第13話


 茜色の空の下で、私達はようやく本日の目的地に辿り着いた。この距離を移動するとなると乗合の馬車などが通常だろうが……タイミング悪く見つからなかったので徒歩となってしまった。子供達にはこれ以上の負担はかけたくないと思う。もっとも訓練されているようでこの程度では根を上げない子達ではあったが、そこに甘えるようではそれこそ大人失格だ。

 街に着くと、まずは宿を取る……そのつもりだったのだが、王都まで二、三日の距離となると下手な宿に泊まるより教会に寝泊まりした方がいいと思い直した。

 流石に王都に近いだけあって、質のいい宿も多い。王国内でもかなり大きい部類の街だ。

 とはいえ路銀はもうほとんど尽きている。この先の宿や食事代を考えると、贅沢は出来ない。

 つくづくクレジットカードって便利だなぁとため息を吐きながら、それなりに広そうな街の教会に足を踏み入れる。


「おお、リリシア様!? どうしてこのような場所に?」


「貴方は確か……王都の教会で何度か会った事がありますね。申し訳ないのですが、一晩だけ泊めていただきたいのです。子供達もいますが、ベッドはあるでしょうか?」


「子供、たち……? ああ、いえ。ひとまずは大丈夫です。寝床はたくさんありますので……しかしリリシア様をおもてなし出来るほどの――」


「そのような気遣いは結構です。感謝します、神父様」

 

 教会内部に居たのは、確かにどこかで見覚えのある神父だ。こんな仕事をしていると一方的に顔だけ知られているというのもよくある事だが、挨拶したことありそうな相手というのはちょっとホッとする。

 ……名前は覚えてないけど。

 


