レント・ヴェーレンのサガ ~追放鍛冶師は辺境で平穏を望む~

神条紫城

第1話 追放の鍛冶師

 ユースティア王国、王都のはずれ、煙と鉄の匂いが立ち込める工房。火炉の炎が赤々と燃え、鉄槌の音が響く。

 レント・ヴェーレンは無精ひげをたくわえ、滴る汗を拭う。ボサボサの黒髪を麻布でまとめ、作業着をまとう姿は一端いっぱしの鍛冶職人である。

 

 レントは深く息を吐き、赤く光る剣を目を細めて見つめる。

 ドワーフの親方から教わった鍛冶の技。親方の笑顔と、「鉱石の声を聞け!」との言葉が、鉄を打つたびに脳裏をよぎる。

 

 傍らで、鉱石の木箱を抱えて歩き回る者が一人。茶髪と薄く残るくま、亜人特有の垂れた獣耳を揺らし、興奮気味に話し始める。


「アニキ! この剣、めっちゃカッコいいっす! この刃の輝き、ビックリっすよ!」


 しましまの大きな尻尾をバタバタ振って自慢するが、興奮しすぎて鉱石を落とし、ガラガラと音が響く。


「ポンクル、気をつけろ!」


 レントが低い声で一喝すると、ポンクルは耳をペタンと下げ、「す、すみませんっすー!」と縮こまる。

 鍛冶以外にも教えることがたくさんある。慌てて鉱石を集めるポンクルに、やれやれとレントは苦笑いする。


「でも、アニキの鍛冶、王国一っす! 冒険者たちが並んで買いに来るんだから!」


 ポンクルははしゃぎながら火炉に近づき、薪を多めに放り込むと、炎が炉からはみ出すほど大きくなる。


「何やってんだ! 入れすぎだろ!」


 レントが叫び、慌てて火を抑える。ポンクルは「ヒェーッ!すみませんっすー!」と頭を下げる。

 

 レントは呆れつつ、剣の仕上げに集中する。魔鉱石が漆黒の刃に折り込まれ、星のように光を放つ。

 この剣も名品になる。自身の鍛冶技術の上達に口元が緩むレント。自然と金槌を握る手に力が入る。

 

 その時レントを呼ぶ野太い声。工房の扉が音を立て開き、革鎧を身に着けた体格のいい冒険者が飛び込んできた。後に数人の冒険者が続く。


「レントさん! この剣、すげえよ! 昨日、遂に鋼鉄サソリアイアンシザーを仕留めたんだ、あんたの剣でバッサリだ!」


「そうか。良かったな」


 男が興奮気味にまくし立てるが、レントは適当にあしらい作業に戻ろうとする。

 

 ポンクルが前に出る。


「お客さん、アニキの剣は特別っす! ドワーフの秘伝技法!アニキの剣には特別な力が宿るっす! これ持ってりゃ、どんな魔獣も怖くねえっすよ!」


「おい!適当言ってんじゃねぇ」


 レントのげんこつがポンクルの頭を軽く叩く。


「アニキー!痛いっすー!」


 頭を抑えるポンクル。冒険者達はそんな二人のやりとりを見て声を上げ笑う。


「アンタんとこの見習い、元気いいな! これ置いてくから、次の注文、頼むぜ!」


 テーブルに鉱石の詰まった荷袋を置き、冒険者達は満足そうに出ていった。

  

