泡沫に紛れる前に

羊鳴春

プロローグ

ハルカカナタ、ずっと向こうにある私たち二人だけの泡沫。

誰にも秘密で出会った私たちの心は今では一つで、その声はぴったりと重なる。


泡沫に紛れる前に、出会えて幸せだった、と。


✳︎✳︎✳︎


 人生とはまるで泡のようだ。

 生まれたかと思えば、高く飛んでただ弾けて消える。初めからその泡など存在しなかったかのように、綺麗さっぱり消えてしまう。自分が存在していたことすら知らない他の命が飛び交う中で、自分の人生は永遠を切り取った刹那に過ぎない、と。

 でもそれは違うのだ。誰かの心に自分が少しでも居たのなら、私はその心の中でずっと息を続ける。例えその人が朽ちて消えてしまっても、私の心の中でその人は永遠に生きていく。

 つまりは、私たちは死ぬことはないのだ。泡のように、綺麗さっぱり消えたりはしない。

 そう理解するだけで私の中で優しくて生温い何かが芽生えるようだ。

 そうして漸く私はまだ頭の片隅で、

 消えたくない、生きていたい、と願っているのだと判った。

 私は自分を知らない。知ろうとすら思っていなかった。私は、自分に無関心すぎたのだ。

 自分を愛している人だって居れば、自分に興味がない人だって居るし、自分を疎んでいる人だって、自分を鬱陶しいと感じている人も、自分が何者か解らない人も居る。

 どんな自分も自分の一部だ。その全ては自分の一部なのだ。けれどそれを受け入れられるほどの心の余裕を持っている人がこの世にどれだけ居るのだろうか。自分は自分だと言い切れる人間が、この世にどれだけ居るのだろうか。


 でも、泡の消えてしまう儚さが、それこそが泡の、人生の本来の美しさだ。それを覚えるには、人生は短すぎる。きっと、ただそれだけのことなのだ。

 泡沫に紛れること。それも、泡にとっては本望なのかも知れなかった。


 それでも、ときには自分勝手な泡が居たっていいだろう。これから何億光年と生きていく世界のたった数十年くらいは自由に舞ってやろうじゃないか。


 まだ何も知らない「私」と二人で。

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