第9話 コントローラの向こう側——灯台の町で“ただいま”
1|朝の息──軽いほうを選ぶ日
目覚ましより早く目が覚めた。
ケトルがコトコト言いはじめる音がして、加湿器の白い息がゆるく天井へ登っていく。
蜂蜜の瓶を傾けると、糸みたいに垂れて、トーストのきめに消える。
スマホを横に置いて、昨夜遅くに届いたDMに目を通す。看護師さんからの短いメッセージ、学生さんの長文、タイムスタンプの時差。
「“置いていく”の言葉、救われました」
「病棟の深夜で、波の音を流しました」
EN:「Your voice made me sleep. Left it on my pillow.」
“ありがとう”の返事は、早く打つのが苦手。
言葉の温度が薄くなる気がして。
でも、返す。短くても、心を入れて。
「見つけてくれて、ありがとう。」
ノートを開く。
今日:ゲーム配信(テスト兼・長くしない・眠くなってOK)
歌の録り直しは明日。修理の見積もりはレンが詰めてくれている。
今日は、軽いほうを選ぶ。肩で抱えない。息で運べるくらいの軽さで。
⸻
2|準備──音の位置を決める、目印を置く
代替機のOBSを立ち上げる。
ゲーム音-15dB、マイク-12dB、コンプ浅め、リミッターは余裕。
“本番の声”じゃなくて、生活の声が前に出るバランス。
BGMは切る。足音と波音が主役。
画面の右下に、手書きで小さく**「Good night, not goodbye.」**を置く。
見つけた人だけ拾えばいい。
マイクに息を当てずに発音する練習を2分だけ。
4で吸って、1止めて、6で吐く。
身体の真ん中に風が通る感じがする。いける。
ゲームは『灯台と手紙』。
手紙を運ぶだけの小さな町の物語。
私は“昨日言えなかったありがとう”を、画面の向こうへポスト投函したい。
⸻
3|配信開始──ただいまは、軽く
白露ねむ:「こんばんは。白露ねむです。
今日はゲームをします。『灯台と手紙』。
静かな海と、ちいさな街。私は、手紙を運ぶ人になります」
コメント:おかえり/ゲーム助かる/この作品すき/初見
EN:Game stream! comfy / first time here
古参:“声の準備はゲームから”は正義
「BGMはなし。波の音と靴の音だけでいきます。
眠くなったら、そのまま寝てね。 それもゲームの勝ちだから」
コメント:寝落ちOK宣言w/優しい/もう眠い
EN:She said we can sleep. best streamer
画面の私(配達人)は港町で目を覚ます。
灯台は遠く、海はやわらかい。
操作説明は最低限。歩く、読む、渡す。
それだけ。
⸻
4|第一便──焼きたてのありがとう
最初の依頼人は、朝市のパン屋。
文字なのに、湯気が立ってるのが分かる。
白露ねむ:「“焼きたて”って言葉、あったかい。
“焼きたてのありがとう”って、言ってみたい」
コメント:語彙かわいい/焼きたてのありがとう=最高
EN:Fresh-baked “thank you” lol
パン屋から灯台守の孫あての手紙を預かる。
“最近眠れるようになってよかった。おやすみ、ちゃんと言っていますか”。
読むだけで胸の奥がゆるむ。
私は石段を上がり、灯台へ。
窓辺の少年に手紙を渡すと、字幕に小さなありがとう。
波が半拍だけ大きくなる。
コメント:初手で泣くやつ/優しい世界
EN:Letter about “good night” I’m crying
「配達完了。このゲーム、音のテンポが人の呼吸に似てる。
4で吸って、1止めて、6で吐く、みたいな」
コメント:4-1-6!/一緒に呼吸
EN:4-1-6 breathing squad
⸻
5|第二便──コーヒー外交
港の修理屋から「部品が届かない、催促して」の依頼。
山の上の郵便局。機嫌の悪い局長。
選択肢が出る。
1. 丁寧に説明する/2. 少し怒る/3. コーヒーを置く
「3を選びたい。言葉より先に温かいもの」
コメント:3行けw/コーヒー外交w
EN:Option 3 is peak diplomacy
湯気のテキスト。局長の眉がほどける。
手紙の束が返ってくる。「順番、変えてしまってね。港のを先に通したよ」
コメント:平和/世界が優しい
EN:Coffee solves everything
「怒らずに済むなら、怒らずに済ませたい。
怒るの、体力いるから。
でも、怒るのが守るになる時は、ちゃんと怒る」
コメント:それな/守るための怒り=覚えた
EN:Anger as protection. noted
お礼に“風鈴”をもらう。
装備すると、歩くたびチリン。
可愛い音は、可愛いお金で買いたい(※ゲーム内は無料)。
⸻
6|寄り道──海辺のポストと、届かなかった手紙
