あなたに永遠の祝福を
RUIN
第1話
世界では、近年、魔道具による発展が目覚ましい。
魔道大国エンドニア帝国では、日々新たな魔道具が開発され、人々の生活を豊かにしていた。
けれど、光があるところには闇があるように、魔道具による豊かさの裏にもまた、闇があった。
魔道具が日常になるにつれ、人々は『魔力症』を患うことになってしまった。
もちろん全ての人が、罹るわけではない。
だが以前より、確実に罹患者が増えている。
『魔力症』とは、生き物なら当たり前に持つ魔力に、原因不明の異常が起こる、治療法の見つかっていない難病の総称である。
原因不明であること、罹患者が多いものの、症状が多種多様であることで、治療ができず、難病とされている。
一つの国に留まらず、世界中の国々で見られるため、誰にでも罹る可能性がある恐ろしい病である。
唯一の救いは、人に感染しないことだろうか。
ここ、グラノルス王国でも、『魔力症』の患者は多数存在する。
病に関する職についているものは、日々、頭を抱えながら、治療法を模索している。
王族、貴族、聖職者、平民、関係なく罹るため、どのような権力よりも恐ろしい病と認識されている。
もし、治療法が確立されれば、それは何よりも大きな権力となるだろう。
ゆえに、『魔力症』を治療できると豪語する不届者も、一定数存在する。
ーーーーー
「はぁ…またか…」
グラノルス王国、ヴィンセンス・ノーナ・カロネア公爵は、執務室で、侍従長から面倒な客の報告を受けていた。
「はい、旦那様。」
「で、今度はどんな詐欺師だ?」
「人数は一人、若い女性です。あまり、この辺りでは見かけない服装でしたが、質は良いようですね。言葉も仕草も下級貴族程度の礼儀はあります。何処から聞きつけたのか、弟君の病に関して、助けになりたい、と。」
「助けになりたい、ね。まぁ、治せると妄言を吐くよりはマシだな。」
ヴィンセンスは、うんざりした顔を隠さず、言葉を吐き捨てる。
「気になることが一つ。」
「何だ?」
「公爵家の花の印証を持参しておりまして。」
「は?それは…本物か?」
思わず身を乗り出して、聞き返す。
「はい。家宰のオリヴィオ様にも確認したところ本物であると。花の印証をお持ちの方は、公爵家から保証された客人ですので、応接室でお待ちいただいております。」
「花の印証…確か、薬関係の客人だったか?だが、私は発行していない。先代からもそんな話は聞いたことがない。」
引き継がなかったのか、引き継げなかったのか、それとも盗難されたものなのか?
ヴィンセンスは椅子に座り直し、腕を組みながら考える。
「ひとまず、会ってみるしかないか。何処にいる?」
「第三応接室にいらっしゃいます。」
「わかった。行こう。」
疑問はいくつも湧き上がるが、いくら考えても結論はでない。
会う以外の選択肢はなく、重くなる気を引き締めて、客人の元へ向かった。
ーーーーー
執務室内の会話が途切れ、部屋の主人たちが移動したのを見て、魔法の接続を切る。
会ってくれるようで、ホッと胸を撫で下ろす。
そもそも会えなければ、目的を達することはできないのだから。
ーーあの時、断らずに、彼に花の印証を貰って正解だったわ。
暫し、過去に意識を飛ばしていると、応接室の扉が、外側から叩かれる。
「はい。」
座り心地のいい、二人がけの長椅子から立ち上がり、返事を返した。
扉を開けたのは、先ほどの侍従長。
ヴィンセンス様は無表情で入室し、対面の長椅子に座る。
その後ろには、侍従長が立つ。
「座れ。」
「はい、失礼致します。」
「カロネア公爵家当主、ヴィンセンスだ。まずは、花の印証を確認したい。」
「かしこまりました。」
花の印証である腕輪を外し、二人の間にある机にそっと置いた。
ヴィンセンス様はそれを手に取ると、つぶさに観察しながら、魔力を通した。
すると、花の印証部分が、柔らかく光を放つ。
「確かに。あなたの名は?」
「そうですね…カミツレとお呼びください。」
ヴィンセンス様は、確認を終えると、腕輪を机に戻した。
すぐに、私はそれを、再び手首に通す。
失くすことはおろか、傷一つつけたくない大切なものだから。
