『俺達のグレートなキャンプ155 BGMをホラー風にして全力で桃太郎を音読』
海山純平
第155話 BGMをホラー風にして全力で桃太郎を音読
俺達のグレートなキャンプ155 BGMをホラー風にして全力で桃太郎を音読
夕闇が迫る富士五湖キャンプ場。湖面には不気味な霧が這い始めていた。
「よし、準備完了だ」
石川が低い声で呟く。彼の手元には古ぼけたBluetoothスピーカー。そこから流れ始めたのは、ゆっくりとした、遠くから聞こえてくるような鐘の音。
ゴーン...ゴーン...
「石川さん、本当にこれ...やるんですか?」
千葉の声が僅かに震えている。手に持った『日本昔ばなし絵本集』が、焚き火の光を受けて妖しく輝く。
「当然だ。ホラーBGMで桃太郎を朗読する。グレートなキャンプの新境地だ」
石川の目が焚き火の炎を映して赤く光る。
富山は何も言わず、ただ深いため息をついた。彼女の影が焚き火に揺れ、まるで生き物のように蠢いている。
隣のサイトでは、若いカップルが夕食の準備をしていた。
「ねえ、あっちから変な音楽聞こえない?」
女性が不安そうに恋人の腕を掴む。
「ああ...なんか、ホラー映画みたいな...」
男性も眉をひそめる。
BGMがゆっくりと変化していく。鐘の音に重なるように、低く唸るような弦楽器の音。そして遠くから聞こえる、子供の泣き声のようなもの。
「じゃあ...始めるぞ」
石川が焚き火に薪を足す。パチン、と火の粉が舞い上がり、一瞬だけ周囲が明るくなって、また暗闇に沈む。
反対側のサイトでは、家族連れが焚き火を囲んでいた。
「お父さん、なんか怖い音楽...」
小学生くらいの女の子が父親に寄り添う。
「大丈夫だよ。多分、向こうのサイトの人が音楽聴いてるだけだから」
父親がそう言うが、自分も少し不安そうだ。
「千葉、声を落として読め。最初は静かに...徐々に、な」
「はい...」
千葉が絵本を開く。ページをめくる音が、やけに大きく響く。
BGMの音量が少しずつ上がっていく。ヒュウゥゥゥゥ...と風の音。いや、風ではない。何かの、呻き声のような。
「むかしむかし...」
千葉の声が夜の闇に吸い込まれていく。
隣のサイトのカップルの会話が止まる。
「ねえ、あれ...何?」
女性が囁く。
「さあ...でも、なんか朗読してる?」
二人が箸を置いて、そっとこちらを見る。
「ある所に、おじいさんと、おばあさんが...住んでいました」
「桃太郎?桃太郎読んでるの?」
女性が小声で尋ねる。
「でも、なんでこんな怖いBGMで...」
男性も困惑している。
「ある日...おじいさんは山へ柴刈りに...」
BGMが変わる。足音。カツン、カツン、カツン。誰かが、何かが、近づいてくるような。
家族連れのサイトでも、子供たちが完全に手を止めている。
「お母さん、あれ聞こえる?」
兄らしき男の子が母親に尋ねる。
「聞こえるわね...なんでしょう」
母親も焚き火の向こうを見つめる。
「おばあさんは...川へ洗濯に...」
ザアァァァ...川の音がBGMに混ざる。だが、それは普通の川の音ではない。もっと深く、暗く、底知れない水の音。
「なにこれ...めっちゃ怖い雰囲気なんだけど」
さらに遠くのサイトから、大学生グループの声。
「え、桃太郎でしょ?子供の話でしょ?」
「でも、このBGM...」
彼らも完全に気になり始めている。
富山が無意識のうちに自分の腕を抱く。
「すると...」
千葉の声が一段落ちる。
「川の上流から...何かが...」
ドクン。
BGMに心臓の鼓動が加わる。
ドクン、ドクン。
隣のサイトの女性がゴクリと唾を飲む。
「やだ...なんか怖くなってきた...」
恋人の腕を強く握る。
「大きな...桃が...」
千葉がページをめくる。その瞬間、焚き火がバチッと大きく弾けた。
「ひっ!」
女性が小さく悲鳴を上げる。
家族連れの子供たちも、完全に聞き入っている。
「...怖い」
妹らしき女の子が呟く。
「でも、続き聞きたい」
兄が真剣な表情で見つめている。
「流れて...きました」
ドクン、ドクン、ドクン。
鼓動が速くなる。いや、二つの鼓動が重なっている。ズレている。気持ち悪いリズム。
大学生グループの一人が立ち上がる。
「ちょっと、近くで見てくる」
「マジで?」
「だって気になるじゃん」
彼はゆっくりと石川たちのサイトに近づいていく。
「おばあさんは...その桃を...拾い上げ...」
ギィィィィ...
