第七章 闇夜、明ける (リン)
彼の言葉に、わたしは少し驚いた。まさか彼自身から「一緒に」と言ってくれるだなんて……。思っても見なかったけど、言われるととても嬉しかった。そして弱り切ったわたしにとっても、心強かった。
彼から後に聞いた話だけど、地下から出るには、ここよりもっと下に行かなければならないそうだ。そもそもわたしは、ここよりさらに下があることを知らなかった。しかも一番下に行かないといけないらしい……。なかなかに苦戦しそうな予感がする。
あの話から翌日になり、いよいよここからの脱出計画を行うことになった。まだ地下のことについて知りたかったけど、地上ではユイカたちが待っているのだ。きっと心配しているはずだから、ここから早めに出ないと、学校で大問題に発展しかねない。今日中には出たいところだ。
ベットから起きてからすぐに出ることになり、わたしは慌てて支度して、カイくんの部屋からさよならを告げた。
「あの、質問なんだけど。カイくんはもうここから出たら、地下には戻らないの?」
重そうな荷物を背負っていたので、つい訊いてしまった。彼は息を吐き切ってからわたしを見つめた。
「私は貴女と一緒に着いていくつもりです。地上に着いたら、ぜひ泊めさせてくださいね」
「あぁ、そのことについてなんですけど。……実はわたし、両親が数年前にいなくなってしまったんです。そこから、わたしは親友一家に引き取らせてもらって、暮らしてる……。だから、それはどうか分からない」
わたしが打ち明けると、彼は動揺したようでわたしを一度見てから、地面をじっと見つめていた。
「あぁ……。まぁ、一緒になるのが嫌でしたら近くのアパートでも借りますよ。なんか気まずいですし……」
「貴方、そもそもお金なんかあるの? ……言っとくけど、
わたしは彼の肩に手を乗せた。なんとか家に泊めさせようとしたけど、彼は恥ずかしそうに顔を背けてしまった。わたしはもう一度彼に言い聞かせた。
「地上のこと、何も分からないでしょうから、わたしが教えてあげるよ。だから、一旦わたし達の家にきてね」
「……分かりましたよ。どうせ行く宛もありませんしね」
彼は諦めたようだった。まぁ、ここから出られるのか、定かではないけど。
あれから歩いて一時間が経った頃には、地下に続くエレベーターに到着した。しかし、こんなオンボロの装置が果たして動くのだろうか……。わたしはちょっと心配になった。
「……本当に、これに乗らないといけないの? なんか壊れちゃいそうだけど」
「私が最後に使った時は動いていたので、たぶん大丈夫ですよ」
「……いつの話?」
「数年前です」
「マジか……。でも、これしか地下に繋がってないんだよね。……仕方ないか」
わたしが妥協するのも変な話だが、結局乗ることにした。入ってみると、狭いエレベーターの中は暗過ぎて何も見えなくて、より一層恐怖が襲ってきた。
彼は何も言わずにボタンを押した。「下に参ります」とガビガビの音質のアナウンスが突然流れたのでわたしはびっくりしてしまった。
そして下に降りていった。……思っていた以上に時間がかかっていたので、まだ下があるのかと不安に陥った。
降りている途中にカイくんが話しかけてきた。
「これから向かう層は一番下の『地下下層区域』という危険な所です。くれぐれも私のそばから離れないでくださいよ、リンさん」
わたしは彼の手を闇の中で探って掴んだ。
「もうすでに怖いと思ってるよ……。カイくんも、離さないでね」
「昨日の威勢はどこに消えたんですか? 情けないですよ……」
彼が話し終わるとちょうどついたようで、『地下下層階です。くれぐれもお気をつけください』とアナウンスが響き、エレベーターの扉が不気味に軋んで開いた。彼は「もう行きますよ。何回も言いますけど、気をつけてくださいね」とわたしに釘を刺した。
「そのくらい心配しなくて平気だって……。そもそも、何がそんなに危険なのよ?」
わたしは半信半疑で、彼に訊いた。すると彼は、真剣に語り出した。
「いいですか、リンさん。昔ここでは、紛争が起きてたんですよ。私達の記録を巡って、地上の軍たちが戦いを仕掛けてきたんです。ここに住んでいる人たちは、皆んなその出来事を憎んでいるんです。地上から来たなんて言えば、蜂の巣になりますよ」
わたしは「えぇ……」としか反応ができなかったが、彼はもう一度警告をした。
「大丈夫ですか? このまま油断していると本当に死にますよ……。地上に出たいのなら、このくらいはしないといけませんよ」
彼は心配そうにわたしを見つめた。
まぁ、このぐらい危険だとは思わなかったけど、覚悟はしている。このぐらいわたしにとっては楽勝よ……。わたしは怯えているのを隠すように自分に言い聞かせた。
カイくんはわたしをもう一度確認した後、静かに一歩を踏み出した。
下層というものはまさに、地獄と言わざるを得なかった。飢えに苦しみ、自我を失って叫ぶ青年、服も顔も血まみれで、じっと影からわたし達を覗いている老人、子供たちの面倒を放棄して、放心している母親……。もはやここは死んだ人達が住み着いているのではないかと思った。いや、彼らも死にたがっているのかもしれない。
カイくんはわたしに耳を貸して聞こえないように話した。
「ここにいる人達は、地下上中層で暴動を起こして、閉じ込められているんです。……あそこにいる子供は、きっと母親がここにきてから、産んだのでしょう。子供が放棄されているのは見苦しいものですが、今は先に進みましょう……」
彼は心苦しそうに語った。わたしもここにいる人たちに申し訳なくて、目を逸らした。
「ねぇ、あの人達はエレベーターで地上に出ようとはしないの?」
「エレベーターの存在をそもそも知らないのでしょうか……。私にもよく分かりませんが、きっとエレベーターにも何か対策がされているような気がします。
どういう意味だろう。……もしかしたらユナさんもその
わたし達は周りの目も気にしながらも、目的のエレベーターに到着した。
目の前には予想もしなかった光景があった。エレベーターの周りには沢山の機関銃があったのだ。……わたし達はすでにそれらの標的になっていることに気づいた。
彼は突然、「まずい、逃げろ!」と叫んだ。その瞬間、機関銃から火花が散って、弾丸が放たれる音が聞こえた。
わたしは咄嗟に物陰に転がり込んだので間一髪で助かった……。わたしは人生で初めて豪運でよかったと思った。いざというときに運が助けてくれるのは、本当に感謝した。
彼も助かった……と言いたいところだが、どうやら足の太ももを撃たれいて、なんとかわたしの元に飛び込んだようだ。彼は必死に痛みに耐えて、いきが荒くなっていた。わたしは傷口を着ていた服(彼のものだけど)で強く抑えた。
「大丈夫? 歩けないよね……。これからどうしたら……。」
「……私のことはいいので、とにかく貴女は先に進んで下さい。優先すべきは、希望がある貴女のほうではありませんか……」
わたしは彼の肩を揺さぶって、泣きそうになりながら言い聞かせた。
「ここで貴方は諦めるっていうの? 貴方は良くても、わたしはカイくんと一緒に出ないと、地上に出た意味がなくなっちゃうよ! ……こうなったら、強行突破するしかない」
わたしが立ち上がると、カイくんは必死にズボンの裾を掴んだ。
「ダメですよ……。ここで死んでしまったら、元も子もないですよ」
「……大丈夫よ。
わたしは弱った彼の体を背負って、地面に落ちていた石たちを機関銃に思いっきり力んで投げた。
すると機関銃は見事に倒れ込んで、動かなくなったことを確認したわたしは、素早くエレベーターに駆け込んだ。ボタンを押して扉が開くと、すぐさま中に入り、座り込んだ。
たまにはいいところ見せられるじゃない、わたし。わたしは肝を冷やしながら、今した行動を振り返った。
彼は驚きながら、わたしについて話した。
「本当に助かりました……。リンさんがあんなに動けるなんて、驚きました」
「舐めてもらっちゃ困るよ……。実はわたし、学校では結構喧嘩が強い方なの。体が小柄でも、これくらいはできなくちゃね」
わたしは自信満々に答えた。彼は私の様子を見て、少し引いてしまったようだ。でも、彼は爽やかな笑顔でわたしをもう一度見た。
「ありがとうございます。……これで地上に出れるのですね。地上に出る決心ができたのは貴女のお陰です。今まで思い立ちもしなかったですから……。何から何まで、貴女に感謝仕切れないです」
彼は少し涙ぐんで、笑いかけた。わたしは彼の姿がより一層、優しくて、魅力的に見えた。わたしは照れながら彼に伝えた。
「こちらこそ。助けてくれて、ありがとう」
わたし達は、地上に着くまで抱き合い、幸せを噛み締めていた。
眩い、天井から差すの光に包まれながら――。
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