第3話
右腕から出血が止まらない。
手首から先が吹っ飛び、骨と血管から大量の血が飛び出していた。
少年はというと、衝撃のあまり気絶していた。
良かった、怪我はないみたい。
「しかし……ふむ、防御を子供の方に割きすぎましたね」
「冷静に、分析している……場合ではない、ですよ……!」
ケイルは乱暴にも気絶した男の子を投げ飛ばすと、炎と氷の第二波を巧みに
おおっと、まだ戦闘中でした。
感覚は掴んだ。次はもう少し上手く出来るはず。
「よくもクロスを!」
「……お前ら、殺す!」
攻撃はそれでは終わらない。
不可思議な能力の応用か、二人の少年は凍てつく刃と紅蓮の剣を手にして、ケイルに切り掛かる。
直前の回避行動を刈り取るような、流れる連撃だ。
並の兵士であれば、たちまち斬り倒されている所だろう。
だが、ケイルはその先を行く。
「すぐに冷静さを失う。だから子供の暗殺者など使い物にならないんだ」
「「わっ……!?」」
大して力も込めず、受け流すように二人の攻撃に剣をかち合わせると、流れるように少年達が仰向けに倒された。
ドン、と荒々しく背中から地面に叩きつけられて、酸欠になる二人。
「リリシア様」
「ばっちこい!」
私は無事だった左手と、『再生したばかりの右手』を、それぞれの少年の首元に伸ばす。
彼らの呪いの元を、瞬時に握りつぶした。
ドカンと、両脇から爆炎が上がる。
……よし、両腕の感覚はまだある。
「――あと二人」
ケイルはゆらりと立ち上がる。相変わらず容赦のない女である。
私はというと少年二人の脈拍の確認をした後、神父の引き攣った顔に血塗れの手を振り返しながら、残りの子供達を観察していた。
一人は依然として神父の前に立ち尽くし、口元を抑えて涙を流していた。お友達はまだ生きていると今すぐ伝えてあげたいが、ビジュアル的に到底信じてもらえないと思いやめた。
もう一人の女の子は……いた。
「クロス……そんな……」
最初に助けてあげた男の子を抱き抱え……それから、信じられないような表情で私を見つめている。
可愛らしい子だ。後で名前を聞こう。
思わずニヤけていると、ゲシと足を踏まれた。
「痛い!」
「まだ終わっていませんよ」
「わかってる!」
それはその通りなのだが、もう少し伝え方があるだろう。
そんなにピリピリしなくてもいいのに。
ケイルに非難じみた視線を向けると、彼女はそんな私を無視してジリジリと神父ににじり寄って行く。
あの男の持ち駒はあと二つ。さてどうするか。
一人能力の分からない子がいる。どう運用してくるかが全く分からない。気をつけないと。
「――ひぃぃぃぃっ!!」
などと思っていたら、相手は手に持った杖を放り捨てて、小屋に逃げ込んでいった。
何か武器でもあるのだろうか。
あったとして、彼が使ってどうにかなるのだろうか。
こんな奴にここの管理を任せて大丈夫なのだろうか。
……まぁ、どうでもいいか。
「ケイル、生け捕りで」
「御意」
ケイルがテクテクと小屋に向かって歩く。一度だけチラリと私の背後を見て、それから大丈夫そうだと判断したのか歩みを再開した。
「いやっ、いやぁ、こないでぇ!」
途中、キンキンした声で泣き叫ぶ女の子と相対して、立ち止まる。女の子の方は必死にブンブンと手を振っていた。何かしているように見えるが、目に見える変化はなかった。
ケイルが凄まじく渋い顔でこちらを振り返ったので、「私に任せろ」と親指を立てて見せる。女の子の扱いは得意だ。
いや別に男の子も得意だけど。
「はぁ……すまないな、精神干渉系はまともな王国騎士には効かない。最近の王国騎士は質が悪いから効くものもいるとは思うが……覚えておくといい」
「ぅっ……!?」
ケイルは私を全然信用しない顔で、剣の腹の部分でその女の子の後頭部を殴りつけると、スタスタと先に進んでいった。
そこまで私が信用できないか。後で詰めてやる。
「と……それどころじゃなかった」
ケイルがぶん殴った女の子に慌てて近づく。