BGMに軋む音が加わる。古い扉が開くような。あるいは、棺の蓋が...
近づいてきた大学生が、木の陰から様子を窺う。焚き火の前で真剣な表情の千葉。その後ろで腕を組む石川。不安そうな富山。
「マジでやってる...」
彼が呟く。
「家に...持ち帰りました」
「おい、どうだった?」
仲間が小声で尋ねる。
「ガチでホラーな雰囲気で桃太郎読んでる。ヤバい」
「マジか」
仲間たちも次々と立ち上がり、近づいてくる。
「おじいさんが帰ってくると...二人で桃を切ろうと...」
シャキン。
鋭い刃物の音がBGMに響く。
隣のサイトのカップルも、いつの間にか食事を完全に忘れて聞き入っている。
「しました...」
カチ、カチ、カチ、カチ。
何かがぶつかり合う音。歯が鳴る音?それとも骨が...
女性が恋人の肩に顔を埋める。
「ねえ、怖い...でも聞きたい...」
「わかる。俺も」
男性も真剣な表情だ。
「包丁を桃に当てた、その時...」
千葉の声が震える。それは演技ではない。彼自身が、自分の読んでいる物語に引き込まれている。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。
鼓動が激しくなる。
家族連れの父親も、いつの間にか箸を置いている。
「お父さん、続き...」
娘が催促する。
「静かに。今いいところだから」
父親も完全に聞き入っている。
「桃が...」
ミシ、ミシ、ミシ。
「割れて...」
ビキ、ビキ、ビキ。
大学生たちが互いに肩を寄せ合う。
「やべえ...めっちゃ怖い...」
「でも桃太郎だぞ...?」
「それがまた怖いんだよ...」
「中から...」
バキィッ!
BGMが突然爆発する。重低音のドラム。不協和音のストリングス。そして、赤ん坊の泣き声。だが、それはどこか歪んでいる。
「うわっ!」
大学生の一人が思わず声を出す。
隣のサイトの女性も「きゃっ」と小さく叫ぶ。
「元気な...男の子が...!」
千葉が顔を上げる。その目は見開かれ、焚き火の光を反射して異様に輝いている。
「生まれました...!」
オギャアアアアアァァァァ...
BGMの赤ん坊の泣き声が長く、長く、不自然に引き延ばされる。
家族連れの子供たちが身を寄せ合う。
「怖い...でも続き...」
妹が震える声で言う。
「桃から生まれたので...」
千葉の声が囁くように低くなる。
もう、周囲のサイトから次々と人が集まってきている。十人、十五人...皆、焚き火の光の外側、闇の中に立って聞き入っている。
「桃太郎と...名付けられました」
ヒュゥゥゥゥゥ...
風の音。いや、誰かの吐息。
「なんか...すごい人集まってきてない?」
大学生の一人が囁く。
「みんな気になってるんだよ」
「わかる。俺も動けない」
BGMが変化する。時を刻む音。チク、タク、チク、タク。だが、それは規則正しくない。時々止まり、時々早くなり...
「桃太郎は...すくすくと...」
千葉の手が絵本を握る力が強くなる。
「育ちました...」
チク、タク、チク、タク、チクチクチクチクチクチク...
