第14話
「はぁ……はぁ……」
「落ち着いたわね」
荒い息をつくブルムを見下ろしながら、私は額の汗を拭おうとした。
拭おうとして、もはや両手ともボロボロに崩れ落ちて、動かす腕すらない事に気がつく。
通りを見るとチラチラと私達の方を見ては、関わり合いになりたくないと目を逸らしていく通行人達。酷い有様だし、早くケイル達と合流しないと。
「り、りりしあ様……手が……!」
私以上にダメージを受けてそうなリィルが、手をわなわな振るわせながら私の崩れた腕を拾っている。
その腕の破片は、リィルが拾った側から砂のように崩れ去っていく。聖女の身体はただの人間とは異なるので、身体から離れればこうなるのも当たり前だけど。
「はわわ……」
リィルの顔がどんどん真っ青になっていく。
「リィル、そんなに慌てないでも私なら大丈夫よ」
「な、何を言ってるんですか……リリシア様の手が……!?」
普通の人間であれば致命傷かもしれないが、こと聖女に関してはこんな事では傷ついたうちに入らない。
私は彼女を安心させようと、徐々に生えてきた片腕の先を動かして見せる。呪いが燃え盛るとじんわりと血肉が盛り上がり、やがて皮膚がぽつぽつと表面に浮き出て繋がっていく。
「どういう……」
困惑した声を上げるリィルに、さてなんと説明したものかと頭を悩ませる。
前にも彼女達の前で右手を再生していたのだが、あの時は夜だったから見えていなかったのかもしれない。
聖女の身体は不死に近い。
近いと表現したのは、もちろん不死ではないからだ。
殴られれば痛いし、骨だって折れる。当然、死ぬことだってある。
けれども、普通の人とは違い超人的な再生能力を保持している。殺そうと思ってもまず殺せない。
……一応、手順を踏めばしっかり殺せるそうだが、今のところ教会外部の者に聖女が殺されたという報告はない。逆に教会関係者であれば、聖女を殺すのは容易だ。色々あるらしい。
さて、そんな耐久力が何の役に立つかと言えば、単純にはそうでなければ呪いに耐えられないからだ。
身体が壊れてしまう程度で呪いに耐えられなくなっていては、聖女は務まらない。逆説的に、身体が足枷にならないように、である。これほどまでの強力な不死性を備えておかなければ、聖女としての本来の役割を果たせないのだ。
呪いとの戦いは、つまるところ精神性なのだ。
「聖女には神のご加護があるのよ」
実際のところ、この身体に作り替えられたのは呪いと初代国王の呪術であるわけだが、当然、そこまで説明するつもりはなかった。
「な、なるほど……」
結局、私は適当に誤魔化した。
この身体は、もはや呪いに近い。
こう表現するのは不謹慎かもしれないが、私達聖女とリィル達『魔化兵士』は殆ど同類と言えよう。
違いは彼らは魔力を扱うことを主眼にして開発されており、聖女は呪いに耐えることを念頭に置いて作られている。
説明してやっても良かったのだが、これらは一般にも広まっていない聖女の造りの部分だ。何かの拍子に民衆に広まってもいけないし、ここで彼女に説明するデメリットの方が大きいと考えた。
……単純に説明が面倒だったとも言える。
幸いにしてリィルは、私の言葉を鵜呑みにして「流石です」と目を輝かせていた。
「リリシア様はやはり本物の女神様なのですね……」
たまにいる信心深い信徒のような顔でリィルが私を見上げている。
女神ね……うーん、どうだろうか。
私はあまねく全ての人々を救おうとは考えていない。
私が救いたいの子供だけだ。
だから、強いていうなら子供限定の女神だ。
……流石に自分で女神を自称する事はないだろうし、自分のことを女神と思うほど自惚れてはいないが。
でもまぁ、心持ちくらいはそんな気分でいたい。
私は子供好きの女神。
何だかテンション上がってきた。
「ブルム、身体の調子はどう?」
ようやく再生が完了した両手を確かめながら、震えていた少年の体調を確認する。
ブルムは少しだけ気恥ずかしそうに「……大丈夫、です」と目を逸らしながら答えてくれた。
「まだ顔が赤いようですが……」
「……な、何でもないです! 大丈夫です!!」
