転生特典? いいえ、1万時間やり込んだ「ゲーム知識」です。〜バッドエンド確定の推しを救うため、俺は誰も知らない攻略法で無双する〜

kuni

第一話:転生特典(なし)とRTA(ガチ勢)

「――痛い」


全身を鈍い痛みが走り、俺は意識を取り戻した。 最後に見えたのは、スマホで『レガリア・オブ・フェイト』の攻略wikiを読んでいた俺に向かって突っ込んでくる、大型トラックのヘッドライトだった。


「(あー…死んだか、俺)」


妙に冷静な頭でそう結論づける。 目を開けると、そこは病院の白い天井ではなかった。豪華な彫刻が施された木製の天井、シルクと思しき手触りの良いシーツ。嗅いだことのない、上品なお香の香り。 明らかに、俺が住んでいた安アパートの一室ではない。


「どこだ、ここ…」


軋む体を無理やり起こし、状況を把握しようと周囲を見渡す。 部屋は無駄に広い。アンティーク調の家具、壁には趣味の悪い(と俺は思う)風景画。そして、部屋の隅には大きな姿見があった。


ふらつく足で鏡の前に立ち、俺は絶句した。


鏡に映っていたのは、見知らぬ少年だった。 歳は十五、六だろうか。銀色の髪を無造作に伸ばし、病人のように青白い肌をしている。顔立ちはそこそこ整っているが、何よりその目が最悪だった。光がなく、生気を感じられない、虚無を宿した目だ。


「……嘘だろ」


俺は、この顔を知っていた。 一万時間以上やり込んだ、俺の人生を食い潰したクソゲー。 ファンタジーRPG『レガリア・オブ・フェイト』。


そのゲームに登場する、モブキャラだ。


「カイト・フォン・アークライト……」


鏡の中の少年――いや、俺は、自分の名前を呟いた。 アークライト辺境伯家の三男。 才能ある兄二人に挟まれ、完全にドロップアウトした落ちこぼれ。 ゲーム本編では、序盤に発生する「帝国との国境紛争」イベントで、領地が戦火に巻き込まれ、家族もろともあっさり死ぬ。 セリフは「兄さん、敵が! うわぁ!」のたった一言。


それが、俺の転生した姿だった。


「マジかよ……よりにもよって、カイトかよ!」


俺は頭を抱えた。 異世界転生。トラック。それはいい。昨今の流行りだ。 だが、普通はもっとマシな転生先があるだろう。せめて主人公とか、ライバルキャラとか。 なぜ、開始数時間で死ぬモブなんだ。


「いや、待て。転生と言えば……特典だ」


異世界転生モノのお約束。神様からのチート能力。 俺は祈るように、ゲームで使い慣れたコマンドを口にした。


「ステータスオープン」


目の前に、半透明のウィンドウが浮かび上がる。『レガリア・オブ・フェイト』のステータス画面そのものだ。


名前:カイト・フォン・アークライト 職業:貴族(Lv1) HP:30/30 MP:10/10


筋力:5 耐久:4 敏捷:6 魔力:2 幸運:1


スキル:なし 称号:アークライト家三男、落ちこぼれ

「…………」


俺はウィンドウを凝視し、そして閉じた。 もう一度開いた。


「変わんねぇ!」


なんだこのゴミステータスは! 筋力5、耐久4? 一般人以下どころか、村の子供にも負けるレベルだ。幸運に至っては「1」。これはゲーム内でも最低値で、宝箱を開ければ9割ミミックかトラップ、敵の攻撃はほぼクリティカルヒット確定という呪われた数値だ。


神様からの転生特典、ユニークスキル、何も無い。 あるのは「落ちこぼれ」という最悪の称号だけ。


「詰んでる……転生した瞬間に詰んでるぞ、これ!」


アークライト家は、ゲームシナリオ上、絶対に滅びる。 カイトのステータスでは、雑兵一人倒せずに死ぬ。 どうしようもない。八方塞がりだ。


俺が絶望に打ちひしがれていた、その時。 ふと、壁にかかったカレンダーが目に入った。


「王国暦 842年、春の月、1日」


その日付を見た瞬間、俺の背筋を氷水が流れ落ちた。


「今日……入学式の日じゃないか!」


王国暦842年、春の月、1日。 それは、『レガリア・オブ・フェイト』のゲーム本編がスタートする日。 王都にある「王立魔術学園」の入学式が行われる日だ。


そして何より――


俺の『推し』である少女、聖女ルナリアが、絶望への第一歩を踏み出す、運命の日だ。


ルナリア。 『レガリア・オブ・フェイト』のメインヒロインの一人であり、俺がこのクソゲーを一万時間もやり込むことになった、唯一無二の理由。


彼女は、数百年ぶりに現れた「聖女」として、強大すぎる聖魔法の才能を持って生まれた。 だが、その力は「異端」として周囲から恐れられ、疎まれ、誰にも理解されなかった。 家族にすら気味悪がられ、貴族社会から孤立していた。