 ポンクルは荷袋に近づき、動物のように匂いを嗅ぎ始める。


「アニキ、なんか変な匂いっす。鉱石の中に、すげえ良さそうなのが混ざってるかも!」


 レントは「気のせいだろ」と流すが、狸の亜人であるポンクルの嗅覚は鋭い。中を調べると一際輝く魔鉱石が見つかる。


「弟子見習いのくせに鼻だけは利くんだから…」


「見習いじゃないっすよー!アニキの一番弟子っす!」


「うるせ!俺はまだ認めてねぇ」


 まだ鍛冶師として未熟なポンクルは、レント曰く弟子見習いとしてレントに師事している。本人は一番弟子だと言い張っているが。

 ポンクルは「へへっ!」と尻尾を振る。だが、レントは工房の喧騒を眺め、呟く。


「王都は騒がしいし、注文の多い冒険者もめんどくせぇ。もっと静かな場所で自分の腕だけを磨きてぇな」


 その時、鍛冶ギルドの役人が冷たい目で入り口に立ち、レントを呼び出す。


「レント・ヴェーレン、話がある。至急本部まで参上されたし」


 ギルドの役人の声に「あん?」と怪訝な顔で答えるレント。


「なんだか嫌な予感がするっす…アニキ、オイラもついて行くっす!」


 尻尾を振り張り切るポンクル。


 レントとポンクルは支度をするとギルド本部へ向かった。


  