「弟の病について、公にはしていないはずだが…それで?病を癒せるとか?」
「私にも色々な伝手がありますので。病については、診てみないことには、はっきりと断言できません。ですが、病には造詣が深いと自負しております。」
「ほぉ?大した自信だ。何が目的だ?金か?権力か?公爵家か?」
「敢えて言わせていただきますと、公爵家、でございましょうか?」
「はあ?」
にっこりと音が聞こえそうな、満面の笑みで答える。
ヴィンセンス様は、はっきりと答えないだろうと思って聞いたのだろう。
ヴィンセンスのペースを崩せたようで、少し気分が上がる。
「詳しくは申し上げられませんが、遠い昔、私は公爵家に救われました。一度では返しきれないほど、大きな恩がございます。公爵家が、公爵様がお困りになられていることを、少しでも助けになりたいと思っております。」
ーーあの日、彼が私を助けてくれたように。
世界が私の敵になって、暗く深い絶望感に打ちひしがれた私に、手を差し伸べて引き上げてくれた。
あの時の恩は、一度たりとも忘れたことはなかった。
「…わかった。弟に会わせよう。ただし、私と医師も同席する。」
「かしこまりました。全力を尽くさせていただきます。」
私は深々とお辞儀をし、笑みを隠した。
ーーーーー
ヴィンセンス様に案内されたのは、上の弟君の部屋。弟君は名を、アーロン・ネトス・カロネア様という。
年齢は、現在11歳。
『魔力症』に罹ったのは、3年程前。予兆はなく、突然倒れたらしい。
初めは軽度だったが、徐々に悪化していき、現在では5段階のうち、4段階目の重度で、最重度一歩手前とのこと。
今はずっと寝たきり状態で、身体を起こすのも大変な状態なんだとか。
カロネア公爵家の専属医師だけでなく、国中の高名な医師にも見せたがうつ手がないまま、現在に至ると。
また、上の弟君ただけでなく、下の弟君であるマリウス・ナノン・カロネア様も1年前から『魔力症』に罹ったらしい。
マリウス様は現在9歳。
こちらはまだ、1段階目の軽度とのこと。
ちょうど今の時間は、アーロン様の診察時間で、医師も部屋にいるとのこと。
移動しながら、ヴィンセンスには弟君たちの状態を聞き取っていく。
そうこうしているうちに、アーロン様の部屋に着いたようだ。
侍従長が扉の前で、若い侍従に取り次ぎの伺いをしている。
若い侍従に案内されるまま、寝室へと入る。
枕元に椅子を置いて座っている子どもが1人。その横に、白衣を着た50代くらいの男性が1人。
ベッドに横たわる人物の顔は、2人によって隠れている。
部屋に入った私たちに、気づいた2人がこちらを見て、白衣の男性が礼をとる。
「グレアム、どうだ?」
「はい。アーロン様もマリウスも、幸いにも進行が止まっております。ですが、アーロン様は、今日は調子が悪い日のようで、食事を受け付けておりません。そのため、栄養剤を飲んでいただいております。」
「そうか。わかった。」
「ところで、そちらの女性は?」
「あぁ、紹介しよう。名はカミツレ。弟たちの病について、協力したいとのことだ。白衣の方が、公爵家専属医師のグレアム・オーウェン。椅子に座っているのが、下の弟のマリウス。ベッドにいるのが、上の弟のアーロン。」
「カミツレとお呼びください。何か助けになれればと思います。」
「まだお若いその女性が、ですか…」
グレアム医師は、怪訝そうな顔を隠さず、こちらを見た。
専門職は、技術の取得にかなりの時間がかかるため、年齢層が高いのが普通だ。
グレアム医師が怪しむのも無理はない。
マリウス様は、キョトンとした顔でこちらを見ている。
「公爵様、アーロン様を診させていただいても、よろしいでしょうか?」
「ああ。」
ヴィンセンス様の了解を得て、ベッドを回り込んで近寄る。
アーロン様は病で食事が取れていないのか、明らかに痩せていた。
顔には血の気がなく、年齢にそぐわない小さな身体だ。
ボーっとしたような、虚ろな目を私に向ける。
私は、持っていた肩掛けのカバンから、手よりも一回り大きな、黒い板を取り出した。
「それは?」
「身体の状態を調べるためのもので、ヘルフェン・ヘフトというものです。危険はありません。」
「ヘルフェ…?聞いたことがない。」
