相関
まっちゃん
第1話 相関
「タオル、勝手に畳んじゃったの? まだ乾いてないじゃない?」
妻が不機嫌な顔で言った。
「降りそうだったから。このくらい乾いてたらいいと思うけどなぁ。ごめん。次からは取り込むだけにするよ。」
結婚して数年。いわゆる「倦怠期」なのかなぁとも思う。イチャイチャ期が過ぎ、自分と相手との微妙なズレが気になる時期。俺がガサツ過ぎるのか、妻が細かすぎるのか。「良い」「悪い」ではなく、双方がどのくらい妥協できるかの問題でしかない。
「ニュースでまた“ズィンフル”って言ってたよ。」
庭に彼岸花が咲く頃、変な風邪が流行り始めた。最初は咳と発熱だけ。だが重くなると悪性肺炎に進行し、すでに死者も出ているという。誰かがこれを「X-influenza(ズィンフルエンザ)」と呼んだ。まもなく正式な名称がついたが、この奇妙な呼び名が一般名称となった。
「どうなんだろうね。すでにワクチンが開発されたみたいだし、国も接種に向けて動いている。落ち着くには時間がかかるだろうが、極度に恐れる必要はないんじゃないかなぁ?」
妻の顔色がサッと変わった。怒っているような、恐怖に震えているような。――と思ったら、妻が機関銃のようにしゃべりだした。
「ワクチンにはマイクロチップが含まれているわ。」
噂に聞いていたが、まさか身近な妻が、このような種類の人間であったとは。
「ええっと⋯マイクロチップってどのくらいの大きさか知ってる?」
「小さいよ。血管の中を漂いながら、私たちがどこにいるのか監視して、私達の意識をコントロールするの。」
「そんな話をどこで。」
「ネットでいっぱいやってるよ。」
これはどうしたものか。
「そうだな⋯」
と言いながら、財布からクレジットカードを出して言った。
「このキラキラ光る部分、わかる?」
「うん。」
「これがマイクロチップ。君のクレカにも入ってるはずだ。」
「うん。」
「この中に全部詰まってる。電波を受ける部分も、送る部分もね。小さくすると電波も弱くなる。もし、細い注射針を通って腕に入るような大きさで作ったら――」
妻は不思議そうに顔をしかめた。
「弱すぎて使い物にならない。つまり、まだ技術的に作れないってことさ。」
「だって…だって!みんなが…、そ、そうだ!ワクチン打ったって伝染るものは伝染るよ!」
「感染率は、統計的に半分くらいに減ると報告されているよ。つまりワクチンを打つのは自分を守るだけでなく、他人も守ることにもなるんだ。」
「そんなの陰謀よ。隠されているの。」
俺の中で何かが崩れた。俺はどのくらい妻に歩み寄れるのだろう?
「ネットでバラされる程度の陰謀って、随分管理が
妻はパクパクと何か言いたげではあったが、次の言葉が出ないようだ。
「人類はこれまで天然痘や結核と闘ってきた。どうしても疑いたいのなら仕方がないけれども。君は僕にどうして欲しいの? 陰謀論を支持して欲しい? それとも、不安に寄り添って欲しい?」
妻は唇を噛みながら、リビングを出ていった。
次の日、会社から帰ると家に妻はいなかった。失踪……いや、事実上の離婚宣言だろう。妻のマグカップに、まだ朝の紅茶の跡が残っていた。
とりあえず捜索願いは出したが、追いかける気はない。こんなことがあるのは二度とごめんだ。再婚なんて、考える気も起きない。
庭の彼岸花が散った。俺は今、妻のいない部屋でタオルを畳んでいる。
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(2025.10.19 了)
三題噺「庭」「失踪」「腕」
相関 まっちゃん @macchan271828
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