学園に入学しても、その状況は変わらない。 原作の主人公パーティは、彼女の強すぎる力を制御できない「危険な存在」として距離を置く。 教師たちは彼女の才能に嫉妬し、まともな教育を施さない。


孤立した彼女の心の隙間に、魔族が忍び寄る。 「君の力は素晴らしい」「君を理解できるのは私だけだ」 甘い言葉で懐柔され、利用され、操られ――


最終的に、彼女は魔王復活のための生贄として、その命と魔力を全て捧げさせられる。 裏切られた絶望の中、彼女が最後に遺す言葉。


『どうして……誰も、私を信じてくれなかったの……』


世界を呪いながら消滅していく、あのバッドエンド。 あのムービーを見るたびに、俺はコントローラーを握り潰しそうになった。 どれだけ周回しても、どの選択肢を選んでも、彼女を救う正規ルートは存在しなかった。 『レガリア・オブ・フェイト』がクソゲーと呼ばれる最大の理由だ。


「……冗談じゃない」


俺の喉から、低い声が漏れた。 あの結末を、もう一度この目で見ろと? それも、生(なま)で?


「ふざけるなッ!!」


俺は、部屋にあった花瓶を壁に叩きつけていた。


「俺が愛した推しを、そんな目に遭わせてたまるか!」


そうだ。 俺は今、ゲームの外の傍観者じゃない。 この世界に生きる、「カイト・フォン・アークライト」だ。


ステータスはゴミだ。 転生特典もない。 家は滅びる運命だ。


だが、関係ない。


「俺には、『知識』がある」


一万時間。 睡眠時間を削り、青春を捧げ、人生をドブに捨ててやり込んだ、このクソゲーの『知識』が。


俺は知っている。 このアークライト領の森の奥、滝の裏にある、開発者のミスで配置された「序盤の隠しダンジョン」を。 そこに出る敵は中盤レベルだが、特定の行動パターンを誘発させれば、レベル1でもハメ殺せることを。


俺は知っている。 そのダンジョンの最奥、普通なら気づかない壁の向こうに、経験値10倍の隠しアクセサリー『賢者の石(偽)』が眠っていることを。


俺は知っている。 学園でルナリアが孤立する、最初のイベント。 彼女が魔力暴走を起こし、原作主人公に「化け物」と罵られる、あのイベントの回避方法を。


「神様なんかに頼るかよ」


俺の目は、先程までの虚無が嘘のように、ギラギラとした熱を帯びていた。 カイト・フォン・アークライトの貧弱な体に、一万時間をやり遂げたゲーマーの魂が宿る。


「俺の1万時間が、俺の最強の転生特典だ」


ルナリアが学園で「最初の絶望」を味わうまで、あと数時間。 それまでに、最低限の力を手に入れる。 モブのままでは、彼女に近づくことすらできない。


「家が滅びる? 帝国が攻めてくる? 知るか」


俺はベッドから飛び起きる。 上等な貴族の部屋着のまま、壁に掛かっていた観賞用の(なまくらな)剣を腰に差す。


「最優先事項は『推しの救済』だ」


幸い、アークライト領は森の中だ。隠しダンジョンはすぐそこ。 本来なら、あのダンジョンにたどり着くには、強力なモンスターが徘徊する森を抜けなければならない。 だが、俺は知っている。 城の裏手にある、獣道。 敵が一切出現しない、RTA走者だけが知る「安全ルート」を。


「待ってろよ、ルナリア」


俺は、貴族の三男坊らしからぬ獰猛な笑みを浮かべた。


「お前をバッドエンドになんか絶対にさせない。俺が『誰も知らない攻略法』で、お前も世界も、まとめて救い尽くしてやる」


カイト・フォン・アークライトの、いや、俺の人生を懸けたRTA(リアルタイムアタック)が、今、始まった。 俺は音を立てないよう静かに扉を開け、俺だけが知る近道へと駆け出した。

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