春編
第2話【はじめまして】
入学式のきらきらと光る独特の空気。ずらりと並ぶ新入生の一角にどんよりと重たい空気を漂わせる新入生がひとり…。
紗子
(…わかってた…なんとなく、わかってたよ?わかってたけど…)
ほんとに女子がわたししかいないとか思わないじゃん!!;;;
確かに入試のときひとりも見なかったけどさぁー!?;;;
家から近いからという安易な理由で受験した高校。無事に合格したものの、全生徒中女子は紗子だけ。どこを見ても男子しか見えない体育館。実はこの高校、この年から共学になった元男子校なのだ。他の女子は隣町の学校に進学していった。
紗子
(…まぁ…)
…誰も居ない、誰も来ないと思ったから、選んだっていうのもあるんだけどね…。
いざとなるとびっくりするね…。
不安に押しつぶされそうになりながらも「きっと大丈夫!」と自分を励ましながら壇上の先輩を見上げた。
◈◈◈
【1年2組】
入学式が終わるとホームルームのために教室へ移動した。当然、ここも男子だらけ。たったひとりの女子に男子たちは興味津々に見てくる。めっちゃ見てくる。人見知りな紗子はその空気に耐えられず、顔を真っ青にしながらうつむいて席についていた。
そんな紗子の肩を「よっ!」という声と同時にぱんっと軽い衝撃が襲う。
紗子
「∑わっ!?は、はい!!あの…っ;;;」
男子
「よっす!同クラだな!」
紗子
「あ!
声を掛けてきたのは幼馴染の
紗子
「そういえば貴弥も丘高だったね!///」
貴弥
「おう!つーかお前、なんでこんなとこ受けたんだよ?男しか居ねぇ」
紗子
「うちから1番近いから!」( •̀ ̫ -︎︎ )ドヤッ
貴弥
「なんだそのアホみてーな理由。あ、アホだったかw」
紗子
「アホじゃないでーす!ちょっとおバカなだけでーす!そういう貴弥はなんでなの?」
貴弥
「オレの
紗子
「あはははははははwww」
貴弥
「せめてなんか言え!?悲しいから!!」
貴弥としゃべって緊張が解けた頃、担任が入って来て全員がわらわらと席に戻っていく。ホームルームが始まってふと、前の席が空いていることに気づいた。「お休みなのかな?」とか考えつつ担任に顔を向ける。ついさっきまで入学式だったのにジャージ姿にサンダル履きの担任。口癖は「めんどくせぇ」その名も
達也
「…んで、こいつは
紗子
(!わたしの前の席だ)
達也
「相楽は家の都合で急に転校決まったとかで、うちの制服間に合ってねーけど気にすんなー。んでめんどくせぇこらホームルームは終わる。友達作るなりなんなりしてろー。そのかわり絶っ対ぇ教室から出んなよ?めんどくせぇから」マジメンドクセェ
そう言いながら達也は窓際にイスを引っ張って座るとめんどくさそうに日誌を書き出す。途端、男子たちが思い思いに遊び出して教室はあっという間に無法地帯と化した。騒がしくなった教室で紗子はひとり思いっきり深呼吸をすると「よし!」と気合いを入れて目の前の白いセーラー服の肩をつついた。
紗子
「っあ、あの!さ、相楽さん!」
相楽
「…!」
驚いて振り向いた相楽さんの手には本が乗っていた。
紗子
「!あ、本読んでたの?ごめんなさい;;;」
相楽
「構わないわ。何?」
紗子
「あ、の…えっと、ね…下の名前、なんていうのかな?って…わたしは一ノ瀬紗子!よ、よろしくね!」ドキドキドキドキドキ…
相楽
「……」
紗子
(今は話しかけたらだめだったかな…?;;;)
蝶子
「…
紗子
「!///」
わぁ!!まぶしい!!笑顔が!!まぶしいーっっ!!
戸惑った顔をしたのも束の間、蝶子はすぐに柔らかな笑顔を見せた。その様子に思わず顔を覆う紗子。
紗子
(名前も美人なんて!!)キャー
蝶子
「ねぇ」
紗子
「!は、はい」バッ
蝶子
「私と、友達になってくれないかしら」
紗子
「!?」
蝶子
「…」
紗子
「わ、わたしで…いい、のですか?…っ嬉しい!!/// あの、蝶子ちゃんって、名前で呼んでもいい…かな?///」
蝶子
「えぇ、構わないわ。私も紗子って名前で呼んでいいかしら?」
紗子
「うん!もちろんだよ!///」エヘヘ///
神様!!ステキなお友達をありがとうございます!!ありがとうございますっ!!///
金髪の男子
「……ねぇ。その制服って
紗子
「え?」
蝶子
「…」
蝶子の隣の席、机に突っ伏したまま男子が声を掛けてきた。この男子、教室に移動して来てからずっと居眠りぶっこいている。淡い金髪で背の高い彼は嫌でも目につき達也に何度も注意されていた。ちなみに瞳は青みがかった灰色をしている。
紗子
(外人さんかな?でも日本語だったよね)
蝶子
「…知ってるの」
前の学校の名前が出た途端つまらなそうに本を閉じ隣の男子を見やる。
貴弥
「白女ってめっちゃお嬢様学校じゃなかったっけ?」
紗子
「え?そうなの?」
蝶子
「紗子は知らないの?」
紗子
「うん」
蝶子
「そう」
紗子
「?」キョトン
有名な学校なのかな?
