第十一話 奥さん

 その年の十一月中旬。 私は旧友の誘いで池袋の芸術劇場の三階展示室のイキシビジョンつまり、グループ展に出品した。 自分の飾り付けは自分で行うというのがこの展示会の方針で、私も自分の作品の飾り付けをさっさと終わらせると、同じ部屋の違うスペースで展示作業をしている友達の手伝いをした。 午前中に展示が終わり、午後一時からお客さんを入れる準備を終えると、私と旧友は昼ご飯を食べる為に一旦、芸術劇場を離れた。 当たり障りのない友達同士のおしゃべりの食事会を終えると午後三時頃、先程の会場に戻って来た。


「只今、戻りました」

「あゝ、おかえりなさい」

「そろそろ交代の時間ね」


 私は受付の席に着くと、目の前を見覚えのあるおじさんが部屋に入っていったのを見た。 それは紛れもなく髙橋さんだった……。 私の胸は高鳴った。 あの時の異常な興奮以来である……。


「ちょっと行ってきます!」


 私は当番の役割をすっぽかして彼を追いかけた。 次の瞬間、私は彼の背中に追いつき後ろから勢い良く叩いた!


「こんにちは!」

「………おぅ、ひさしぶり!こんにちは!」

「元気??」


 「こんにちは!」


  ……え!?


 知らない女性の声……。中年より上の、落ち着いた大人の声……誰??


 彼はいつの間にやら自分の影にたまたま隠れていた見知らぬ女性と少年を紹介した。


「紹介します」 

「オレのカミさんと息子」


 私は鏡の中にひび割れが起こり、バリンッと大きい音を立ててそれが割れてしまうのを感じた……。


 ……この方達が奥さんと病気の息子!?


「はじめまして♥」

「髙橋の妻です」


 私は背筋に冷たい水を流し込まれた感覚を覚えた。 髙橋さんの妻は、息子に、


「ほら、ご挨拶しなさい!」


息子はただ、黙ってニヤニヤ笑って突っ立っている。 私は、おどおどして、


「…は……はじめまし……て……」


 頭が真っ白になった。 どうしてココに?


「いつも主人がお世話になっております」

「お話は主人から伺っておりますのよ」

「頼りないオトコですが、どうかよろしく」


 私は思わず青ざめてしまった。 今日、此処に来た私を私は自ら呪った!! 私が何も言えず、カタカタと小刻みに震えていると、髙橋さんは時計に目をやり、


「あゝ、そろそろ行く時間だよ」 

「じゃ、遠藤さん、また今度ね!?」


 


 こうして、髙橋一家は去っていった……。

私はその場に置いて行かれ、ただ呆然と立ち尽くした。

 私はこの屈辱の『今日』という日を一生忘れることはないだろう……。


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