 王都中央大通りの突き当り。鍛冶ギルド本部、豪勢な石造りの建物がそびえ立つ。

 レントはボサボサの黒髪を掻き、衛兵に促されて入る。だが、続こうとするポンクルを衛兵が冷たく遮った。


「待て。亜人は入れん」


「ふざけんなっす!オイラはアニキの弟子っすよ!」


 ポンクルは尻尾を振って抗議するも、衛兵がにらみを利かせると耳をペタンと下げ、縮こまる。

 レントは外で待てとポンクルの頭に手を置いた。


 ギルドの廊下、応接室へと向かう途中、一人の男が壁に寄りかかっていた。レントに気が付くとしたり顔で話しかける。


「よぉう、レント。呼び出しとはご苦労だったな」


「何の用だ、ガルド。お前と話す気はねえ」


 ガルドは自慢のあごひげを触りながらお構いなしに話を続ける。


「いやあ、挨拶でもと思ってよ」


「そんな間柄じゃねえだろ」


 王国一といわれるレントの鍛冶。それを快く思わない者からの嫌がらせは今に始まったことではなかった。

 同業であるガルドもそんな輩の一人だったが、レントは鍛冶仕事ができればいいと相手にしていなかった。


「最近、お前の剣が王宮で評判らしいぜ。何かいい話だといいな」


 ニヤケ面で話すガルド。

 きなくせえなと思いつつもレントは無視して通り過ぎた。



 応接室では、長机に灰色のローブをまとったギルド長が座り、羊皮紙を広げ待っていた。どこか神妙な面持ちだ。


「レント・ヴェーレン、お前が鋳造した剣で問題が発生した。先週、王宮に納めた剣が折れ、第一王子が怪我を負った。貴族間で行われる親善試合でのことだそうだ」


 羊皮紙には、折れた剣の破片とレントの刻印が描かれている。


「はぁ?あんなチャンバラごっこの催しで折れるほど俺の剣はやわじゃねぇ。その剣は偽もんだ」


 レントは眉をひそめる。確かに先日ギルド経由で親善試合用の剣を鋳造する依頼を受けていた。何の変哲もない剣の依頼だが、手を抜いたりはしていない。


 ギルド長が鼻で笑う。


「刻印はお前のものだ。ギルドの信用を傷つけた罪は重い」


「馬鹿言うな、その剣を見せてみろ!」


 レントが言い返すもギルド長は一蹴する。


「ギルドの決定だ。レント・ヴェーレン、王都から追放。即刻立ち去れ!」


 あり得ない。レントは一瞬睨むが、「めんどくせえ」と吐き捨て、踵を返す。


「すまないな。王は息子を危険に晒したとたいそうご立腹だそうだ。王命には逆らえんよ」


 ギルド長が呟く。レントは無言のまま応接室を出ていった。



 ギルド本部の入り口、ポンクルが荷物を抱えて待つ。


「アニキ! どうだったっす!?」


 なかば朗報を期待し尻尾を振るが、事情を説明するとショックで荷物をドサッと落とす。


「ふざけんなっす!追放なんて!」


 そこにガルドが現れ、ニヤニヤ笑う。


「よぉーレント、追放とは残念だったな!」


 レントはガルドの笑みを見てピンとくる。


「…お前の仕込みだな、ガルド」


 ガルドはわざとらしく肩をすくめた。


「お前にこんなはかりごとをする脳はない。王宮の誰かと組んでやがるな。きたねえ奴だ」


「黙れ!何がドワーフの技法だ、インチキ野郎が!」


 レントの指摘に顔を強張らせ声を荒げるガルド。


「お前が偽物作ってすり替えたっす! アニキの剣は魔物を一撃っす!王国一の鍛冶師っすー!」


 ポンクルが弁舌を振るい食って掛かるが、化け術が緩み、狸の耳がピョコッと出る。

 その姿にガルドは嘲笑し突っぱねる。


「亜人風情が!こんな奴が弟子とは師匠の格が知れるぜ。獣にまともな剣が作れるはずがない」


「種族なんて関係ねえ。ポンクルは俺の弟子だ」


 レントは静かに言い、ポンクルの肩を叩く。ポンクルは目を潤ませ、「アニキ…!」と尻尾を小さく振る。


「フン!偽もん同士仲良くやってりゃいいぜ。これからは俺の時代だ!さっさと失せろ!偽物作りのインチキ野郎!」


 レントは真っ直ぐな瞳で言い返す。


「偽物作ってるのはお前だ、ガルド。今に見てろ。いつかボロが出る」


 ガルドの笑みが一瞬凍る。レントはそう言い残し本部を後にした。





 レントとポンクルは、主のいなくなった薄暗い工房に帰宅する。


「さてと、ムカつくがこうなっちまったもんは仕方ねぇ。支度すっか」


 レントは無精ひげを撫でため息を吐いた。ポンクルが涙目で尻尾を振る。


「アニキ! なんでそんな平気そうなんすかー! 追放なんて、ふざけんなっす!オイラこの工房を捨てたくないっすよー!」


「まぁ、待ってろって。確かここに…」


 レントは工房の古びた木箱をあさる。様々なものが乱雑にしまわれており、ガサガサと漁りながら手鏡を取り出す。


「ヒョエーッ!アニキ!『遠見の鏡面ヴィジョンズミラー』じゃないっすか!そんな貴重なアイテムをそんなとこにしまわないでくださいっす!」


 驚きで涙が引っ込むポンクル。遠見の鏡面ヴィジョンズミラー、遠くにいる相手とも鏡越しに会話ができる古代魔術の遺産アーティファクト、幻のアイテムだ。


「うるせ、俺は整理整頓が苦手なんだよ」


 鏡に触れると鏡面が揺らめき、狐の仮面をした青年が映った。細い目の意匠が怪しく光り、赤毛の長髪をなびかせながら明るい調子で話し始める。


