第十一話:決戦前夜の聖女と軍師

残された時間は、わずか二日。


アークライト家の王都別邸は、極度の緊張感に包まれていた。騎士団の正規部隊を動かせないため、俺たちの作戦は、ルークとディートハルトが選抜した少数の精鋭騎士、そして影の商会という非合法組織の協力を前提としている。


ルークは私服姿で、地下の地図を広げていた。その横には、ディートハルト副団長が、鉄の仮面のような真剣な表情で立っている。


「これが、影の商会から提供された王都地下輸送路の地図です。図書館の地下遺跡から王立大聖堂の地下へと繋がる、最短ルートだ」ルークが言った。


「(完璧だ。ゲーム内の隠しルートが、現実でも機能するとは)」


俺は地図に指を置いた。 「作戦はシンプルです。正規の騎士団は、騎士団長の私兵による王都の私物化に、表向きは抵抗しない。我々『反逆者』のみが動く」


「反逆者、か」ルークが自嘲気味に笑った。


「その『反逆者』の行動が、騎士団長にとっての最大のリスクとなります。彼は、ルナリアを王都から出すこと、そして王族に裏切りが露呈することを最も恐れている」


俺は、ルークとディートハルトに、最終的な作戦の指示を出した。


「ルーク兄さん。貴方は明日、影の商会と共に、地下輸送路から王立大聖堂へ向かう**『囮部隊』**を率いてください。大聖堂の地上入口を占拠し、騎士団長とその私兵の注意を引きつける」


「承知した。俺が敵の目を引きつける」


「ディートハルト副団長。貴方は正規の騎士団員たちを、待機させてください。そして、ルーク兄さんの動きと、王宮からの反応を監視する。そして、**ルナリアの聖魔力による『真実の投影』**が始まると同時に、騎士団長を拘束する準備を整えてください」


「承知。騎士としての誇りをかけ、必ずやこの作戦を成功させます」


俺は最後に、最も重要な役割を伝えた。


「そして俺とルナリアは、別の隠しルートを使って、王立大聖堂の地下に潜入します。ルーク兄さんの囮が成功すれば、地下はがら空きになります。俺が、ルナリアを魔法陣へと導く」


ルークは、心配そうに俺を見た。 「カイト、危険すぎる。ルナリア嬢と貴様を、最も安全なルートで向かわせるべきではないか?」


「いいえ。最も危険なルートこそが、最も安全なルートです。騎士団長は、俺たちが地下輸送路を使うと確信している。だからこそ、俺たちは、**誰も考えない『裏の裏のルート』**を使う」


俺は地図上の、王都でも最も古く、誰も使わないはずの**『旧・水道施設』**のルートを指差した。


「(ここは原作でも、特定のアイテムを持っていなければ通行不能な、RTAプレイヤー専用の隠し通路だ。ここならば、騎士団長の監視の目も届かない)」


ルークは、俺の常軌を逸した知識と大胆さに、もはや反論する言葉を持っていなかった。


「わかった。カイト。貴様の指示通りに動こう。……そして、もし貴様が負けたら、俺はルナリア嬢を連れて、この国を捨てる」


「負けません。俺は、君の知恵と力で、必ず勝利します」


夜が更け、別邸に静寂が訪れる。


俺は自室で、ルナリアの**『真実の投影』**に必要な古代魔術の理論書を読み返していた。


ルナリアが持つ聖魔力は、彼女の純粋な意志と強く結びついている。彼女が真実を信じ、それを強く願わなければ、魔法陣は機能しない。


コンコン。


ドアがノックされ、ルナリアが入ってきた。彼女は、王都に来て初めて、貴族の令嬢らしい、美しい白いナイトドレスを身につけていた。


「カイトさん。眠れませんでしたか?」


「ああ。最終確認をしている。君の聖魔力の解放についてだ」


ルナリアは、俺の隣に静かに座った。そして、俺の手に、そっと自分の手を重ねた。


「わたくしは、もう恐れていません。以前のわたくしなら、自分の魔力を解放するなど、怖くてできなかったでしょう。ですが、今は違います」


「何が違う?」


ルナリアは、俺の目をじっと見つめた。 「貴方が、わたくしのために、この世界の運命を変えようとしている。その真実を知っているからです。わたくしの魔力は、貴方の知識と繋がっている。そう思えるのです」


その言葉は、俺のRTAへの最大の報酬だった。俺は、彼女の心を救うために、このゲームをプレイしてきたのだ。


俺は、彼女の細い手を両手で包み込んだ。


「ルナリア。君の魔力は、世界を救う力だ。だが、その代償として、君は多くのものに憎まれ、恐れられた。それは、俺が何度も見てきた未来だ」


俺は、ついに彼女に**「モブの死」**について話す覚悟を決めた。


「もし、万が一、俺が……君を庇って、倒れるようなことがあっても、絶対に立ち止まるな。君は聖女だ。君が立ち止まることが、俺の全ての努力を無に帰す」


ルナリアは、俺の言葉を遮るように、俺の手を強く握った。


「……嫌です。カイトさん。貴方を失うのは、嫌です」


彼女の瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。


「貴方は、わたくしに初めて、『人として生きる喜び』を教えてくれた。貴方がいなければ、わたくしの聖魔力など、ただの呪いでしかありません。もし、貴方がわたくしを庇って倒れるようなことがあれば、わたくしは……わたくしの全てをかけて、貴方を救います」


「ルナリア……」


俺は、彼女の言葉に、胸が締め付けられるのを感じた。


「(この展開は……原作にはない。ヒロインが、モブの死を拒絶する**『愛のフラグ』**だ!)」


このヒロインの強い想いが、ゲームの理不尽な運命を打ち破る、**『裏の裏の力』**になるかもしれない。


俺は、彼女の頬を伝う涙を拭い、優しく抱きしめた。


「わかった。約束しよう、ルナリア。俺は、決して死なない。君と共に、このバッドエンドを、**『最高のハッピーエンド』**に変えてみせる」


翌日、決戦の日。


夜明け前。王都の地下水道。


ルークが率いる銀の翼騎士団と影の商会の混成部隊が、地下輸送路の入り口に集結していた。クロウという名の隻眼の男が、ルークに頷く。


「ルーク様。騎士団長の私兵は、今、地上で大規模な検問を敷いています。地下はがら空きだ」


「感謝する、クロウ殿。俺たちは、彼らの目を引きつける。ディートハルト副団長、王宮からの報せを待っています」ルークが言った。


「ルーク様のご武運を」


そして、俺はルナリアと共に、誰も通らないはずの『旧・水道施設』の隠し通路の前に立っていた。


「(ここから、王立大聖堂の地下まで、距離にして約3キロ。魔族の残党が仕掛けた隠し罠がいくつもあるはずだ)」


俺は、ルナリアの前に立ち、剣に手をかけた。


「ルナリア。行くぞ。これは、俺たちの最後のRTAだ」


「はい、カイトさん。貴方と一緒なら、どこへでも」


王都の地下深くに、二人の影が消えていった。


地上では、騎士団長の私兵が、王都を完全に掌握したと信じ、不敵に笑っていた。 彼らは知らなかった。 自分たちの足元で、この世界の運命を覆す、たった二人の英雄が、最後の戦場へと向かっていることを。

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