるものもそうだが、完全に仕事モードの優はいつもより数倍かっこよく見えた。


「…」


 優はこの時、必死に咲妃を見ないようにしていた。見たら絶対集中出来なくなるとわかっていたから…。だって絶対可愛いに決まってる。そして、時間になり同じく紋付袴姿の大鷹が袴姿の佑真を連れて大広間に入り、御披露目が始まった。大鷹の挨拶が終わりいよいよ佑真の番である。


大鷹佐

「―御披露目、候補者挨拶」


 大鷹が告げると佑真と蝶子、幹部達が頭を下げる。佑真はひとつ息を吐いて緊張を飲み込んで口を開く。


佑真

「挨拶。不肖 藤澤佑真、本日をもちまして相楽組特別護衛要員として組に忠誠を誓い、また統べる者として日々の鍛錬に邁進する所存で御座います。どうか皆様の御力添えをお願い申し上げます」


 佑真はよく通る声で挨拶を終えるとまたひとつ息を吐いてしっかりと前を見据え集まった組員を見渡し意を決したように再び口を開く。


佑真

「…俺はまだまだ戦わなくてはならない問題を抱えています。それは、ここに居る皆さんを…面倒事に巻き込む事になってしまいます。…それでも俺は組を守り抜く事、そして何よりもそこに居る妻となる蝶子を守り抜く事を、俺の総てを賭けて誓いますッ!!っだから、俺をこの組の、家族の一員にさせてくださいッ!!お願いしますッ!!」


 そこまで言うと、佑真は先程よりも深く、低く、頭を下げた。


大鷹佐

「…蝶子。お前はどうだ?」


蝶子

「…」


 問われた蝶子は静かにお面を外す。するりと紐を解いてお面を脱いだその顔は薄化粧をしていた。


紗子

(…わっ…蝶子ちゃんすごい…きれい…///)


 蝶子は真っ直ぐに大鷹を見据えて静かに口を開く。


蝶子

「…私は佑真の前に続く道が、いばらの道であっても、じゃの道であっても…たとえそこに道が無かったとしても、佑真とならば歩いて行けます。道が無ければふたりで道を通すまで。私が佑真を支えるまで。…そも、私は初めから佑真の抱えているモノを知った上でこの話をお受けしました。何も問題はありません」


大鷹佐

「うむ。幹部は」


 幹部は今一度静かに頭を下げる。


 異議は無し―。


大鷹佐

「他に至っては拍手を以て、候補者を正式な特別護衛要員として容認する事とする」


 大鷹が問うと大広間に割れんばかりの拍手が鳴り響いた。中には佑真を歓迎する声や応援する声も混じっていた。


佑真

「…っ!!」


大鷹佐

「…幹部の容認及び今の拍手を以て、候補者 藤澤佑真を正式な要員として認める!…良かったな佑真」ニッコリ


佑真

「…じーちゃん…っ」


大鷹佐

「おっと、まだ泣くなよ!?;;;」


 拍手が収まると大鷹が続ける。


大鷹佐

「よし、次だが。佑真の専属契約を結ぶ」


八雲

「え?専属ですか?」


耀脩

「そんな話…」


 幹部達がざわつく。その様子に大鷹はにやにやした。


大鷹佐

「ふふふ。…神崎優、前に」


「…はい」


耀脩

「∑優!?」


「驚いた。まさか優が」


 優が佑真の前に進み出て座る。そして大鷹がふたりの間に1枚の紙を広げた。


大鷹佐

「佑真、ここに名前を書いて、その下に拇印を押すんだ」


佑真

「ここ?……拇印って、切るの?;;;」


大鷹佐

「切らん切らん。ちゃんと朱肉を用意している。心配するな!」ナッハッハッハッ


佑真

「よかった…;;;」ホッ


 佑真が名前を書いて拇印を押すと、大鷹が紙を優の方へ向ける。優も名前を書き拇印を押す。が、優は指の腹を傷付けた。


佑真

「∑優さん!?|||」イテェ


「俺のけじめ。…俺は本気でお前に仕えるんだ。佑真」


佑真

「優さん…」


 優は血判を押すと素早く指を止血する。


大鷹佐

「…これにより、機動隊隊長補佐役 神崎優は本日これより藤澤佑真の専属とする。…以上!御披露目を終わる!さぁお前ら!!全力で宴会の準備をしやがれぃっ!!」ヒャッホーイ!!


 大鷹の合図に全員がうぉぉっと凄い勢いで宴会の準備を始めた。優は立ち上がると真っ先に咲妃の元へと駆け寄る。


「おら、佑真達と一緒に客間に移動するぞ」


咲妃

「…す、優///」


「どうした」


咲妃

「…足、ちょーしびれて動けない…;;;」イテテテ…;;;


「…なんだ。この短時間に動けなくなる程痺れたのか」


咲妃

「……うぅ…///;;;」


―ばたんっ!!