紗子
「っていうか!急に入ってこないでよ貴弥!」
貴弥
「いいだろー!べつにー!」
ちびっこ男子
「なになに〜?そのコ貴弥のカノジョ〜?」ニヤニヤ
貴弥
「違ぇ!!」バンッ
紗子
「違う!!」バンッ
ちびっこ男子
「わぁ!息ピッタリだね〜!」アハハ!
同時に机を叩いて抗議するふたりに金髪の男子も思わず笑った。何かを気にかける蝶子を置いて。
「ねぇなにちゃん?オレは石井将也っ!」ニカッ
紗子
「え、あ、一ノ瀬紗子ですっ。よろしくね!」
「よろしくっ!」とにっこり満面の笑みを浮かべる将也。金髪ウルフヘアで小柄な人懐っこい男子。初日からすでに制服を着崩し、ブレザーの中に少し大きいサイズのパーカーを着ている。和気あいあいとする3人を横目に蝶子は隣の金髪の男子に話しかけた。
蝶子
「…あなた、この辺の人ではないの?」
金髪の男子
「んー…?うーん…俺もあんたと一緒、かな?中学卒業してからこっちに越して来たんだよ…」ウトウト…
蝶子
「そう…」
金髪の男子
「ん〜…」グゥ…
金髪の男子は話の途中でまた夢の世界へと帰って行った。その寝顔に不思議と何かが引っかかっている。
何か、忘れてはいけないものを忘れている感覚。
蝶子
(…名前、訊きそびれてしまったわ…)
バカ騒ぎもなんのその。気持ち良さそうな寝顔に蝶子は記憶を探し始める。
蝶子
「…あの子に似てるんだわ…」ポソッ
淡い金色の髪と青みがかった灰色の瞳―…。
"お祭りの男の子"に―。
紗子
「蝶子ちゃん?何か言ったかな?」
蝶子
「何でもないわ」
紗子
「そう?」
貴弥
「そういやさ、相楽なんで転校して来たんだ?白女って幼稚園から大学まで一貫じゃなかったか?確か」
蝶子
「本家に戻って来たのよ。家の都合ってさっき先生が言わなかったかしら」
貴弥
「そっかー」
「で?」
蝶子
「?」
金髪の男子
「なんでこの学校なの?隣に
蝶子
「あなた、寝たり起きたり忙しいわね…。家の者がここに通っているの」
金髪の男子
「ふーん?」
蝶子
「あとはここが一番家から近かったのよ」
紗子
「あ、いっしょだ!」
蝶子
「紗子も?」
紗子
「うん!」
蝶子
「そう。ふふ」
どこ中とか、何が好きとか、ひとしきりそんな他愛もない話で教室から緊張した空気が抜けた頃、達也が時計を確認して教卓に移動する。
将也
「センセー?今日これで終わり?」
達也
「おー終わる。じゃ、まぁ、めんどくせぇけどお前ら休むなよー。はいさようなら」バイバイ
貴弥
「最後ぐらいちゃんとしなってぇ;;;」
達也
「あー?めんどくせぇ」
貴弥
「おぉう…;;;」
「帰れ帰れー」と手をひらひらさせて達也が教室を出て行く。残された生徒達はもぞもぞと帰り支度をしてちらほら帰り始めた。そんな中で紗子は膝の上で手を強く握りうつむいている。
紗子
(…どうしよう…蝶子ちゃんと一緒に帰りたいけど…どうしよう、なんて声をかけたらいいのかな…?)