 いきなり連れ立って入るのも迷惑かと思い、外に待たせていた子供達を呼びに出る。


「あれ、これだけ……?」


 しかし、そこに残っていたのはリィルとブルムだけだ。

 おかしい。さっきまでは全員いたのに。

 かくれんぼでもしているのかしら。


「クリムがお腹が空いたと騒いでいたので、ケイルがひと足先に食事に連れて行きました」


 リィルが私を見るなり即座に疑問に答えてくれた。

 可愛い上に、私の考えていることまで分かるなんて。将来はめちゃくちゃ有望な秘書にでもなっちゃうのかもしれない。すごい。


「なるほど……ブルムはなんで残ってるの?」


「……僕、もうお腹いっぱい」


 ブルムがお腹をさすりながら首を横に振った。

 クリムとブルムで半分こにした筈だが、どうしてこんなにカロリー消費に差があるんだ。

 よっぽどブルムが少食なのか、それともクリムが食いしん坊なのか。或いは両方か。

 ……個人的にはクリムが燃費悪いだけな気がするが、子供なんてそれこそ千差万別。比べてどうという話でもないだろう。


「リリシア様、どうしますか?」


「そんなに離れていないでしょうから、探します」


 リィルに答えると、二人の手を取って街中をぶらぶらと歩く。

 二人とも小さな手のひらで、私の手を握り返してくる。幸せな感触だ。


「ブルムの手は暖かいわね」


「……そんな事、ない」


 ブルムは目を逸らして首を振った。


「り、リリシア様、私は……!?」


「ふふ、リィルのおてても可愛くて素敵よ」


 慌ててリィルが私の手をにぎにぎしてくる。

 二人とも小さな子供の手だ。

 なのに所々痛々しい傷跡があったり、武器を握りすぎてタコになっていたりする。

 ちゃんと武器の扱いの訓練も受けさせられていたのかと思うと、急にしょんぼりした気分になる。

 許すまじ、あの禿頭神父。もう死んでいるけれど。

 ムカムカした気分になりながら、ケイル達を探す。

 ……それにしても、改めてこの世界は不便だ。はぐれても電話一つできない。携帯の一つでもあれば合流などあっという間なのに。

 あ、そうだ。


「ねぇ、こっちからモモイに話しかける事は出来ないの? ほらあの……スーパーパワーで。そうすればすぐに合流出来るわ」


「すーぱーぱわー……? が何かは知りませんが、モモイの『術』はこちらから話しかける事も出来ますよ。ただし、そのためにはモモイが術を発動している必要があります」


「あー、なるほど……」


 彼らの呼ぶ『術』とやらは、つまりオンオフがあるのだ。

 そしてオンにしていなければ受信も送信も出来ないということらしい。

 納得すると同時に、つくづく凄い力だと思う。

 この世界にも魔術はある。

 あるにはあるのだが、少なくともこの国では魔法陣の準備やら何やらで、基本的には使われないことが多い。コストに見合わないのだ。

 それに比べて、リィル達の能力はとてつもない。意思一つで事象を発生させている。今までの魔術を根底から覆すようなものだ。

 周辺諸国ではもう少し研究が進んでいると聞くが……王国は呪具の方が盛んだ。初代国王が呪いに詳しかった関係で、国としては呪いに理解が進んでいると言えよう。

 でなければ、聖女なんかも生まれなかっただろうし。


「ブルム、お兄ちゃんの行きそうな場所は分かる?」


「……ここ、来たことない」


 それはそうでしょうね。

 もう、ケイルったら。

 どうせだったらこの子達も連れて行ってくれればよかったのに。

 そうすれば今頃リィルもブルムもお友達と一緒に夕飯が食べれたはずよ。仲間はずれなんて可哀想。

 私だけフラフラ彷徨う分には構わないが、お友達同士を離れ離れにするのは頂けない。

 もっと言うと、彼女は私の護衛な訳で。

 守る気はあるのだろうか。せめて一言くらいくれても良いだろうに。

 全く、付き合いが長いと甘えが出てしょうがない……お互いに。


 行き交う人々は、街に暮らす人だけではなく、商人や冒険者の姿も見える。仕事終わりの一杯をどこにするか思案しているような様子だ。

 つまり、通りには酒場が多かった。そしてそれらにたむろする冒険者たちの多いこと多いこと。

 この世界にはレストランやファミレスなんてものは殆どない。あるのは大衆向けの酒場で、そこがファミレス代わりと言えばそうだった。

 パン屋なんかはあったりもするが、昼時を過ぎれば閉まってしまう。だからこの時間帯になると稼ぎを終えた冒険者や商人達がいろんな酒場に集い、飲み歩いているのだ。


「だからご飯ならこのあたりにいてもおかしくないはずだけど……」


 きょろきょろと周りを見渡してみるが、ケイルや子供達の姿はない。

 もっと奥の方だろうか。

 さっさと見つけないと。

 そう思って歩き出そうとすると、急にブルムがしゃがみ込んでしまった。


「ブルム?」


「……人、多い」


 ブルムは小さく震えながら、吐きそうな顔で俯いてしまった。

 その表情は不安げで、まるで孤独に耐えきれなくなったような様子だ。

 魔力の残滓が、立ち昇る。

 彼の足元に氷の結晶のようなつぶてがぽつぽつと生み出されていた。

 何か、ブルムの中で良くないことが起こっている気がした。今まで必死に保っていたダムが、音を立てて崩れ去るような、そんな事態が。


「こっちよ、ブルム」

 