珍しく語気を強めて話すブルムに、ちょっぴり気圧される。
本人がそこまで強く言うなら、心配しなくても良いのだろう。
一応、やれる事はやったし。
今は彼の魔力も安定しているように見える。
大丈夫、かな。多分。そんな気がする。
「最悪、何かあれば私が対応するから。今度は無理せずちゃんと私に言うのよ?」
ブルムは分かったのか分かってないのか微妙な態度で頷いた。
本人も別に暴走したくてした訳ではないだろうし、今すぐには難しいかもしれない。
ちょっとずつで良い。
ちょっとずつ、普通の子のように育ってくれれば。
頭を撫でてあげると、ブルムは顔を真っ赤にして固まった。
可愛らしいんだから。そんな顔されたらたまらなくなる。
私はしばらくブルムを愛でた。
「――さて。じゃあ引き続きケイル達を探しましょうか」
しばらく堪能した後、ようやく立ち上がる。
私に付き従うように二人の子供も立ち上がった。
しかしまた人混みの中を連れて歩くのも危険かもしれない。どうすればいいかな。
いっそここに置いておいて見つけて戻ってくる……いやいや、そんな可哀想な事はできない。それにまたさっきみたいになった時、その場に私がいなかったら本当に大きな被害が出る。その案は無しですね。
うーん、どうしましょう。
と考えながら、ブルムの頭を撫でる。
彼は恥ずかしそうに俯くと、そのままじっと動かなくなった。可愛い。
いっそこのまま撫で回して向こうから私たちを見つけるのを待つかという気すらしてくる。最悪モモイもいる事だし。
……いやでも、ケイルが子供達に能力を使うことを許可するだろうか。彼女はいまだ子供達のことを脅威と捉えているはずだ。
魔力を使ったモモイをいきなりぶん殴っている可能性もある。流石にそこまではしない人だとは思うが……容赦のない女性だし、或いは可能性ありだ。
仕方ない。やはり探しに行くしかない。
さっきのでブルムの魔力の感覚を掴んだ。
身体に触れていれば、彼の異常には気付けるはずだ。
だから、なるべくブルムの体調に気を遣いながら進もう。
「ブルム、お兄ちゃん達を探しに行きましょう」
「……はい」
素直に頷いてくれるブルム。
私としては非常に助かるが、何というかあまり主体性的な部分を感じられない子だ。
そういう風に生きていかないと、生き残れなかったのかもしれないと考えると、複雑だ。
素直なのは大変結構だが、ただ言いなりになっているのであれば……いや、ここで考えても仕方ないか。
私自身の力でどうにかしてやりたいが、こういうのはいずれ彼の親となった人達に任せよう。歳の頃はまだ十歳前後だろうし、まだまだ取り返せるはずだ。
「リィル、ブルム、行くわよ」
「はい!」
「……」
私は再び両手に子供の手を握って街を歩いた。今度はブルムの方に意識を割きながら、ケイル達の姿を探す。
さっさと見つけて何処か落ち着けるところで一息つこう。私も少し疲れた。
そんな事を考えながら街中を歩いていると、すぐ近くの店から爆炎があがった。
ハリウッド映画みたいに、店の中からドカンと火の手が上がったのだ。びっくりだ。
「……そんな訳、ないわよね?」
私は信じられない気持ちになりながら、店先にダッシュする。
そこにあったのは火だるまになりながら転げ回る数名の成人男性と、煤だらけの店内。燃え移ったテーブルや椅子。
店の中央には刃を知らない男に向けるクロスと、その刃を剣で押し留めるケイルの姿があった。
クロスの傍らにはクリムが、気炎を吐いて辺りを睨みつけている。
「あ、リリシア!」
一人だけ、悠長に水を飲んでいたモモイが私を見つけると、とたとた歩み寄ってくる。
「……どうしたの、これ」
私は額を抑えながら、モモイに説明を求めた。
モモイは笑いながら「喧嘩だよ」と一言。
……喧嘩ねぇ。
一体何がどうなって、こうなっちゃったのかしら。
あんぐりと口を開けて固まる、カウンターの奥の店主。
さてどうやって謝罪するか。
いや、まずはケイルから事情聴取が必要ね。
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