可哀想に。この歳からお馬鹿になったらどうするつもりなのか。
……まぁでも、結構顔が良さそうな雰囲気なので、なんとかなりそう。
私は可愛らしい気絶顔を見て微笑みながら、首元のよく分からない首輪を千切り取る。
ぼかんと、また爆発する。
今度も丁寧に少女に防御を施し、同時に私の方にも爆発の影響がないように同程度の守りを身に纏っていたので、被害はゼロだ。衝撃だけは吸収出来ないので子供は気絶してしまったが、じきに目を覚ますはず。多分。
首輪についてはよく分からないと言ったが、八割がた仕組みは把握出来ていた。
ようは子供に言うことを聞かせる装置だ。コントローラーの役割を持つあの杖の所持者から、抗うことの出来ない強制的な命令が送られる。
結果、子供達は今まで暗殺者まがいの仕事を無理やりさせられていたのだろう。
そう考えると、怒りでどうにかなりそうだ。
あの神父、どうしてくれようか、本当に。
「何を、したの……?」
「あら、うっかり忘れていたわ」
背後には相変わらず信じられないような目で私を見る一人の少女。
茶髪で、目つきは悪いが、意外と可愛らしい顔立ちをしている。教会を出る時最後に会った少女だ。
怯えるような震えをしているが、しかし私を見る瞳には恐怖や怒りという感情よりも、驚きと困惑が見える。
可愛い。
子供って、どうしてこんなに可愛いのかしら。
「まだ、名前を聞いてなかったわね。私はリリシア。貴方は?」
「……リィル」
「リィル。可愛い名前ね」
私は微笑みつつ、その子の目の前に移動する。そして、しゃがみ込むと目線を合わせた。
「貴方達のそれを取ってあげる。もう自由になるのよ」
「……?」
いまだに状況を理解しきれていない少女に、私はひどく腹を立てる。
子供はこうなってはいけないのだ。
嬉しいことは嬉しいと言い、楽しいことは楽しいと言い、嫌な事は大声でいやいやと首を振っていてほしい。
素直に感情を発露させて欲しい。
「貴方達には自由に生きて欲しいから」
私は感情の高まりを抑えながら、リィルと名乗った少女を抱きしめる。
「我慢してね、すぐ終わるから」
「……っ」
身を縮こまらせる少女を安心させるように抱きしめながら、首輪の解呪に取り掛かる。
爆発に備えているリィルは大変可愛いが、私がわざわざ爆発させていたのは単純に急いでいたからだ。
言うなればゴリ押し。肉体的損傷を受け入れた抜け道だ。
だから、急ぐ必要がないのなら――
「あっ……」
手早く呪いを解析して行くと、リィルの首元にあったそれは、ボロボロと解けて砂になっていった。
「ふふふ、急いでいたからさっきまでは手荒になっちゃったけど……なんたって聖女様なんだから。これくらいは余裕よ」
「聖女、様……?」
呆けたように私の顔を見つめる少女。
うーん、可愛い。頭撫でてもいいかしら。でもさっきまで戦っていたのに、そんな事して怖がられないかしら。
……いいや、我慢できないし。
「失礼しまーす!」
「きゃっ……!?」
私はがっしりと逃げられないように小さな身体を抱き抱えると、ワシワシと少女の頭を撫でた。
細く引き締まった体は鍛えられているが、同時にひどく栄養が不足している。
ガサついた髪の毛を撫で回しながら、美味し物を食べさせてあげようと決意する。
「まずはご飯ね。王都までは遠いから、近くの街でたくさん食べましょう」
「……」
されるがままのリィルは、否定も肯定もせず、黙って私に撫で回されていた。
嫌なら嫌と言ってくれればいいのだが、それすらもしないとなると。
新たな飼い主とでも思われているのかしら。
それならそれで、今しばらくは言うことを聞いてもらおう。
なにせ彼等の首輪はもうない。
逃げたいのなら、どこへなりとも逃げればいい。
私はそれを止めない。
この子達はもう自由なのだから。
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