―ぽんっ。
紗子
「∑ひわぁぁぁぁっ!?!?!?;;;」ビックゥゥッ
貴弥
「∑おわぁッ!?っなんだよ…!?;;;」ビクッ
紗子
「たっ、貴弥か…びっくりしたぁ〜…もぅ;;;」ドキドキドキ…
貴弥
「なんか悪い…;;;」
紗子
「ううん。わたしもごめんね;;;」
貴弥
「つかサエ帰んねーの?」
紗子
「え?帰る…∑あぁ!!蝶子ちゃんは!?一緒に帰ろうと思ったんだけど!!」
貴弥
「相楽?相楽ならもうとっくに帰ったぞ?なんで目の前のやつ見失うんだよ…;;;」
紗子
「えぇ〜…」シュン…
貴弥
「また明日誘えばいいだろ?帰ろうず〜」
紗子
「うん…帰る…」
貴弥
「泣くな泣くな。ジュース奢ってやるから」
紗子
「四ッ谷サイダー…」
貴弥
「お前あれ好きだよなぁ…」
紗子
「だっておいしい〜」
貴弥
「はいはい。置いてくぞー」
紗子
「∑あー!ちょっと待ってよー!貴弥ー!?」
木造校舎の廊下をぱたぱたと駆ける。木の温かみのある音が遠ざかるとクラスメイト達から学校に2人しか存在しない女子と親しげにする貴弥を羨む声があちらこちらから漏れた。その様子を遠巻きに眺める男子がひとり。つまらなそうな顔をして面倒くさそうに荷物をまとめると教室を出て行く。
◈◈◈
ホームルームが終わって早々に教室を出た蝶子は川沿いの道を足速に歩いていた。土手にはたくさんの菜の花が咲き乱れ、道沿いに植えられた桜の花びらが暖かな陽の中をひらひらと舞い、川面はきらきらと輝く。昼時の穏やかな景色だ。時折、散歩しながら景色を眺める人達が居た。しかし、今の蝶子には春の暖かな光も色鮮やかな花々も輝く川面も見えていない。もう何年も季節の景色を綺麗だとは感じていない。その目には白と黒の冷たい世界だけが広がって見えている。そんな蝶子の視界の端に土手でじゃれているヤンキー達が映った。内心舌を打ちながら足を速めたが、運悪く気づかれてしまった。
蝶子
(
そこそこ賢そうなヤンキー
「わぁ〜?可愛い制服だね〜。どこ高?」
バカっぽいヤンキー
「うっわ!!すっげぇ!!よくそんな高いヒールでこんなとこ歩けんねー!!ピンヒって言うんだっけ?」
チャラきのこヤンキー
「そんなにスカート短くして誘ってんの???」
蝶子
「…」
そこそこ賢そうなヤンキー
「ね、名前なんていうの?」
蝶子
「…"相楽"蝶子」
バカっぽいヤンキー
「蝶子ちゃんっていうんだぁ!名前もカワイイねー!」
チャラきのこヤンキー
「ね?蝶子ちゃんも遊ぼう!」
蝶子
(駄目、ね。よほど世間知らずなのかしら…)
そうこうしている内にヤンキー達は蝶子を取り囲みじりじりと輪を狭めていく。
蝶子
(…鬱陶しい。自分がどれだけ好い男だと思ってるのかしらね…)
姿見に映して見せてあげたいわ。
輪が狭まるにつれて不快感は苛立ちに変わる。
チャラきのこヤンキー
「あ?怒っちゃった??」
蝶子
「…何故、私がスカートを短くしているのか。知りたいのなら教えてあげるわ」
蝶子はヤンキーの目を見上げながらつまらなそうに呟いた。
バカっぽいヤンキー
「やったー!!」
チャラきのこヤンキー
「おー!?」
そこそこ賢そうなヤンキー
「教えてくれるの?」
蝶子
「そう、言ったのよ」
呆れながら言葉を吐くと蝶子は鞄を足元に手放した。
◈◈◈
紗子
「ん〜っ!やっぱりサイダーは四ッ谷サイダーがおいっし〜ぃ!!///」
貴弥
「そらよかったな」
紗子
「うん!…え?あ、あれ?」
貴弥
「ん?…うわぁ、めんどくせぇ…道変えようぜ」
そそくさと来た道を戻ろうとする貴弥のブレザーを「ち、違う違う!」とひどくうろたえながら引っ張り戻す。
貴弥
「?なんだよ、めんどくせぇのやだぞオレ」
紗子
「っあの、あれ!真ん中の白い制服!!」
貴弥
「真ん中???」
「んん?」と目を凝らせば道を塞ぐヤンキーの中に白いセーラー服が見えた。と、同時に紗子の手を振りほどいて蝶子に駆け寄ろうとした瞬間。
―ダッパァァァンッ!!!
突然きのこヘアのヤンキーがひとり川面にぶっ飛んだ。
貴弥
「え?」
あまりの光景に呆然としていると残りのヤンキー達も次々と川面にぶっ飛んだ。
貴弥
「???」
紗子
「え、えと、大丈夫…かな?蝶子ちゃん…」オロオロ…
蝶子はスカートの裾を軽く払い、鞄を拾い上げる。
蝶子
「…スカート丈が長いと動き辛いでしょう?だから短いのよ。出直して来なさい」
水没したヤンキー達に至極つまらなそうな視線を投げて再び帰路についた。ヤンキー達はもちろん、遠目から見ていた貴弥と紗子はその背をただ見送った。
紗子
「…んと、今なにが起きたの…?」
貴弥
「たぶん、蹴り飛ばした…のかな?たぶん…」
紗子
「川までなかなかの距離があるけど…強いんだね、蝶子ちゃん」
貴弥
「いや、もうそういうレベルの話じゃ…。帰るか」
紗子
「うん」
貴弥
「つーか担任もヤバくね?」
紗子
「そう?ちょっとおもしろそうじゃない?」アハハ!
貴弥
「おもしろいか?;;;」
ふたりは何も見なかった事にして他愛ない話をしながら帰った。
◈◈◈
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