掲示板に古い手紙が貼られていた。
宛先「灯台の下に住む人」。差出人不明。
“あの夜、言えなかった「おやすみ」を、あなたに届けたい”
「置いていく、にする」
受け取る人が見つけた時に、手紙は完成する。
歌も朗読も同じ。置いて、見つけてもらう。
コメント:置いていく=名動詞/それだ
EN:“Leave it there” is so her
ベンチに手紙を置くと、波が半音だけ深くなる。
BGMはいらない。波がCメロを歌ってる。
⸻
7|第三便──名前で呼ぶ儀式
街外れの老人に、名前のない手紙を渡すクエスト。
渡す前に、相手の名前を知る必要がある。
町の人に話を聞く。
「皆は“じい”って呼ぶ」
「灯台の初点灯の日に改名した」
「海の色に似た名前」
港の看板、記念碑、小さな博物館。
見つけた名前は、蒼司(そうじ)。
「名前で呼ぶ=存在確認の儀式」
蒼司さん、と呼んでから手紙を渡すと、肩がほどけるのが分かる。
人は、本名で呼ばれると、姿勢が少し変わる。
“ねむちゃん”って呼ばれると、私の息は深くなる。
コメント:7話の続きだ/儀式…尊い
EN:Calling by name = ritual. crying again
⸻
8|もう一つの寄り道──波止場の見えない人
波止場で透明な男の人の影が座っている。バグじゃない、そういうクエスト。
「ここで待ってる」は選べない。
選択肢は、
1. 隣に座る
2. 話しかける
3. 何も言わずに同じ方向を見る
「3にする」
世界を同じ方向で見ているだけで救われる夜、あるから。
同じ方向って、言葉よりも重い。
コメント:同じ方向、いい言葉/泣く
EN:Looking the same way… wow
数分後、影が消えて、足元に未送の手紙。
“ありがとう。見張りを交代してくれて”
たぶん、それで十分。
⸻
9|スティックの遊び──斜めの歩き方
「コントローラ、左に遊びがある。
スティック、ちょっとだけ流れる」
キャラがじわじわ左へ。私は右で相殺しながら歩く。
コメント:スティックドリフトw/個体差だね
EN:Stick drift strikes again
「でも、私これ、好き。
まっすぐより、ちょっと斜めの方が、心が楽。
“修正しながら進む”って、安心する」
コメント:人生論きた/わかりみ
EN:Adjusting as you go… yes
ルナが小声で「名言出たら黙るのが私の仕事」と言って、本当に黙る。
友だちって、こういうことだと思う。
⸻
10|チャットの波──翻訳とメモ帳
EN_翻訳:「She says: ‘Money is cute when it makes the next night brighter.’」
コメント:翻訳助かる/メモった
SuperChat:¥2,440 羊使い「ひつじ2440匹、灯台の下でおやすみ」
SuperChat:¥5,000 灯り「“置いていく”を置いていく」
SuperChat:$20 EN_MoonWalker「Your steps are lullabies」
メンバー新規:毛布プラン×12
「ありがとう。無理しないでね。
スパチャの代わりに、毛布かぶるでも嬉しい」
コメント:毛布スパチャw/かぶった
EN:Blanket donation accepted
⸻
11|小さなハプニング──配達ミスとやり直し
私は道を一本間違えて、手紙を違う家に入れてしまう。
画面右上に**“誤配”**のテロップ。
住人は怒らずに、「次は合ってる方へ入れてね」と笑う。
コントローラを握り直す。頬が熱い。
「えへへ、やり直す。大丈夫、ゲームはやり直せる」
コメント:誤配も可愛い/どんまい
EN:It happens. we got you
やり直しの道の途中、波打ち際で鳥が眠っている。
鳥は、波が来るたび羽をひとつ震わせて、また眠る。
“眠るって、信頼だ”。そういうテキスト。
私は一緒に4-1-6で呼吸して、家のポストに正しく手紙を落とす。
コトン。
それだけで、十分な音。
⸻
12|ルナ、乱入(ふたたび)
天音ルナ:「ねむ、今日の声、良い意味で“日常”。歌の前の声してる」
白露ねむ:「嬉しい。……明日、録る。今の私で」
天音ルナ:「うん。視聴者のみんな、明日は“毛布+水”で“泣く準備”だってさ」
コメント:準備w/泣くの前提やめろ
EN:We’ll bring tissues
⸻
13|夜の灯台──置いた手紙の完結
夜。灯台が点く。
昼間に置いていった手紙を拾いに来る人影が見える。
誰かは分からない。
字幕に「おやすみ」とだけ出て、波が一瞬だけ静かになる。
それで完結だと思った。
「今日はここまでにします。
置いていく、って言葉、やっぱり好き。