グレアム医師は、ますます怪しむような目で見てきた。
ヘルフェン・ヘフトを知らなくても無理はない。
ここの技術では作れないし、そもそも作るための材料も集められないだろうから。
初めて見るものに、不安があるのは当然のこと。
危険がないとわかってもらうために、一度試した方がいいだろう。
「ここに手を置いて、青く光ると完了です。」
実際に、板に手を置いて見せてみる。
十数秒後、青く光ると手を離す。
手を離すと光が消え、代わりに緑の光で書かれた文字が浮かび上がる。
「このように、身体の状態が文字に現れます。ただ、この文字は第三者にわからないように、私しか読めない文字で書かれてあります。患者の身体の状態が、誰にでも知れ渡るのは良くないので。」
「危険がないのならいいだろう。」
ヴィンセンス様から、許可を得ることができた。
「では、アーロン様、お手を失礼いたします。」
「…ん…」
微かに返事をくれたアーロン様の手を取り、板の上に置く。
しばらくすると、先ほどのように板が青く光る。
「ありがとうございました。」
そっとアーロン様の手を取り、布団の中に戻す。
板を見ると、次々と緑の文字が記されていくのを追うように、上から読んでいく。
ーーー
〈名〉アーロン・ネトス・カロネア 〈年齢〉11
〈状態〉衰弱 (栄養失調、魔力過剰吸収)
〈職業〉カロネア公爵家子息
〈HP〉6/140
〈MP〉1854/150
〈STR〉3/120
〈VIT〉10/150
〈INT〉50/120
〈ATK〉2/50
〈DEF〉2/50
〈RES〉1/50
〈AGI〉1/50
〈DEX〉2/40
〈LUK〉12
〈称号〉ー
〈付加〉
『魔力症』(過剰吸収、魔力塊、循環不能、排出不能)
『魔力過敏症』
ーーー
「これは…」
アーロン様衰弱状態で、軒並み数値が悪い。
また、体内魔力の状態も悪く、危険域に入っている。
何処から手をつけるべきか悩むところだ。
「どうだ?」
「時間はかかりますが、治すことは可能かと。」
「なっ…!!」
「嘘をつくな!」
室内にいる人々は、皆険しい顔で怒りを露わにする。
それを感じながら、私は淡々と説明する。
「アーロン様は、魔力過剰吸収、循環不能、排出不能を患っております。また、循環できずに魔力が固まり、魔力塊ができています。これが『魔力症』の原因です。治療は3つ。」
①魔力吸収の抑制と排出
②魔力循環
③魔力塊の解消
「それをすれば、治るのだな?治せなければ、お前の命はないぞ。」
「問題ございません。治せないものを治せるとは言いませんから。」
「そこまで言うなら、やってみろ。」
「公爵様!?」
「くどい。手をこまねいている現状で、治療法があるなら試すべきだ。ただし、完治するか、完治する目処が立つまでは、邸から出ることを禁じる。必要なものがあれば、侍従長のワーグに申し出るように。」
「かしこまりました。全力を尽くします。」
室内は、不満や反対の意見が多そうだが、ヴィンセンス様が黙らせた。
このままでは、アーロン様の命が危ないと言うのに、現状では手立てがないから、可能性のある方法を試したいのだろう。
期待はされていないかもしれないが、私は私のできることをするだけだ。
「ワーグ、客室と侍女の用意を。」
「かしこまりました。」
侍従長ワーグは、一礼すると部屋を出て行った。
「公爵様、マリウス様も診させいただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ。」
「マリウス様、お手をお借りしても?」
ベッドを回り込み、マリウス様に近づく。
「…え、あ、うん。」
マリウス様は未だに混乱中の様子であったが、素直に板に手を置いてくれた。
アーロン様と同じように、板から情報を読み取っていく。
ーーー
〈名〉マリウス・ナノン・カロネア〈年齢〉9
〈状態〉魔力不足
〈職業〉カロネア公爵家子息
〈HP〉105/130
〈MP〉20/120
〈STR〉 200/250
〈VIT〉110/140
〈INT〉100/100
〈ATK〉50/60
〈DEF〉65/70
〈RES〉72/80
〈AGI〉60/70
