蹴る男

ハイダ

俺の中の何かが壊れて行く・・・

・・・ある真夜中・・・




・・・蹴る男・・・


男の周囲には誰もいない・・・


男の周りには汗の水溜りが出来ている・・・



ドーン!


バシーン!


ドキュッ!


スパーン!




蹴る男・・・


その表情は千差万別だ・・・



ある時は殺気のこもった怒りに満ちた鬼の形相で・・・


ある時はいやらしい事でも思い出したかの様な薄汚い笑顔で・・・


ある時はまるで何かを思い出したかの様な爆笑を抑えている様な笑い顔で・・・


ある時は自分を誇るかの様にまるで侍のように・・・


ある時はまるで能面の様な無表情で・・・


ある時は世界の終わりの様な悲壮感溢れる顔で・・・


ある時はまるで自分の人生を全て否定された様に悲しく泣きながら・・・


・・・その男は蹴っていた・・・




蹴る男・・・


・・・俺の家はそこそこ金持ちで良い大学、そして良い会社に入る事を強要されながら生きてきた・・・


しかし・・・

同級生の間のコミュニティで求められる物はそんな物ではなかった・・・


俺は所謂、真面目な優等生だった・・・


勉強が出来れば良い!

しかし学校では違かった・・・


コミュ力と運動神経が全ての組織である・・・


運動もコミュニケーションも全く縁がない・・・


俺の居場所なんて何処にもなかった・・・


勿論勉強はクラスでトップだったが同級生にはイジメられていた。


勉強と道徳を教えるはずの先生たちも俺を助けてくれなかった・・・

むしろいじめっ子に加担して僕を追い詰める・・・




蹴る男・・・


俺は中学校に上がり、従来のコミュ障の為、友達と呼べる人はいなかった・・・




蹴る男・・・


俺は中学校を成績トップで卒業して進学校の高校に入学した・・・


中学校と変わらず1人だった・・・




蹴る男・・・


俺は長年の勉強の甲斐があってトップクラスの大学に進学した。


中学校、高校と変わらず1人で就職に向けてひたすら勉強をしていた・・・




蹴る男・・・


とうとう難関の中、一流企業に内定をもらい社会人として順風満帆な人生を歩んでいく・・・


これで俺は勝ち組だ!


今まで俺を蔑ろにした奴ら!

ろくに勉強もしないで遊んできた奴ら!

恋愛などにうつつを抜かしてきた奴ら!


・・・・・・!


!ざまぁ見ろ!

俺は勝ったのだ!



・・・のはずだった・・・




蹴る男・・・


社会人1年目だ!


俺のこれまで培った力を証明してやる!


・・・結果は散々だった・・・


学生と社会人では求められるものが全く違う・・・




蹴る男・・・


社会人1年を待たずして俺は路頭に迷う・・・




蹴る男・・・


事の顛末はこうだ・・・




蹴る男・・・


社会人、そして仕事に求められる物はコミュ力と実践の中で立ち回れる頭の回転と・・・後は成果と運だ・・・


俺は一流大学を出たプライドと生来のコミュ障と固い頭で、仕事の成果も出ず誰にも相手にされずに針のむしろの様な会社に出社する。




蹴る男・・・


当時の俺は一流大学を出たプライドが・・・いや・・・違う・・・


勉強以外は何もない自分へのコンプレックスから生まれたプライドを必死で守る為の虚勢を俺自身の力だと勘違いしていた・・・


・・・いや・・・


必死で俺自身に思い込ませていたのだ・・・




蹴る男・・・


俺は会社から浮き出して、たった1つの楽しみは入社当初から気になっていた先輩女性社員と同じ空気の中にいる事だ・・・


その女性は何処か寂しげで誰とも関わらず、所謂尖っていて、まるで

「私の事なんて誰も理解してくれない」

雰囲気を醸し出している様な女性だった・・・




蹴る男・・・


勿論俺に恋愛経験はない・・・


片思いは何度かあるがとてもじゃないが告白する勇気などあるはずもなかった・・・


しかし当時の俺は毎日の苦痛も相まって一流大学のプライドを拗らせていた・・・


昔とは違う!