歌も朗読もゲームも、置いて、見つけてもらうのが嬉しい」
コメント:置いていく回/優しい夜
EN:She leaves her voice, we find it. perfect
「配信、切ります。ちゃんと、押す。
おやすみ、ちゃんと言ってね?」
クリック。
赤いランプが消える。
静けさが戻る。
今日は静けさに、潮の匂いが混ざっていた。
⸻
14|裏・Discord(抜粋)
水城レン:おつ。維持率→終盤跳ね。切り抜き案「置いていく」「コーヒー外交」「同じ方向を見る」。
黒瀬ミオ:サムネ、灯台とベンチ。タイトル『置いていく夜』。
星野コウ:ENタグ #LeaveItThere #LeftForYou 固定。翻訳チーム3名追加。
霧原シン:ゲーム音-15dB、マイク-12dB、コンプ浅、正解。波が勝つのが良い。
天ヶ瀬カイ:スティックドリフト、次回までに調整。
凪野レオ:ねむの“素”が安定。夜のゲームは表情が自然。
天音ルナ:明日、歌収録の立会い行く。
春名ミナト:ネジ回し練習中(今日もいらない)。
花咲ユリ:“可愛いお金”の英訳、Cute Moneyで通称化。使いどころだけ注意。
水城レン:契約、一次合意。事務15%/本人55%。来週、書面。試用マイク来週初。
全員:おつ。
⸻
15|事務所の廊下──人の気配のする夜
事務所の廊下は、夜になると声がよく響く。
自販機のあかり、コピー機の残り香、誰かの置き忘れのカーディガン。
レンが小さく手を振る。
「ねむちゃん」
「はい」
「今日の“同じ方向を見る”、名言。
契約は私が押す。ねむちゃんは、ねむちゃんの言葉で押して」
「うん。……レン、ねむちゃんって、やっぱり、呼び方、好き」
「知ってるよ」
そう言って、いつもの笑い方をする。
笑い方って、だいたい人となりが出る。
レンは、あんまり音を立てないで笑う。
静かな笑いは、信用の音がする。
⸻
16|小さなメールと、ちいさな嫉妬
帰り道、スマホが震える。
氷室リアから短いDM。
氷室リア:「‘Leave it there’ 一生使う。クレジットは出す。not goodbye.」
白露ねむ:「Use it. I left it here for you. Good night, not goodbye.」
氷室リア:「あんた、ほんと透明。嫉妬する。寝ろ。」
嫉妬って言葉、笑ってしまった。
透明に嫉妬されるの、ちょっと不思議で、嬉しい。
嬉しいって言葉、今日は何回言っただろう。
数えない方が、いい夜もある。
⸻
17|部屋で一息──ゲームの余韻が残る指
コントローラをテーブルに置く。
指がカチ、カチをまだ覚えている。
風鈴の音は、画面を閉じても耳に残る。
チリン。
遠くで誰かが、同じタイミングで呼吸している気がする。
冷蔵庫から水を出して、コップに注ぐ。
喉の奥を水が通る音。
生きてる音。
生きてる音ばかり集めて、今日が終わる。
⸻
18|長めのノート──“素”で、置いていく
机のスタンドライトを点ける。
紙の上だけ、やさしく明るい。
「今日:『灯台と手紙』。
焼きたてのありがとう。
コーヒーで怒りをほどく(怒り=守る)。
名前で呼ぶ=存在確認の儀式。蒼司さん。
波止場の透明な人=同じ方向を見る。
置いていく=受け取られて完成。
スティックの斜め=修正しながら進むと楽。
誤配→やり直し=ゲームは優しい。人生も、少しは。
4-1-6呼吸で波と歩調を合わせる。
スパチャは毛布で代用可(毛布スパチャ)。
EN:#LeaveItThere #LeftForYou。翻訳は“人の橋”。
事務:事務15/本人55 一次合意。可愛いお金=次の夜が明るくなる。
マイク来週。**“小さいおやすみ”**録る。
ルナの乱入=空気のプロ。黙る勇気。
レンの笑い=信用の音。
リアの嫉妬=透明への嫉妬。照れるけど嬉しい。」
少し考えて、さらに書き足す。
「素:最初から素だった。8話で“素に戻る”のではなく、みんなが気づいただけ。
私は“素で置いていく”。
見つけてもらえたら、少し泣く。
見つからない夜も、置いておく。
それで、いい。」
最後に、明日のこと。
「明日:歌う。今の私で。
‘Good night, not goodbye’ の、次の行を書く。」
ペン先が止まる。
窓をほんの少し開ける。
冷たい空気が頬に触れる。
遠くで走る車の音と、冷蔵庫のコトで、世界が“夜”になる。
(おやすみ)
口の形だけで言う。
返事はない。
でも、机の上の小さなランプが、点いたり消えたりしていた。
配信じゃないほうのランプ。
それはいつも、ゆっくり、私のそばにある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます