逢瀬のままに
兼穂しい
第1話
出張先の札幌で正明と沙織の仲は急速に縮まっていった。
居酒屋でいい感じに酔って宿泊先のビジネスホテルへ向かう二人。
「この辺はラブホテル多いですね。」
沙織がポツリと呟く。
「入ってみる?」
正明は渡りに船とばかりに答えた。
呆気にとられる沙織。
* * *
「昨日のことはお互い忘れましょう。」
沙織はラブホテルの鏡の前で身支度を整えながら、静かに言った。
その言葉を聞くやいなや、正明は彼女を抱き寄せ、情熱的に唇を重ねる。
明確なる拒否、それが正明の返答である。
その日を境に残りの出張期間、正明は連日沙織を求め続けた。
沙織は困惑しつつも、「北海道にいる間だけだからね」と正明を受け入れた。
* * *
出張最終日、東京行きの機内。
窓の外には雲海が広がる中、正明は沙織のスカートの中に手を滑らせ、内腿を撫でる。
「ダメ」――周囲に気づかれないよう、沙織は声を出さずに唇だけを動かした。
「ここはまだ"北海道"上空だから。」
正明がそっと耳元で囁く。
"北海道にいる間だけだからね"
二人が一つに交わっている時に沙織が定めたルールを、正明は忠実に守っているという理屈である。
それが腑に落ちたからこそ、沙織は内腿を撫でる正明の手を押さえるだけで、無理にどかそうとはしなかった。
* * *
羽田から乗ったバスが二人の住む街に到着した。
沙織はここから更に電車に乗る。
駅へ向かおうとした沙織の別れの挨拶を、正明が遮った。
「沙織ちゃん、あれ!」
「あ、」
正明の顔を見つめたあと、沙織はふと背後を気にする素振りを見せた。
それが駅へ向かいたいという気持ちの表れなのか、それとも知り合いに見られてはいないかという警戒なのか、正明にはわからなかった。
一か八か、沙織の手首を掴んで引く。
抵抗せずに彼女は付いて行った。
二人の進む先には建物がある。
その名はホテル「サッポロ」。
"北海道にいる間だけだからね"
ルールを破らずに沙織を抱ける場所。
二人の出張はまだ終わらない。
* * *
それ以来、二人は時々"北海道"に行った。
東京の"北海道"。
決して、入るところを人に見られてはならない二人だけの"北海道"。
ある日、予期せぬアクシデントが訪れた。
ホテルが取り壊されたのである。
それ以来数週間、正明は律儀に指一本、沙織に触れていない。
しかし、その我慢ももう限界に達していた。
* * *
仕事で手を負傷した正明。
気の毒に思い、沙織は車を出して買い物に付き合った。
助手席の正明は、一か八かの賭けに出る。
そっと運転席の沙織の太腿に手を置いた。
「ここ北海道じゃないよ。」
スマホ画面を沙織に見せる正明。
「・・・ずるい。」
「・・・スケベ三昧。」
* * *
スマホ画面には「北見」の検索結果が表示されていた。
「北海道の市」とある。
沙織の苗字は「北見」。
『沙織そのものが"北海道"』というのが正明、起死回生の解釈だった。
だがそれは、どこでも沙織を抱けることを意味する。
正明にとって虫のいい話だが、もはや後には退けない。
沙織の太腿に置いた手が汗ばむ。
(俺を拒むか・・・怒っているのか・・・)
信号が青に変わり、沙織がアクセルを踏み込む。
車がホテル「スケベ三昧」の駐車場へと入って行く。
~ Fin ~
逢瀬のままに 兼穂しい @KanehoShii
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