時間が加速する。
聴衆の中から、誰かがゴクリと唾を飲む音。
「そして...立派な...」
ドォォォン...
遠くで雷が鳴ったような音。
隣のサイトの女性が恋人にさらに強くしがみつく。
「若者に...なりました」
BGMが一瞬止まる。
完全な静寂。
焚き火の音だけが、パチ、パチと鳴っている。
聴衆たちも息を潜めている。二十人近い人々が、完全に静止している。
「...誰も動いてない」
大学生が極小の声で囁く。
そして...
ゴゴゴゴゴゴゴゴ...
低く、地を這うような音がゆっくりと立ち上がる。
「ある日...桃太郎は...」
千葉の額に汗が光る。
「おじいさんと、おばあさんに...言いました」
家族連れの兄が、妹の手を握る。妹も強く握り返す。
「『鬼ヶ島へ...鬼退治に...行ってきます』」
ガアアアアァァァァ...!
カラスの鳴き声がBGMに重なる。
「うわ...」
聴衆の中から小さなうめき声。
「おばあさんは...きびだんごを...作りました」
ペチャ、ペチャ、ペチャ。
何かを捏ねる音。
隣のサイトの男性の脳裏に、不気味なイメージが浮かぶ。
「...あれ、何を捏ねてるんだろう」
「考えたくない」
恋人が答える。
「桃太郎は...それを腰に下げ...」
ジャラ、ジャラ、ジャラ。
鎖の音。
「出発...しました」
ズン、ズン、ズン、ズン。
重い足音がBGMに加わる。
さらに人が集まってきている。もう三十人近い。
「なにこれ、すごい人...」
新しく来た人が驚く。
「シーッ!今いいとこ」
先にいた人が制止する。
「道を歩いていると...」
ガサ、ガサ、ガサ。
茂みが揺れる音。
家族連れの妹が父親の腕にしがみつく。
「お父さん...」
「大丈夫。ただの朗読だから」
父親がそう言うが、自分も緊張している。
「何かが...近づいて...きました」
ガサ、ガサ、ガサガサガサガサ...
音が大きくなる。
大学生グループの全員が、無意識のうちに身を寄せ合っている。
「それは...犬でした」
グルルルルル...
低い唸り声。
「やば...」
誰かが震える声で呟く。
「『きびだんごを一つ下さい...そうすれば...お供します』」
グルル...ガウ...
隣のサイトの女性の脳裏には、闇の中で赤く光る犬の目が浮かんでいる。
「怖い怖い怖い...」
彼女が恋人の胸に顔を埋める。
「桃太郎は...きびだんごを...与えました」
ベチャ、ベチャ、ベチャ。
咀嚼する音。
「うげ...」
聴衆の中から、小さな声。
「犬は...家来に...なりました」
ズン、ズン、ズン、ズン。
足音が二つになる。
「さらに進むと...」
ガサガサガサ、ズル、ズル、ズル。
木を登る音。
「猿が...現れました」
キィィィィィ...!
甲高い叫び声。
家族連れの子供たちが同時に「ひっ」と息を飲む。
「『きびだんごを一つ下さい...そうすれば...お供します』」
キキキキ...
笑っている。猿が、人間のように笑っている。
「やだ、笑ってる...猿が笑ってる...」
大学生の女子が震える。
「桃太郎は...きびだんごを...与えました」
ベチャ、ベチャ、グチャ。
「猿も...家来に...なりました」
ズン、ズン、ズル、ズル、ガサガサ。
足音が三つになる。
聴衆はもう完全に物語の世界に引き込まれている。暗い森の中を進む、不気味な一行の姿が、皆の脳裏に浮かんでいる。
「そして...最後に...」
バサ、バサ、バサ、バサ。
羽ばたく音。
「雉が...現れました」
ギャアアアアァァァ...!
鋭い鳴き声。
隣のサイトの男性が思わず身を震わせる。
「『きびだんごを一つ下さい...そうすれば...お供します』」
ギャ、ギャ、ギャギャギャ...
