カンは姦濫の姦

麻呂館廊

第1話 理不尽な義務

 月山は母の遺影の前に座していた。


 母の朗らかな笑みが目に浮かぶ。




「姉ちゃん、今日...行くの?」




「うん。今日で決着をつける」




 月山は遺影の縁を右手で一撫ですると、立ち上がり緋袴を軽く払った。


 仏間を出ようとする彼女を支えるように、右腕をそっと掴んだのは彼女の実弟。


 しかし、月山は彼の手を雑に振り払った。




「いらない」




「でも、姉ちゃん目が見えてないから…」




「盲目になって何年過ごしたと思ってるの? ひとりで歩ける」




 月山は三年前、みずから目を閉じた。


 その行為に及んだのは、ひとえに「姦姦蛇螺」を殺すためだ。






 丫—丫—丫◆丫―丫—丫






 20××年、関東地方某所の山奥にあった小さな村落に突如として新種の怪異が出現した。


 多様な呼び方が存在するが、政府が公開している日本警戒怪異リストに基づけば「姦姦蛇螺」が正式な名称である。




 巫女の胴体に大蛇の下半身と、その下半身を目視した人間を無差別に殺害する力を持つため、所詮、数百人に満たない村民は数名を除いて全滅した。


 皆、左右どちらかの腕がとれていたという。



 怪異は街談巷説から生まれ、それを餌として育つ。


「姦姦蛇螺」も例に漏れず、その怪異の発生源はネット掲示板の話であるとみられている。


 とある村落の堕落した神が大蛇の姿で顕現し、村人を殺したため、卓抜した力を持った巫女に討伐を依頼するが、巫女家と村民の謀略によって生贄にされ、結果、バケモノと化したのが「姦姦蛇螺」である。


 そして現実に「姦姦蛇螺」の惨劇が再現された。



「姦姦蛇螺」が実際に発生したことを受けて、怪異譚の二次創作に変化が生まれた。


「姦姦蛇螺」を打破する力を持った巫女が再び生まれて、その怪異を祓ってしまうというオチが加えられたのである。


 自分の村や町にも「姦姦蛇螺」が出現することを恐れて、「姦姦蛇螺」を倒してくれるヒーロー的存在の登場を願ったのだ。




 街談巷説が怪異を生むことはこの世界の常識。別にどこぞの組織・機関に秘匿されている事実ではない。


 しかし、人々は街談巷説が怪異を生むことを理解していながら、無責任にも風説をべらべら喋った。


 そのツケは、関係のない一家が払う羽目になった。


 その一家の名は月山家。


 理由は、件の村落に最も近い家であったからだと推測されている。




 月山 敦子。


 一家の母であった彼女に、「姦姦蛇螺」打破のための力が唐突に与えられた。


 二年後、「姦姦蛇螺」との二度目の戦闘で死亡した。




 一度目の一本を除いて、両腕がもがれ、傷のない臓器は無かった。


 下半身は無く、「姦姦蛇螺」に持ち去られたと思われる。




 次いで、敦子に押し付けられた力は長女に継承された。


 その名を月山 春海。




 今日、「姦姦蛇螺」に引導を渡す怪傑の名である。

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