第四話 電話

 私は『あんな事』があった後で、髙橋という『おじさん』に心底怯えていた。 暫くの間は外出出来ず、自宅マンションに引きこもっていた。 無理も無い。 『あの日の夜』の事は、今でも私の脳裏に焼き付いており、簡単に忘れることなど出来なかった。 あのおじさんの壁ドン。 私の心身を毒した卑猥な言葉や、舐められた時の感触、あの男の体温。 全てが私にとって『毒』だった。 帰宅してから直ぐにシャワーで汚い物を全て洗い流したが『汚された記憶』までをも全て洗い流すことはできなかった。


 ……これは、女性という存在に対する暴力だ。


 締め切ったカーテンに閉ざされた部屋の中で、私は膝に顔を埋めてひたすら泣いた。 気持ちを切り替えられず、ひたすら苦しんだ。 時折、怒りすらもこみ上げてきたが、だからといって取り乱しているので普通の判断ができない。 私は既に、壊されてしまったのだ。 会社にはしばらく休みを貰い、ずっとこんな状態で何も手に付かなかったが、しばらく日にちが経つと私の心に入り込んだ亀裂が広がり、心がぼろぼろと壊れ始めた……。


 ……あの日の夜みたいにしてもらいたい。


 どうせ私は家族とうまく行かず、家を出たオンナ。 家族に知らせたり、相談する必要もない。 女性の本能に任せて冒険してみたい。 危険な橋を渡って禁断の恋という果実を味わってみたい。 子どもは要らない。 鬱陶しいし、邪魔だから。 ただ私は貴方が……欲しい。

 気が付いたら私は、美術サークルの名簿を片手にスマートフォンを握りしめていた。 電話には『本人』が出た。


「……もしもし」


 私は今度の金曜日の夜に髙橋と渋谷で逢う約束をしていた。

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