「桃太郎は...きびだんごを...与えました」
ベチャ、ベチャ、ゴク。
「雉も...家来に...なりました」
ズン、ズン、ズル、ズル、ガサガサ、バサ、バサ、バサ。
四つの存在が、闇の中を進む。
聴衆全員が、その行列を脳裏で見ている。先頭を歩く桃太郎。その後ろを、二本足で歩く犬。長い腕を地面に這わせながら進む猿。そして上空を舞う、不気味な雉。
BGMがさらに重く、暗くなる。
「そして...一行は...」
ザバァァァ...
波の音。
「海に...たどり着きました」
ギィィィィ...
船の軋む音。
「舟に乗り込み...」
ザブン、ザブン、ザブン。
波が舟を打つ。
家族連れの父親が、いつの間にか完全に前のめりになっている。
「鬼ヶ島へと...向かいました」
大学生の一人が隣の友人に囁く。
「やばい...めっちゃ映像見えてる...」
「俺も...霧の海...黒い島...」
「同じの見えてる...」
聴衆たちの脳裏には、同じ光景が浮かんでいる。霧に覆われた海。その向こうに浮かぶ黒い島。島の上の巨大な城。そこから漏れる赤い光。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ...
BGMがクライマックスに向けて膨れ上がる。
「島に着くと...」
ズゥゥゥン...
重い、何か巨大なものが動く音。
隣のサイトの女性が恋人の服を掴む手に、さらに力が入る。
「巨大な門が...ありました」
ギギギギギギギ...
錆びた蝶番が軋む。
「うわ...開いてる...門が開いてる...」
大学生が震える声で呟く。
「桃太郎は...門をくぐり...中へと...」
足音が止まる。
静寂。
ドクン。
心臓の音。
聴衆全員の心臓が、シンクロしたように鳴る。
ドクン。
家族連れの子供たちが、固く抱き合っている。
ドクン。
そして...
ドォォォォォン...!
爆発するような音。
「鬼が...現れました...!」
ガオオオオオォォォ...!
その瞬間、聴衆の中から悲鳴に近い声が漏れる。
「ひっ!」
「うわっ!」
隣のサイトの女性は完全に恋人の胸に顔を埋めている。見ることもできない。
「鬼は...角が三本...」
ガギン、ガギン、ガギン。
「目は六つ...」
ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ。
「六つ...六つの目...」
大学生が呟く。その声は恐怖に震えている。
「口からは...炎を吐き...」
ゴオオオオォォォ...!
家族連れの妹が「やだ...」と小さく呟く。兄が妹を抱きしめる。
「『人間め...よくも我が島に...』」
その声は、低く、重く...
聴衆全員が息を飲む。
「『血と肉を...引き裂いて...喰らってやる...』」
ズシン、ズシン、ズシン。
「来る...来る...」
誰かが震える声で呟く。
「しかし...桃太郎は...」
千葉の声に力が入る。
聴衆も思わず前のめりになる。
「恐れることなく...刀を抜き...」
シャキィィィン...!
その音に、聴衆全員が「おおっ」と息を飲む。
「『悪行を重ねた鬼を...成敗する...!』」
「いけえ!」
大学生の一人が思わず叫ぶ。
「シーッ!」
周りが制止するが、皆同じ気持ちだ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ...!
BGMが最高潮に達する。
「戦いが...始まりました...!」
ガキィン!
金属と金属がぶつかる。
グルルル! キィィィ! ギャアア!
「犬も猿も雉も戦ってる...」
家族連れの兄が興奮した声で呟く。
ズバシュ! ガッ! ドゴォ!
効果音が次々と重なる。
聴衆たちの脳裏では、壮絶な戦いが繰り広げられている。皆、同じ光景を見ている。桃太郎の刀が閃く。鬼の金棒が唸る。犬が噛みつく。猿が飛びかかる。雉が急降下する。
石川が立ち上がる。焚き火の前に立ち、両手を広げる。
聴衆から「おおっ」という声。
その影が巨大にテントに映り、まるで鬼そのもの。
「桃太郎の刀が...閃きました...!」
ヒュンッ!