〈DEX〉45/50
〈LUK〉38
〈称号〉ー
〈付加〉『魔力症』(魔力吸収不能、魔力回路損傷)
ーーー
「マリウス様の『魔力症』は、魔力回路破損によりって魔力吸収が十分にできていないことが原因ですね。こちらは、すぐにでも何とかなりそうです。このまま、治療しても?」
「ああ、かまわない。」
「マリウス様、お手を失礼します。身体は楽になさってくださいね。」
「うん。」
マリウス様の側に跪き、私の両手とマリウス様の両手を膝の上で合わせる。
私の左手から、マリウス様の左手に微弱な魔力を通す。
左手から左肩に、左肩から頭に、頭から右肩に、右肩から右手に、右手から右足に、右足から左足に、左足から左手に、ゆっくりと魔力を循環させる。
途中、魔力が漏れる場所、つまり、魔力回路が、傷ついている場所を見つけた。
左手で魔力を流したまま、右手で見つかった損傷箇所を癒していく。
損傷箇所は3箇所。
少し傷ついているだけなので、すぐに癒すことができた。
「マリウス様、お疲れ様でした。ご気分はいかがですか?」
「なんだか身体がポカポカする。」
「痛い所や、気持ち悪い所はございますか?」
「大丈夫、問題ないよ。むしろ、いつもの怠さがなくなった。」
「それは、ようございました。薬を処方するので、5日間、寝る前に飲んでくださいね。」
「うん。」
「マリウス様、私にも診せていただいても?」
「いいよ。」
私は、グレアム医師に場を譲り、少し離れて控える。
グレアム医師は魔術を詠唱し、マリウス様の頭や身体に手をかざして、診察している。
「…異常、ありません。私が診る限り、完治していると思われます。」
「「「!!」」」
グレアム医師は、信じられない様子で何度も確認していた。
完治の言葉に、その場にいた誰もが、驚きと喜びを隠せない。
若い侍従は、静かに涙を拭っていた。
「…治った?本当に…?また、前みたいに乗馬も剣もできる?」
「ああ、好きなだけするといい。」
マリウス様は、やっと事実に追いついたのか、呆然と呟くと、静かに涙を溢した。
そんなマリウス様に、ヴィンセンス様は近づいて肩を抱いた。
ーーー
あの後、泣き疲れて寝てしまったマリウス様を、若い侍従が抱えて連れて行った。
彼は、マリウス様の専属侍従であるナーヴェ・ヘレンだと、紹介してもらった。
アーロン様は疲れていたようで、いつの間にか眠っていた。
アーロン様の専属侍従は、キース・ヘレンと言い、ナーヴェ様の兄とのことだ。
私、ヴィンセンス様、グレアム医師は、ヴィンセンス様の執務室に移動してきた。
部屋の前では、侍従長と合流した。
侍従長は、お茶の準備をした後、壁際に控えている。
ヴィンセンス様が1人掛けの椅子に、ヴィンセンス様の左右に、私とグレアム医師が向かい合う形で座っている。
「では、弟たちの状態と治療について、詳しく教えてもらいたい。」
「かしこまりました。ヘルフェン・ヘフトでは、触れた者の状態が確認できます。名前、年齢、体力、魔力、体調、病気など、様々な情報を確認することができます。私はこれをステータスと呼んでいます。」
「ステータスは知っている。教会やギルドに行けば、調べることができるからな。だが、精々名前、年齢、犯罪歴、適正、教会ならそれに加えて加護、その程度しかわからない。それほど詳しく調べられる物など存在しないはずだ。存在していたら、それこそ騒ぎになるからな。」
「詳しくはお伝えできませんが、門外不出のアーティファクトとでも思っていただければ。」
「アーティファクト…神の遺物か…確かに、それほど詳しく調べられるなら、そう言えるだろうな。何処から手に入れたのかは聞かないでおく。」
「ご配慮、感謝申し上げます。それでは、アーロン様とマリウス様のステータス、ステータスからの推測、治療についてご説明いたします。」
『魔力症』と一概に言われているが、症状は多岐にわたる。
現に、アーロン様とマリウス様の症状は、正反対と言っていい。
アーロン様の『魔力症』は、魔力の過剰吸収と排出不能によるものが原因である。
もともと、魔力に過敏な反応する体質であったことが、ステータスでわかった。