俺は勝ち組なんだ!


そして俺は決意を固める・・・


「俺が・・・

俺の優しさで・・・

俺の頭の良さで・・・

あの人の心の氷を溶かして見せる!」


との決断に至った・・・




蹴る男・・・


今思えば俺はその女性を同じ孤独を持つ同類とでも思っていたのだろう・・・


・・・情けない・・・


・・・恥ずかしい・・・


・・・惨めだ・・・




蹴る男・・・


蹴る男の顔がまるで汚い物を見るかの様に一瞬歪む・・・


・・・そして蹴る男は冷たい冷笑をその歪んだ表情に湛える・・・


・・・冷笑からまるで笑いのツボに入ったかの様に爆笑しながら蹴り続ける・・・




蹴る男・・・


事の顛末はこうだ・・・


俺はその女性にこう言った。


「僕は入社当時から貴女を見ていました!

僕が貴女の心の氷を溶かします!

僕が貴女を救います!

僕には貴女の心が分かります!


だからどうか僕とお付き合いをして下さい!」


一瞬、その女性がキョトンとする・・・


・・・そしてみるみる女性の表情が嫌悪で歪んでゆく・・・


そして・・・

「貴方・・・

いや、お前に何が分かるの?


お前はまるで世の中全て知っている様な口ぶりだけど、自分自身の事も理解していないお前にだけは言われたくない!