「鬼の角が...一本...!」
ガキィン! パリィン!
「やった!」
大学生が思わず小声で叫ぶ。
「折れました...!」
ガオオオオォ...!
「さらに...もう一本...!」
ヒュンッ! ガキィン! パリィン!
「折れました...!」
聴衆全員が拳を握りしめている。あと一本。あと一本で...
隣のサイトの男性も、恋人の手を握りしめている。
「そして...最後の一本...!」
千葉の声が絶叫に近くなる。
聴衆全員が息を止める。
「桃太郎は...渾身の力で...!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ...!
「刀を...振り下ろしました...!」
その瞬間、石川が焚き火に何かを投げ込んだ。
ボッ!
炎が一瞬、青く光る。
「うおおお!」
聴衆から思わず声が漏れる。
「ザシュウウウウゥゥゥ...!」
最後の角が切り落とされる音。
そして...
ドサアアアァァァ...
巨大な何かが倒れる音。
静寂。
BGMが止まる。
焚き火の音だけが、パチ、パチと鳴っている。
聴衆全員が、その場に立ち尽くしている。誰も動けない。
千葉が息を整える。顔は汗でびっしょりだ。
「鬼は...倒れました」
ゴポ、ゴポ、ゴポ。
黒い血が流れる音。
「勝った...」
家族連れの兄が呟く。
「桃太郎、勝った...」
妹も安堵の表情。
「桃太郎は...鬼の宝物を...」
ジャラジャラジャラ...
金貨の音。
「持ち帰り...」
ザバン、ザバン、ザバン。
再び舟に乗る音。今度の波の音は、穏やかだ。
聴衆たちも、徐々に緊張が解けていく。
「村に...帰りました」
ズン、ズン、ズル、ズル、ガサガサ、バサ、バサ。
四つの足音が、ゆっくりと遠ざかっていく。
隣のサイトの女性が、ようやく顔を上げる。
「おじいさんと...おばあさんは...」
BGMが変わる。優しい、暖かい音色。
「桃太郎の帰りを...喜びました」
聴衆の表情が、安堵に変わる。
「そして...三人は...」
チク、タク、チク、タク。
時計の音。
「宝物とともに...」
ジャラ...
「幸せに...暮らしました」
千葉が絵本を閉じる。
パタン。
「めでたし...」
BGMが完全に止まる。
完全な静寂。
「めでたし...」
千葉の最後の言葉が、夜の闇に溶けていく。
一秒。
二秒。
三秒。
そして...
「うおおおおおおお...!」
隣のサイトの男性が突然立ち上がり、拍手を始めた。
パチパチパチパチ!
「すげえ! すげえよ! 怖かった! めちゃくちゃ怖かった!」
それをきっかけに、三十人以上の聴衆が一斉に拍手を始める。
パチパチパチパチパチパチパチ!
