川の流れ

秋野 公一

高校の頃好きだった女子を、僕は映画を見ながら思い出していた。

女の子が電話ボックスで男の子と出会い、一夏を過ごし、女の子がいなくなってしまう話だ。

昔の僕なら泣けたのだろう。

今の僕の心は乾いた大地のように、雫が垂れたところですぐに蒸発してしまう。

僕は、ずるずるとはじまるエンドロールで自分の内面と向き合った。

僕は、いつから感受性が死んでしまったのだろう。あるいは殺してしまったのだろうか。昔は涙を流し、鼻を啜ったモンだが、昔のことはよく思い出せなかった。

少し前に、友人と再会した。

友人と会うのは2年ぶりで、彼は先生になっていた。立派かどうかはわからない。それを決めるのは僕ではなく、教え子たちの役目だ。

彼から、あの女の子が結婚する話を聞いた。

僕は、平静を装い、女の子とその旦那に乾杯した。

二人ともよく知っている。いや、旦那のほうはよく知らない。

女の子は、高校の頃好きだった、いや今でも好きな女の子だ。

女の子は、天使のように白い肌で透き通った声と少し気だるげな雰囲気だった。

性格はヤバいとの話もよく耳にしたが、そんなこと僕にはどうでも良かった。

その女の子が結婚するらしい。同じクラスで才色兼備だったやつと。

羨ましい。悔しい。寂しい。様々な感情が胸の奥底から湧いては消えていった。いや、本当は胸に沈殿している。まだ、愛している。あの女の子に会うために生まれてきたのだから。彼女と記したいが、それは許されない。付き合っていないのだから。

あの子と行った花火大会。隅田川の花火大会は今でも、朧げながら覚えている。

むしむしとあつく、気だるかった。それでも、僕は周囲の音を忘れるくらいあの子の顔を見つめていた。

もう七年前になるだろうか。

あの子の手を握っていたら、想いを伝えたいたら、僕はこちら側にこなかったのかもしれない。

将来の旦那が、こうして文を綴っているのかもしれない。

ありえたかもしれない未来。ありえなかった未来。

僕は彼と別れ、一人帰路についた。

0.2秒で僕の脳裏に記憶が駆け巡っては消えていった。

その思いを引きずるように川を見に行った。

僕は心が落ち込むと、川に行く癖があった。

その日は心地よい風と行く川の流が絶えることはなかった。

僕は川原を歩き、川幅が細くなると流れが早くなることを発見した。

僕は辺に腰を下ろし、しばらく川の様子を眺めていた。

もうすぐ冬が来る。心地よい風が僕の心の悩みを、つっかえた過去を吹き飛ばしてくれたような気がした。

またどうせ同じことで悩むのだろう。

ただ今は、風と流れに免じて、あの懐かしくも寂しい過去を、自然の成り行きに任せようと思う。

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川の流れ 秋野 公一 @gjm21

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