傘をたたんで

ゆまは なお@Kindle配信中

【BL】傘をたたんで

「昨日はどこに泊まったんだ?」

 どんより曇った土曜日の午後、玄関ドアを開けた俺に不機嫌そうな声が飛んできた。来てたのかと内心で舌打ちをする。

「どこでもいいだろ」

 スニーカーを脱ぎ捨てて、部屋に入ると冷たい視線が背中に刺さった。

「俺が来るってわかってて出かけたんだな?」

 もちろんわかってた。遅くなるけど行くってメッセージが入ってた。


「おれにだってつき合いがあるんだよ」

「そんなことは責めてない。連絡、寄越せばいいだけだろう」

 大人ぶった言い方にムカついた。

「ハイハイ、大事な時間をムダに過ごさせてすいません」

 こんなところで、と付け加えるとさすがにムッとした顔で睨みつけてきた。

「何つっかかってんだよ」

「べつに」

「送別会あるから遅くなるって言っといたよな?」

「だからおれもちょっと飲みに出て、盛り上がって帰れなかっただけだろ」

 おれの言い訳に、奴はバカにしたようにふんと鼻を鳴らした。


「ろくに飲めないお前が?」

 ちくしょう、酒に弱いのはおれのせいじゃない。あんまりムカついたから、玄関に取って返して脱いだばかりのスニーカーに足を突っ込む。

「誰とそんな盛り上がったんだよ」

「お前の知らない男だよ」

 言い捨てて、外に出た。歩き出したと思ったら、重く垂れこめていた雲から大粒の雨が降り出した。ゲリラ豪雨の勢いでみるみる大粒の雨になる。

 ため息をついて、どうでもいいやと土砂降りの中を歩きだす。


 何だよ、あんな女と仲良さそうにべったりくっついてさ。周りは「お似合いよね」なんて言ってて、女はまるっきり彼女気どりで。

 サプライズで迎えに行くなんてバカをしなきゃよかった。


 バシャバシャと後ろから走ってくる足音が聞こえたかと思ったら、ぐいっと腕を掴まれて、傘の中に引きこまれた。

「どこ行くんだよ」

「どこでもいいだろ」

 行く当てなんかないから、おれは奴を睨みつける。傘を叩く雨音が神経を逆なでして、腕を振りほどいたおれは傘の外に出る。雨粒がパタパタと体を叩いた。

「あの男のところか?」

 唸るような声が聞こえて思わず振り向いた。


「何の話だよ?」

「昨日の男! 一体誰だよ、へらへら笑って腕なんか組みやがって」

「お前だろ、女と腕組んでにやけてたのは!」

 どっちの話だ。言い返したら奴は目を丸くした。

「女?」

「ケバい女に抱き着かれてただろ! お似合いだとか言われてニヤケてんじゃねーよ」

「え、来てたのか。あれは、お前……、女じゃないぞ」

「しらばっくれんな。盛り上がって「お似合い」とか言われてたの聞いてんぞ」


「顔見たか? 余興で女装した前田だっつーの」

 強面の前田と聞いておれは言葉を失った。ムカついたからはっきり顔まで確かめていない。

「ていうか何だよ、お前、来てたのか? 声掛けりゃいいだろ?」

 迎えに行って女といるのにショックを受けたなんて言えなくて、おれは黙りこんだ。勝手に誤解して嫉妬してたのか。急激に頬が熱くなる。

 赤くなったおれを見て、あいつは事情を察したらしい。にやっと笑って、つめ寄ってきた。


「で、お前が駅前で抱き合ってた男は誰だよ?」

「抱き合ってねーし。……ただの呼び込みだよ」

 おにーさん、イイ子いますよーと腕を組まれたところを見られたらしい。

「あっそ」

 大きく一歩踏み込まれ、傘の下に入ったと同時にぐっと引き寄せられた。

 黒い傘の下、いきなり深く口づけられる。路上で何してくれてんだ!

「ほら、帰って続きするぞ」

 雨はますます激しくなって傘の中はドラムみたいな音がする。


 どしゃぶりの雨の中、あいつは傘をたたんでおれの腕をつかむと、びしょぬれになってひと気のない通りを歩き出した。

「今日はもうベッドから出さないからな」 

 おれの鼓動は雨音よりも早くなる。

 

 完

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