「ハイハイ~毎度! ルペス商会、ピンパネでございます~!」


「久しぶりだな、ピンパネ。急で悪いが、例の奴、今から頼む。」


 レントの低い声に、ピンパネが目を細くしてニッコリ笑う。


「これはこれは、レント様!すぐに近くの者を向かわせます、一時間以内には準備できますよ~!」


 ポンクルが鼻をヒクヒクとさせ、鏡を覗く。


「こんな時に商売の話っすか?」


「まぁ、そんなとこだ。それより、移住の準備をするぞ」


 レントとポンクルは食料の買い出しを済ませ、ピンパネからの連絡を待った。

 あわただしい一日だなとレントが一息ついていると鏡が光り、ピンパネの声がする。


「レント様、準備できました! そちらで魔方陣起動すれば、いつでも飛べますよ~!」


 レントは「恩に着る」と呟き、荷物からきらびやかなペンを取り出す。金色に輝く不思議な文様が刻まれており、美しい光沢がちりばめられている。


 レントは外に出ると工房全体を一周するように魔方陣で囲む。ポンクルが窓から不思議そうにこちらを見ていた。


「よし、完成だ」


 レントは工房に戻り呪文を唱える。


「書くは運命、辿るは星の道」


 呪文の詠唱に伴い、眩い魔方陣の光が天へと昇り王都にあった工房が姿を消した。

 次の瞬間、窓越し、美しいルヴシール湖のほとりが現れる。澄んだ湖面に夕陽が映り、魚たちが跳ねる。


 その神秘的な情景に工房を飛び出し、はしゃぐポンクル。レントは手を広げ湖畔の風を感じ、親方と過ごした静かな工房を思い出した。

 湖の対岸には山と森に囲まれた集落が見える。木造の家から細い煙が上がり、農夫が家畜を連れて歩く。


 レントがうまくいってよかったと工房を眺めていると、馬車のガラガラ音に気が付いた。

 鮮やかな赤毛の長髪に、上等なコートをまとう男。ピンパネだ。狐の仮面が夕陽に怪しく光る。


「レント様! いい場所でしょ? アッシのセンスはいかがですか!」


 ピンパネが馬車を降り、意気揚々と声を掛ける。


「ピンパネ!来てくれたのか」


「こちら側の魔方陣の仕込みは部下に任せてたんですが、幸い、近くで商いがありまして」


 二人のやりとりを不思議そうに見つめるポンクル。


「アニキどういう事っすか?あの魔法は何なんすか!てか、ここはどこっすか!」


 尻尾を振り、まくしたてるポンクルをレントが諌める。


「まぁ、移住は前々から検討はしてたんだ。後で色々と説明してやるよ」


「ところでレント様。お代の方ですが…」


 ピンパネが羊皮紙を差し出す。


「お貸しした『運命と星のペンディスティニースター』の使用料、人件費を含めこんなところかと。あ、ペンはアッシが預かりますぜ」


 レントは「安いもんだ」と金貨の袋をどかどかと置いた。


 ポンクルが羊皮紙を見て目を丸くする。


「ギョエーッ!ふざけんなっす!なんすかこの法外な額は!アニキ!この狐野郎に騙されてるっす!」


 尻尾をバタバタ振って食ってかかるが、化け術が緩み、狸の耳がピョコッと出る。


 その未熟な様子をピンパネがあざ笑う。


「おやおや、狸のガキ、変化も自在に操れん奴は引っ込んでな!」


「こんだけ手伝ってもらったんだ、いいだろ」


 レントがポンクルの頭をポンと叩く。鍛冶以外はからきしなレントは法外な額を支払ってもケロッとしていた。


「アニキ~!だから金勘定はオイラがやるって言ってるのに!なんで相談してくれなかったんすか!」


「うるせえな、また鍛冶仕事で稼げばいいだろ」


「こんな辺境で誰が仕事を持ってくるんすか~!」


 ピンパネが不敵に笑い、指を立て提案する。


「まあ、アッシが売れば、剣は高値ですよ~。お取引の際はまたご連絡を」


 流石は商人。行動すべてが商売に繋がっている。レントは感心した。


「そういえば湖畔の反対側、向こうの集落では農具や武器が足りないみたいですよ~。仕事、あるかもしれませんね。こちらの情報はサービスです」


 ピンパネは一つお辞儀をすると馬車で去っていった。湖畔に静けさが戻る。


 レントは工房の前に座り、湖面の魚を見つめる。


「今はただ、静かに鍛冶の腕を磨きたい。ここなら最適だ」


「アニキ!剣ばっかじゃ駄目っすよ!明日は集落に仕事に行くっす!」


「わーったよ!みなまで言うな!」


 湖のせせらぎとポンクルの笑い声が響く。

 レントは湖面を見つめながら、王都のギルドで目にした羊皮紙を思い出す。


 王宮に納めた剣が折れ、第一王子が怪我をした。それが王命による追放の理由。

 その剣は偽物だ。

 だがその理由も、黒幕の正体も、まだ何もわからない。

 

 場所が変わったところで、やることは一つ。自身の鍛冶を極めること。レントはそう決意した。

 静かな湖畔は、そのための最高の環境だった。

 しかし、 その純粋な鍛冶への探求こそが、 皮肉にも、やがて王都を揺るがす巨大な陰謀を招いていく。

 

 そんなことはまだ、つゆぞ知らず。物語サガは動きだす。

  

 ――レント・ヴェーレンのサガ。


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