 私は慌てて彼を路地裏まで引っ張る。

 どうやらこの子は人混みが苦手らしい。リィルに知ってたのかと視線で問うと、首を左右に振られた。

 なるほど、初めてのパターンか。

 ここまでの反応をするとは思わなかったが、今まで後ろ暗い領域で育てられてきた子供達である。

 こういうことがあっても、なんら不思議ではない。


「落ち着いて、ブルム。大丈夫だから」


 小さくて細い身体を抱きしめる。

 冷たい。

 ブルムの肉体が、何故か寒空の下に放り出されたみたいに冷たくなっていた。

 彼の吐く息が白い。まつ毛が凍りついている。背中を預ける壁面が、パキパキとひび割れた氷で覆われていった。


「ブルム、術を解いてください。リリシア様が辛そうです」


 リィルが険しい表情でブルムを睨みつけている。その冷え切った目は例え仲間であっても容赦しないと言葉もなく告げている。

 その瞳はつい先日まで私に向けられていたものだ。

 嬉しいような悲しいような気持ちになる。


「……で、出来ない」


「――ブルム。私に八つ裂きにされるか、リリシア様を氷漬けにするのをやめるかです。選びなさい」


 いよいよ険悪な顔つきになるリィルに私は目で制する。

 お友達にそんな事を言うものではないと、後でちゃんと説明しないと。

 とはいえそれは後回し。


「ブルム、魔力の操作は出来る?」


「……む、無理」


 いい加減冷たくなってきた指先でブルムの頬を撫でながら、目を合わせる。

 青白い眼が、私を捉えた。

 私の胸が高鳴った。

 将来は美形になる。

 ……うん、それどころじゃなかった。


 よし、落ち着こう。

 この子達はそれぞれ特殊な体になってしまっているが、何も全部が全部未知ではない。人間の部分も半分以上残っている。

 仮にこの異常も人間が起こし得るものだと仮定すると、この状態、少しだけ覚えがあった。

 魔力の暴走状態だ。恐らく間違ってはいないはずだ。

 魔術などに用いられる魔力は、空気と同じように世界に漂っている。そして息を吸ったり吐いたりするのと同じように、体内外を行き来するのだ。

 その魔力の呼吸が、何かの拍子に正常な動作で行われなくなると、このように本人の魔力が形となって漏れ出てしまう。

 つまりは、すごーく大雑把に言うなら過呼吸に近い。

 ここまで周囲に影響を及ぼす事は稀だが、話によると死傷者も出るくらいの事もあるらしいので、楽観視はできない。

 ブルムの様子を見る。

 怯えと孤独の入り混じるその表情に、あまり余裕はなさそうだった。

 この状態の収め方は理屈としては簡単だ。魔力の呼吸を正常にしてあげれば良い。

 ただし、それには助けがいる。自分一人では抑え込めないから、今こんな状態になっているのだ。

 なので、私が手を貸してやればそれで良いはず。


「ブルム、ちょっとごめんね」


「――んぐ!?」

 

 ブルムの顔を両手で捕まえると、唇同士を重ね合わせた。

 彼の体内で爆発的に膨れ上がる魔力を吸い出すように、私の魔力を無理やり押し流し、結びつける。


「ん、んんん……!!」


 身体に異物を流し込まれた感触に、ブルムがくぐもった悲鳴をあげた。

 違和感が身体中に襲ってきているはずだ。とっても辛そうで、代わってあげたいと思う。

 それでも私は手を緩めない。

 膨らんだ風船を破裂させないように空気を抜くイメージで、彼の体内の膨らみ切った魔力を吸い出す。


 ぱきん、と片手が凍りついた。


「リリシア様!!?」


 リィルが慌てふためく。

 まぁそうだろうな思う。

 この子達の魔力はどれも特別。魔力そのものが魔術となるように身体を作り変えられている。

 であればその魔力をこの身に取り込めば、当然私の身体にも影響が出る。普通の魔力とは違うのだ。


「んんーーー!!?」


 ブルムも驚いている。

 そうこうしているうちに、片手が耐えきれなくなって、ボロボロと崩壊していく。

 骨の髄まで凍りついた指先から肘の辺りまで、血液すら流れずに、ぼとぼととその場に落下していく。

 うーん、これ、私の身体が耐えれるだろうか。


 身体の中にまで凍りついてくる。恐らく臓器にまでブルムの魔力が影響を与えてきていた。

 聖女の身体の耐久力を信じますか。


「だ、だめ、リリシア様……死んでしまいます……!」


 リィルが錯乱したようにますます慌てている。

 そして、もう我慢ならないと覚悟を決めたような目をブルムに向けていた。


「殺します。これ以上リリシア様が死に掛けるのを黙って見ていられません」


 リィルが手をかざす。

 魔力がその先に集中していく。

 まさか、本当にそのつもりなのかしら。

 私は慌てて彼女の手首を掴んだ。


「リリシア様……!」


 心配かけて非常に申し訳ないなと思う。

 だが、もし仮にこれで私が死ぬとしても、私はやめるつもりはない。

 ブルムを助けられるのは、この場で私だけだ。

 これは、私の使命なのだ。


「……」


 言葉を失うリィル。

 私はそれ以上構う事なく、ブルムの魔力に集中する。唇から伝わる凍てついた魔力が、私の身体を蝕んでいく。

 誰よもう、こんな身体にしたの。

 許せないわ、本当に。


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