「最高だった!」
「マジで映像見えた!」
「鬼、ちゃんと見えた!」
大学生グループが興奮して叫ぶ。
「怖かったけど、すごかった!」
女性たちも目を輝かせている。
家族連れの父親が子供たちの肩を抱く。
「すごかったな」
「うん!怖かったけど、面白かった!」
「最後、ドキドキした!」
子供たちも興奮している。
「最高だったぜ千葉!」
石川が千葉の肩を叩く。
「あ、ありがとうございます...」
千葉がヘタリと座り込む。
「ねえ、もう一回やって!」
聴衆から声がかかる。
「今度は浦島太郎で!」
「いや、鶴の恩返しがいい!」
「かぐや姫!」
「一寸法師!」
次々とリクエストが飛んでくる。
「ちょ、ちょっと待って! 今日はこれで終わり!」
富山が慌てて立ち上がる。
「えー!」
聴衆から残念そうな声。
「すみません、千葉が死にかけてるんで!」
確かに千葉は完全に燃え尽きた表情で地面に座り込んでいる。
「でも、また来てくださいよ!」
隣のサイトの男性が叫ぶ。
「絶対また来ます!」
「次はいつですか!?」
「SNSとかやってないんですか!?」
質問が殺到する。
石川がニヤリと笑う。
「それは...次回のお楽しみってことで!」
「おお...!」
どよめきが起こる。
「でも、絶対また来ますから!」
「待ってます!」
「今度は友達も連れてきます!」
聴衆は興奮冷めやらぬ様子で、徐々に各自のサイトに戻っていく。
「ねえ、あの角が折れるシーン、完全に見えた気がしたよ」
「私も! 鬼の六つの目、はっきりと脳裏に浮かんだ...」
「あの犬、絶対二本足で立ってたよね」
「猿の笑い方がマジで不気味だった...」
そんな会話が、あちこちから聞こえてくる。
「パパ、もう一回聞きたい!」
家族連れのサイトでは、子供たちがまだ興奮している。
「明日また来るかもしれないって」
「本当!?やった!」
大学生グループは、まだ石川たちのサイトの近くに固まっている。
「マジですごかった...」
「普通の桃太郎がこんなに怖くなるなんて...」
「でも最後、桃太郎が角折る時、めっちゃカタルシスあったよな」
「わかる!思わず応援しちゃった」
「俺、完全に泣きそうになった」
隣のサイトでは、カップルがまだ興奮を抑えきれずにいる。
「ねえ、また明日も来るかな?」
女性が期待の眼差しで尋ねる。
「どうだろう。でも、もしやるなら絶対見たい」
男性も真剣な表情だ。
「今日、こんなにドキドキしたの久しぶり」
「俺も。映画館で映画見るよりドキドキした」
さらに遠くのサイトからも、まだざわめきが聞こえてくる。
「あの音響効果、プロじゃないの?」
「いや、でもキャンプしてる一般の人たちでしょ」
「天才だよ、あれ」
「次は何やるんだろう」
石川のサイトでは、三人が焚き火を囲んで座っている。周囲の興奮とは対照的に、静かな時間が流れている。
「...疲れた」
千葉が力なく呟く。手に持っていた絵本を、そっと地面に置く。
「お疲れ様。本当にすごかったわよ」
富山が缶コーヒーを千葉に手渡す。
「ありがとうございます...」
千葉がコーヒーを開ける。プシュッという音が、妙にリアルに響く。
「でも...楽しかったです。最後の方、皆さんの息遣いが聞こえて...完全に引き込まれてるのがわかって...」
千葉が小さく笑う。その笑顔は、充実感に満ちている。
「だろ?グレートだったろ?」
石川も缶ビールを開ける。ゴクゴクと一気に飲み干す。
「あのね、石川」
富山が呆れたような、でも少し笑顔を含んだ声で言う。
「正直、始まる前は『また馬鹿なことやって...』って思ってたわよ」
「知ってる」
石川がニヤリと笑う。
「でも...」
富山が焚き火を見つめる。揺れる炎が彼女の顔を照らす。
「あの瞬間、私も...鬼が見えた気がした」
「え?」
千葉が顔を上げる。
「あの六つの目。三本の角。巨大な体。全部、はっきりと...」
富山が自分の両手を見つめる。
「しかも、私だけじゃない。周りの人も、みんな同じものを見てた。同じ恐怖を、同じ興奮を...共有してた」
「そうなんです!」
千葉が身を乗り出す。
「読んでる最中、皆さんの反応が手に取るようにわかって...一緒に物語の中にいるような感覚でした」