謹んでお断りさせてもらいます!」




蹴る男・・・


まるで何かを叩き潰すかの様に、男はひたすら蹴り続ける・・・


喜怒哀楽の中、蹴る男の目には大粒の涙が溢れていた・・・




蹴る男・・・


衝撃の告白をした翌日から、その女性は急に周りにコミュニケーションを取り始めた・・・


元々、コミュ力は高かったのだろう・・・


ヤンチャ特有の魅力と持ち前のコミュ力で瞬く間に周囲に溶け込んだ・・・


そして俺の告白の話が広まる・・・




蹴る男・・・


最早、俺の居場所は完全になくなった・・・


会社の人たちには白い目で見られ・・・


他の女性社員たちからは気持ち悪がられ・・・


挙げ句の果てに、上司からもセクハラ疑惑で辛く当たられる・・・


俺は地獄の中、どんな表情をすれば良いかさえも分からなくなっていた・・・




蹴る男・・・


やがて俺は退職願を提出した・・・


すんなり受理された・・・


家族にも勘当をされて最早俺には行く当てなどなかった・・・




蹴る男・・・


日々のアルバイトで食い繋ぎ、夜はネットカフェで眠る・・・


時にはネットカフェに泊まる金も無くて野宿をする事さえあった・・・


そんなある日の事、自動販売機で小銭を漁っていた俺に声を掛けてくる男がいた・・・




蹴る男・・・


「いきなりすまないな・・・


俺はこう言う者です・・・」


その男性は名刺を差し出してくれた・・・


「空手道 フルコンタクト会館

館長 織田 弘」


今まで生きてきて名刺をもらったのは生まれて初めてだ・・・


俺は足りない・・・いや、無いに等しい礼儀作法を駆使して名刺を受け取る・・・




蹴る男・・・


礼儀を尽くしたのは、勿論空手家への畏怖もあったが・・・


それ以上にこんな俺に対して、強い男が礼儀を尽くしてくれたのが、嬉しくてしょうがなかった・・・


気が付いたら俺の目から涙が止まらなかった・・・


俺は初めは泣くのは恥ずかしいと必死で涙を堪えていたが、溢れる涙に逆らえなかった・・・


気が付いたら俺は号泣していた・・・




蹴る男・・・


織田 弘館長は、号泣している俺を嘲笑うでも無く、呆れるでも無く・・・


俺を・・・

こんな俺を抱きしめてくれた・・・


織田館長も泣いていた・・・


俺の涙は惨めな物から、嬉し涙へと変わっていた・・・


俺は更に号泣した・・・




蹴る男・・・


その後、俺は織田館長の空手道場の内弟子となり空手に事務仕事に雑用や経営を手伝った・・・


勿論仕事が出来ないのは思い知らされていた。


コミュ障においてはそれ以上に思い知らされていた・・・


何よりも空手は愚か、まともに運動したのは高校生の頃の体育の授業までである・・・


・・・しかし不思議と不安は無かった・・・



生きる為に・・・


認められる為に・・・


俺には縁が無いと思っていた強さを手に入れる為に・・・


そして何よりも、この俺の誇りを手に入れる為に・・・


それ以上に俺を拾ってくれた織田館長の為に!


そしてこんな俺を仲間として迎えてくれた先輩、同期、後輩の為に!



俺はプライドも虚勢も捨てて必死に空手と道場経営の手伝いに打ち込んだ・・・


もう俺には失うものなど無い・・・


掛けるだけの恥はかいた・・・


味わえる限りの惨めさは味わった・・・


そして俺には此処にしか居場所が無い・・・




蹴る男・・・


内弟子期間の3年が過ぎて、俺は指導員として道場の運営に携わりながら、日々空手を磨いて行く・・・


空手の腕は内弟子を卒業する3年経っても他の内弟子には及ばなかったが、指導員として稽古に励み続けて、入門5年目にとうとう全国大会でベスト16位に入れた・・・!



蹴る男・・・


俺は蹴り続ける・・・


やがて俺が蹴り壊したい物が段々と見えて来た・・・


それは他の誰でも事柄でもましては運でも無く・・・


俺が本当に蹴り壊したかった物は・・・


・・・弱くて臆病で卑怯で傲慢な自分自身だったのだ・・・




蹴る男・・・

蹴る男の喜怒哀楽の表情が徐々に統一され始めて来る・・・


そこにあるのは、紛れも無い1人の空手家の表情であった・・・




蹴る男・・・


気が付いたら俺は道場の床の上で気を失っていた・・・


俺の体には毛布が掛けられていた・・・



頭の上から誰かが声を掛けて来た・・・


「全く!世話の焼ける先輩ですね!

先輩は次の全国大会で大会初の3連覇が掛かっているんですから、もっと自分を大事にして下さいよ!」


俺は笑いながらこう返す・・・

「相馬君、俺程自分を大事にしている奴はそうは居ないよ(笑)

後、毛布ありがとな!」


相馬

「もう!いつも大会前の1ヶ月前に徹夜でぶっ倒れるまでサンドバッグを蹴り続ける荒業!

合理的じゃ無いっすよ!」


「相馬君、これが俺にとって1番合理的な稽古なんだよ(笑)

この稽古で俺の抱えて来た人生の全てを試合で、ぶつける事が出来る・・・


何よりも、今流行りの「整う」ってやつかな?」


相馬

「サポートする俺の身にもなって下さいよ・・・

全く・・・


・・・・・・


押忍!


自分は二階堂先輩が空手道場に入門してからの14年間をお聞きし、二階堂先輩の後に入門してからずっと二階堂先輩を見続けて・・・そして追いかけて来ました!


・・・押忍!

二階堂先輩!

絶対に3連覇達成を信じております!


この相馬、何処までも二階堂先輩に着いて行きます!


押忍!」


「ありがとな、相馬君!

でももうちょっと軽く行こうよ

合理的じゃ無いよ(笑)」



相馬は恥ずかしそうに頭をかきながら・・・

「もう!せっかくカッコつけたのに!


・・・・・・


・・・でも本当の事ですから・・・


取り敢えず3連覇ですよ!

二階堂先輩!」


「相馬君、ありがとう・・・


分かっているよ・・・


任せろ! 押忍!」

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蹴る男 ハイダ @haida-

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