佑真

「∑いってぇぇぇっ!!!|||」ウァァァッ


耀脩

「おーい!専属ー!主人が痺れて動けなくなってるぞ〜?」ニヤニヤ


「……チッ…」


咲妃

「∑舌打ちしたっ!優、ボクはいいから佑真のところに行ってあげて;;;」


 ものすごく嫌な顔をして優は佑真の所へ戻ると乱暴に肩に担いだ。そしてそのまま咲妃の所へ戻る。


「お前は俺の首にしっかり掴まれ」


咲妃

「えっ!?あ、うんっ///」


 咲妃が優の首に腕をまわすと、優は片腕で咲妃を抱き上げる。そしてひょいと立ち上がった。


咲妃

「∑優スゲーっ!!///」


「すげーだろ。奏、そこ開けて」


「…え?どんだけなの?ねぇ?;;;」


 平然とすたすた歩く優に大騒ぎだった大広間はちょっと静かになった。


佑真

「…優さん…やっぱり俺の扱い荒いよね…?;;;」


咲妃

「大丈夫だよ佑真。優はホントに気に入った人にしかイジワルしないんだから」クスクス


佑真

「…そうなの?」


咲妃

「そーだよ!」


佑真

「あぁ。咲妃ちゃん超いじめられてんもんね〜」


咲妃

「うんっ///」


佑真

「…嬉しいんだ…;;;」


「咲妃は俺の彼女ペットだぜ?しつけはちゃんとしてる」


佑真

「…はい…すみません…;;;」


蝶子

「…佑真、本当にこれが専属でいいの?後悔しない?」


佑真

「…うん…;;;」タブン…


 「そう」と蝶子はなんとなくもやっとしたまま優と奏について皆で客間に向かった。



◈◈◈



【客間】


 客間に到着するとドサッと乱暴に佑真を降ろす優。重かったのか腕をぐるぐる回してストレッチしている。


佑真

「痛い!痛いよっ!;;; 荒いよ優さんっ!?;;;」イテテ…;;;


「もう俺は1秒でも早く咲妃とふたりになりたいんだ。運んでやっただけマシだろ」


佑真

「…ちぇー…俺が咲妃ちゃんとくっつけてあげたようなもんなのになぁ〜?…昨日もちゃんと仲取り持ってあげたのに…」


「それは…まぁ、反論できねぇな」チッ


佑真

「でっしょー!?つーか奏さん写真撮ってください!」


「うん?いいよ〜!」


佑真

「蝶子!蝶子!」


蝶子

「何?」


 佑真は蝶子の隣に立つとめちゃくちゃ笑顔で奏を見る。


「んじゃ俺のスマホで悪いけど…いっくよ〜!はいっチーズ!……どうかな?」


佑真

「うん!いい/// もう1枚いいですか?」


「もちろん!」


 1枚目は蝶子の側に寄り添ってビシッと撮った。次は―。


―ぎゅ。


蝶子

「っ佑真!?」


咲妃

「あ!蝶子ちゃんのスマホの待ち受けとおんなじだ!」


佑真

「お!咲妃ちゃん見たの!?」


咲妃

「見た見たっ!蝶子ちゃんすごい照れてた!!」


 佑真は後ろから蝶子を緩く抱き締めている。


「撮るよ〜!」


―カシャ。


佑真

「ありがとうございますっ!/// すぐに蝶子にも送るね」


蝶子

「…えぇ///」


「優と咲妃ちゃんも撮る?」


「いらん。行くぞ咲妃」


咲妃

「どこ行くの?」


「俺の部屋に決まってる」


 そう言うと優はまた咲妃を抱っこして部屋へと戻って行った。


蝶子

「…あの専属護衛、ちょっとマイペース過ぎないかしら」


「あはは;;;」


佑真

「…;;;」



◈◈◈



【優個室】


「咲妃鍵開けて」


咲妃

「うん。…優?ボクもう足大丈夫だよ?」


「慣れない着物で俺の早足に付き合わせたらお前絶対コケるだろ」


咲妃

「そうかも…;;;」


 優は部屋に入って咲妃を降ろすと、誰も居ない廊下に向かってしゃべりだす。


「…今からこの部屋に近付いた奴は片っ端から殴るんで。そのつもりで来てください」


―たんっ。


咲妃

「…今、誰も居なかったよね?;;;」


「居たよ。左右の廊下の角にごちゃごちゃ。宴会の準備しろよな」


咲妃

「…居たんだ…;;;」


それもごちゃごちゃ…;;;


 優は窓辺に座り「こっちおいで」と言って目の前の畳をぺしぺし叩く。咲妃が近付くと優はかいたあぐらに咲妃を座らせた。


「やっと振袖の咲妃をゆっくり見れる」


咲妃

「∑あ!そうだ!着物っ!!優着物すごい似合うよねっ!///」


「そう?」


咲妃

「うんっ!!すごいカッコイイ!!///」ニコニコ


「咲妃も似合ってるよ。すげぇ綺麗だけどすげぇ脱がせたい」


咲妃

「え?」キョトン


またそうやってきょとん顔する…。


「咲妃写真撮ろ」


咲妃

「?さっき葵先輩に撮ってもらえばよかったのに」


「奏が撮るのよりすげーの撮る」


咲妃

「?……っ!?優っ?///」


 優はいつか佑真がミサキにしたように、肩に腕をまわして顔をくっつける。


「撮るよ、咲妃」


咲妃

「え?え?ちょっ…///」


―カシャ。


「……。ほら、奏よりすげーの撮れた」


咲妃

「……///」


「咲妃?」


咲妃

「っ優超カッコイイっ///」


「お前はほんと俺のこと大好きだな」


咲妃

「当たり前!大好きだよ!/// てゆーか!!その写真ボクにもちょーだいっ!!///」


「ん。今送ってやる」


咲妃

「やった///」


 咲妃のスマホに写真を送ると、優はそれを待ち受けに設定した。


「…ふふ」


咲妃

「?どうしたの」


「何でもねぇよ。…つーか咲妃、香水か何かつけられた?すげぇいい匂いがするんだけど…」


咲妃

「…っ!?」ビクッ


 優は咲妃を足の上に乗せたまま抱き締めて首筋に鼻先を近付ける。


咲妃

「つつつつけてないよ?///」アワワ…


「…ふぅん?…普段と違うと何か興奮するな…」


咲妃

「…す、優…っ///」


「…」


咲妃

「やっ…/// すぐ…っん…///」ゾクゾク


「…やべぇな…お前の声超煽られるんだけど…」クスッ


咲妃

「!んんっ///」


「可愛いけど声漏れすぎ。静かに」


 咲妃の口を手で塞ぐと耳元でわざと甘い声を出す。


「…可愛い…」


咲妃

「…ふっ…ん…っ…んんっ///」


「…」


は…っ。


咲妃

(!優…)


「…あー…マジでやべぇ…」


 優は咲妃の目を覗き込みながら唇を舐めた。


咲妃

「…///」


「…咲妃、口紅つけてる?」


咲妃

「つ、つけてないよ/// リップクリームだけ…///」


「そ。じゃあ平気だな…」グイッ


咲妃

「ぁ…ん…は、あっ…///」


―するする…。


咲妃

「!?すぐ…っ!ちょ…!!///」


 優の手は深いキスをしている間に背中を滑り降りて咲妃の腰より下を撫でていた。


「どうした?」


 意地悪く笑いながら上目で咲妃の目を見つめる。


咲妃

「んっ…!/// あっ…ちょっと…んっ!///」


「おっと」


 なんとか優の腕から逃れようともがく内に咲妃の手は優の着物の襟の中へと滑り込んだ。


「俺の着物脱がすの?」


咲妃

「あ…っ/// ちがっ…/// いじわるしないでっ///」


「ふふ。悪い。咲妃があんまり可愛いからやり過ぎた」


 咲妃は息があがり、顔は上気し、目には涙が浮かんでいる。しがみつく咲妃の耳元に口を寄せて―。


―続きは俺のアパートでな。


咲妃

「…っ///」ゾクッ


「…好きだよ、咲妃」


咲妃

「んっ…!///」


「ふふ」


 満足げに咲妃を見ているとぽすぽすと襖がノックされる音がした。


『優居る〜?』


「奏?…ちょっと待って」


 優は咲妃をベッドに座らせると襖にチェーンを掛け、ちょっとだけ開けて顔を出す。


「何?」


「…なんでそんなに乱れてるの…?;;;」


「寝てた」


「……;;;そう…;;;」


苦しいだろその言い訳は…;;;


「ところで、さくこっちに来なかった?お使い頼みたいんだけどどこにも居ないんだよね」


「…知らねぇな。大体、咲耶は機動隊の離れなんか用事ねぇだろ」


「だよね〜。ホントどこ行っちゃったんだろ?」


「スマホ持ってんだろ。わざわざ俺に訊きに来んなよ」


「あ、そうだよね;;; ごめーんね?;;;」アハハ…


「もういいか?」


「うん。…あ、あと少ししたら宴会の準備終わるよ」


「そ。じゃあ始まる前にスマホ鳴らして。着信拒否解除しとくから」


「うん。わかっt……え?着信拒否?;;;」


 奏が聞き返すより早く閉じられる襖。


「……;;;」


マジで?俺着信拒否されてんの?;;;



◈◈◈



「全く…」


咲妃

「…うそつき」


「!」


 顔を赤くしたままの咲妃が呆れたように笑う。


咲妃

「ホントは部屋の前に咲耶ちゃん居たでしょ?」


「!咲妃…」


咲妃

「咲耶ちゃんとなにがあったかなんて聞かないよ」


「…」


 咲妃はベッドからゆっくり立ち上がると優の首に両腕をまわす。


咲妃

「…だって優はボクのこと好きでしょ?」


「俺を泣かせたのはお前だけだぜ?大好きだよ」


咲妃

「ボクも大好き///…だから、誰が優を奪いに来ても絶対連れて行かせないし、ボクは絶対に負けない」


「………。続き、今シてぇな…」


咲妃

「!?っこ、これ着るの大変なんだよっ!?///;;;」


「平気。俺、着付けも出来るから」


咲妃

「∑っバカ…///」


 この後少しして奏から連絡があり、ふたりで宴会会場へと向かった。宴会が始まると貴弥の機動隊入隊の挨拶が行われ、そのまま宴会は翌日まで続いた。



◈◈◈

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