石川が満足そうに頷く。
「それがグレートなキャンプの真髄だ。一人じゃ味わえない、みんなで作り上げる体験」
三人が焚き火を見つめる。パチパチと弾ける火の粉が、夜空に舞い上がっていく。
その時、
「あのー...」
恐る恐る声をかけてきたのは、隣のサイトの男性だった。手には何かを持っている。
「お疲れ様でした。本当にすごかったです」
「おう!ありがとう!」
石川が振り返る。
「これ、差し入れなんですけど...」
男性が差し出したのは、ビールの缶とスナック菓子の詰め合わせだった。
「おお、いいのか!?」
「はい!あんな素晴らしいエンターテイメント、無料で見せてもらって申し訳ないくらいです」
「いやいや、俺たちが楽しんでやってるだけだから」
石川が照れくさそうに笑う。
「彼女も、まだ興奮してます。『明日もやってくれないかな』って」
「まあ、予定はないけど...」
「もしやるなら、絶対見に来ます!友達にも連絡します!」
男性が真剣な表情で言う。
「あ、じゃあ一つ聞いていいですか?」
千葉が尋ねる。
「はい、なんでも」
「聞いてる最中、どんな光景が見えました?」
男性の目が輝く。
「ああ、それ!めちゃくちゃはっきり見えたんですよ。鬼ヶ島の門が開く瞬間とか、鬼が現れた時とか...」
「どんな鬼でした?」
「巨大で、黒っぽい肌で、角が三本...目が六つで、その目が赤く光ってて...」
「俺が見たのと同じだ!」
遠くから大学生の声。いつの間にか、また人が集まってきている。
「俺もです!完全に同じ鬼見ました!」
「犬も、二本足で立ってましたよね!?」
「立ってた立ってた!」
次々と声が上がる。
「猿の目が血走ってて...」
「雉が人間みたいな表情してて...」
「桃が割れる瞬間、中から何か黒いものが...」
皆、同じ光景を見ていたのだ。
富山が呟く。
「すごい...本当にみんな、同じ物語を共有してる...」
「それな!」
大学生の一人が興奮して叫ぶ。
「俺、今日ここに来てよかったって、マジで思ってます!」
「僕もです!」
「私も!」
口々に感謝の言葉が飛んでくる。
家族連れの父親も、子供たちを連れてやってきた。
「子供たち、どうしても御礼が言いたいって」
「あ、いえいえ、そんな...」
千葉が慌てる。
「おにいさん、すごかったです!」
兄らしき男の子が目を輝かせて言う。
「最初は怖かったけど、最後は桃太郎を応援してました!」
「ぼくも!角が折れる時、『やったー!』って思いました!」
妹も元気に言う。
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」
千葉が優しく笑う。
「また明日もやりますか?」
父親が期待を込めて尋ねる。
「うーん、それは...」
石川が空を見上げる。満天の星空。
「やるかもしれないし、やらないかもしれない。それがグレートなキャンプのスタイルだから」
「そうなんですね。でも、もしやるなら絶対見に来ます」
「家族みんなで、あんなにドキドキしたの初めてでした」
母親も笑顔で言う。
「普段、子供たちはゲームばっかりで...でも今日は、想像力で物語を楽しんでくれて」
「それは嬉しいですね」
富山も笑顔になる。
やがて人々は再び各自のサイトに戻っていったが、まだあちこちから興奮した話し声が聞こえてくる。
「絶対、明日も来るよね?」
「来るでしょ。キャンプ場にこんな面白い人たち、滅多にいないよ」
「SNSで拡散したい...」
「でも、アカウント知らないし」
「明日、直接聞いてみよう」
石川のサイトには、再び静寂が戻ってきた。
三人が焚き火を囲んで、ゆっくりと缶を傾ける。
「...次は何やろうかな」
石川がボソッと呟く。
「もう考えてるの!?」
富山が驚いて声を上げる。
「当然だろ。常にグレートを追求し続けるのが俺たちのモットーだ」
「でも、今日のは本当にすごかったですよ」
千葉が言う。
「あんなに多くの人が集まって、みんなで一つの物語を共有して...」
「そうだな。155回やってきて、これは間違いなくトップクラスのグレートさだった」