そんな中、何らかの理由で、空気中や食べ物、他者などから、排出が追いつかないほど魔力を過剰吸収してしまった。
魔力は、多ければいいと言うわけではない。
過剰な魔力は、身体の機能を破壊していく。
体内から排出されない魔力は、固まって魔力塊となった。
魔力塊ができたことで、魔力循環が悪くなり、さらに排出ができまくなった。
また、悪化した原因として、魔力で治療を受けたことも挙げられる。
結果、ステータスに魔力過剰吸収、循環不全、排出不能と記されることになった。
治療について、第1段階として、魔力を極力吸収せないようにする。
方法として、
・部屋に魔力遮断の結界を張ることで、空気中の魔力を最小限に抑える。
・部屋では魔道具や魔術の使用を最低限にする。
・肌に直接触れないようにする。
・食べ物は、魔力の含有量の少ないものにする。
・薬で、魔力吸収を抑える。
第2段階として、体内の魔力を排出する。
・魔道具を使って、体内の魔力を吸収し、外に排出できるようにする。
・ある程度回復したら、魔晶石を作る。
第3段階として、少量の魔力を流し、魔力を循環させつつ、魔力塊を解きほぐす。
また、循環させる効果を持つ薬を使用する。
「まさか、魔術診察や薬で、悪化させてしまったなんて…」
グレアム医師は、自分の治療を振り返り、顔を青ざめる。
ーー反省は、後で、私のいないところでして欲しいな…
グレアム医師の呟きを聞かなかったことにして、話を進める。
「魔力遮断結界は、この魔道具を部屋の四隅に置いてください。魔力含有量の少ない食べ物は、こちらのリストを参考に。赤いリボンの付いているビンは、ティーカップ一杯のお湯に、ティースプーン一杯を溶かして、毎晩一回飲んでください。体内の魔力吸収と排出の魔道具は、こちらの一対の腕輪を両手首につけてください。」
鞄から必要なものを出して、一つずつ丁寧に説明していく。
「早くて1、2週間で効果が出ると思います。その後に、魔力循環と魔力塊の解消をしていこうと思います。」
「わかった。言う通りにしてみよう。だが、何故ここまで用意周到なんだ?あらかじめ予想していたのか?」
治療については、問題ないようだ。
治療は、信頼の下に行った方が効率がいい。
何とかなりそうで、少しホッとする。
だが、準備が良すぎたことで不審を誘ってしまったらしい。
「『魔力症』と呼ばれる病は、大きく分けて6つのパターンがあります。魔力過剰吸収、魔力吸収不能、魔力過剰排出、魔力排出不能、魔力過剰循環、魔力循環不能です。根本的な原因は、大抵の場合、魔力回路損傷または魔力回路欠如です。」
もちろん、例外や重複してる場合もあるため、一概には言えない。
アーロン様の場合は、例外である『魔力過敏症』と各種症状が重複していた。
マリウス様は、典型的な魔力回路損傷による魔力吸収不能。
原因や症状に予想がついたから、始めから準備ができた。
「治療不可能な難病である『魔力症』を、こうもあっさり解明されるとはな。」
ヴィンセンス様は、グレアム医師をチラッと見ながら、これまでの医師らの努力は何だったのかと、思わず苦笑いを溢した。
「マリウス様についてですが、魔力回路は修復しました。一気に魔力を回復されるのはよくないため、魔力吸収を調整しながら助けてくれる薬を飲んでください。飲み方は、1日3回、アーロン様と同じように飲んでください。」
ビンを間違えないように、緑色のリボンをつけたものを、少し離して机に置く。
「そうか。これは、国王陛下に奏上しても?」
「それは構いませんが…」
「何だ?」
「失礼ながら、申し上げます。今まで『魔力症』の詳しい症状も原因も解明できずにいた方々が、正しく診断、処方、魔力回路の修復ができるとは思いません。」
「なっ!!」
「ならば、あなたが研究や治療り協力してくれればいい。時間はかかるかもしれないが、いずれ治療法は確立されるだろう。あなたにとっても悪い話ではないのでは?」
反論しようと声を上げた、グレアム医師を制し、ヴィンセンス様は続きを促す。
確かに、普通ならば、とても栄誉なことだろう。
その功績は讃えられ、国王陛下に覚えていただける絶好の機会だ、普通なら。
ーーけど、そんな物は私に必要ない。
「申し訳ございません。私は、公爵家の方以外の方を、診察することも治療することもあり得ません。誰に何を言われようとも、これを覆すつもりはありません。」
絶対にしないと言う意思を込めて、ヴィンセンス様を見る。
「さすがに、無礼が過ぎるぞ!それに、あなたも医師ならば、患者の命を救おうと思わないのか!?」
ヴィンセンス様が答える前に、向かいのグレアム医師が怒りの声を上げる。
グレアム医師は、良い医師なのだろう。
分け隔てなく患者を救い、命を掬い上げてきたのだろう。
けれど、それは私には関係のないこと。
私には、私の信念がある。
自分の考えを絶対とし、逸れることを許さないのだろう。
医師として、その志は、客観的に見て素晴らしい物だと思う。
だが、それを押し付けないでほしい。
私は、段々と思考が冷めていくのを感じていた。
「グレアム、そこまでだ。あなたの考えは、素晴らしい物だが、これ以上は、押し付けでしかない。やりたくない者に無理矢理やらせても、成果は出ない。あなたがする事は、彼女がここにいるうちに、その知識や技術を見習い、それをまとめて治療法を確立させる事だ。」
「…くっ…かしこまりました…」
「カミツレ、客室に案内させる。滞在中は、そこを使うように。ワーグ、頼んだ。」
「かしこまりました。ご案内いたします。こちらへどうぞ。」
ワーグ様に促されるまま、執務室を後にした。
ーーーーー
案内されたのは、日当たりのいい、広い客室だった。
部屋では、侍女が2人、丁寧に礼をしてきた。
「カミツレ様、お世話をさせていただく侍女を紹介します。エレナとマーシャです。」
「初めまして、カミツレお嬢様。誠心誠意、お支えさせていただきます。エレナ・シシィと申します。」
「マーシャ・サヘルと申します。何でも、お申し付けくださいませ。」
「エレナ様、マーシャ様、よろしくお願いします。」
「まぁ!カミツレお嬢様、私たちは侍女ですので、敬称を付けずにお呼びくださいませ。」
「私は平民で…いえ、では、エレナさん、マーシャさんと。」
「かしこまりました。」
侍女といえども、家名があるという事は貴族という事。
対して、こちらは平民。
それを伝えようとしたが、2人から無言の圧力を感じた。
決して、圧力に負けたわけでは…ない、はず。
「では、私はこれで、失礼します。」
ワーグ様が礼をして、部屋を出て行った。
「カミツレお嬢様、お茶をご用意させていただいております。こちらへどうぞ。」
示された方を見ると、いい香りのするお茶をお菓子が置いてあった。
いい香りに釣られて、長椅子に座る。
「…美味しい。」
「それは、ようございました。」
「では、私たちはこれで。何かございましたら、ベルでお呼びください。」
「わかりました。ありがとうございます。」
「いえいえ、それでは、失礼致します。」
2人の侍女が出ていくと、途端に部屋を静寂が包む。
ーー疲れた…。
背もたれに頭を預けて、大きく息を吐く。
自分で思っていたより、疲れているらしい。
それにしても、あの2人、エレナさんとマーシャさんは、もう公爵家で働いていたのか。
2人に会うのは、本当に久しぶりだった。
ひとまず、弟君たちは問題ない。
予想していたより、状態は良かった。
アーロン様は、1か月もすれば私の手を離れ
、日常に戻れるだろう。
これでまず1つ、ヴィンセンス様の憂いは晴れる。
これが終われば、次は何処へ行こうか。
戻るべきか、それとも進むべきか。
アーロン様が、私の手を離れるまでに準備する必要がある。
ーー後、1か月。
やるべき事は、沢山ある。
薬の調合、魔道具の作成、『魔力症』についての資料、情報収集、今回の記録、次の行き先。
前回は、『魔力症』が何かわからなかったせいで、失敗して助からなかった。
今回は、きちんと準備ができたから助かった。
でも、慢心してはいけない。
慎重に、動かないと。
今度こそ、彼からもらった恩を返そう。
そのために、そのためだけに、私は生きているのだから。
夕闇が部屋を包む中、そっと目を閉じた。
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