石川が満足そうに頷く。
「でも、まだまだ上がある。次はもっとグレートなやつを考えないとな」
「また周りを巻き込むんでしょ...」
富山が呆れたように言うが、その顔には小さな笑みが浮かんでいる。
「まあね。でも、巻き込まれた人たちも楽しんでくれるから」
「それは...否定できないわね」
富山が缶コーヒーを飲み干す。
「正直、私も...楽しかった」
「だろ?」
石川がニヤリと笑う。
「次は何やるの?」
千葉が興味津々で尋ねる。
「うーん...まだ決めてないけど」
石川が星空を見上げる。
「ホラー朗読が成功したから...次は別のジャンルかな」
「例えば?」
「コメディとか。それかアクション」
「アクション...?」
富山が不安そうな顔をする。
「ああ。音楽とセリフと動きを組み合わせて、アクション映画みたいな...」
「危なくないやつにしてよ」
「もちろん。安全第一だ」
三人の会話が、静かに続く。
焚き火の炎が徐々に小さくなっていく。
遠くから聞こえる虫の音。時々聞こえる、他のサイトからの笑い声。
そして、風に乗って聞こえてくる、
「やっぱりあの鬼、三本角だったよね」
「うん、間違いない」
「明日も来るかな...」
という会話。
富山が小さく笑う。
「ファンができちゃったわね」
「グレートなキャンプには、グレートなファンがつくんだ」
石川が胸を張る。
「調子に乗らないでよ」
「乗ってない乗ってない」
「絶対乗ってる」
三人の笑い声が夜空に響く。
その時、遠くから声がした。
「明日は何時からですかー!?」
「未定でーす!」
石川が大声で答える。
「でも何かやりますかー!?」
「多分ー!」
「やったー!」
歓声が上がる。
千葉が笑いながら呟く。
「すごいですね...もう期待されてる」
「プレッシャーだな」
富山が言う。
「いや、これは嬉しいプレッシャーだ」
石川が立ち上がり、夜空に向かって両手を広げる。
「俺たちのグレートなキャンプ、まだまだ進化し続けるぜ!」
「おー!」
千葉も立ち上がり、拳を突き上げる。
「...あんたたち、ホント懲りないわね」
富山も笑いながら立ち上がる。
三人が焚き火の前に並んで立つ。
その影が、大きくテントに映る。
そして、どこからともなく拍手の音。
周囲のサイトから、少しずつ拍手が広がっていく。
パチパチパチパチ...
「え、なに?」
富山が驚く。
「多分、俺たちへのエールだ」
石川が笑う。
拍手はさらに広がり、やがてキャンプ場全体に響き渡る。
三人が深々とお辞儀をする。
拍手はさらに大きくなる。
「すごい...」
千葉が感動して呟く。
「グレートだろ?」
石川が満足そうに笑う。
拍手がゆっくりと収まっていく。
三人が再び座る。
焚き火の炎が、ゆっくりと揺れている。
「...次は何をやろうか」
石川が再び呟く。
「まだ考えるの?」
「当たり前だ。明日のために」
「明日もやるの確定なんだ...」
富山が苦笑する。
「もちろん。期待に応えないとな」
「どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなりますからね」
千葉も笑顔で言う。
「...そうね。確かに」
富山も頷く。
三人が焚き火を見つめる。
炎の向こうに、明日のグレートなキャンプが見える気がした。
俺達のグレートなキャンプ155回目は、予想を遥かに超える成功のうちに幕を閉じた。
そして、156回目への期待は、もうすでに膨らみ始めている。
キャンプ場全体が、明日を待っている。
石川たちの次なる挑戦を、心待ちにしている。
果たして明日、どんなグレートが生まれるのか。
それは、まだ誰も知らない。
しかし、確実に言えることがある。
それは必ず、グレートであるということ。
そして、それは必ず、みんなを笑顔にするということ。
焚き火の炎が、三人の未来を照らしている。
グレートなキャンプは、まだまだ続いていく。
『俺達のグレートなキャンプ155 BGMをホラー風にして全力で桃太郎を音読』 海山純平 @umiyama117
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます