この物語は誰かが書いた手紙の文章から始まる。
この手紙を書いた人が古本屋で偶然、主人公が好きだった詩集を見つけたという話から始まり、ある二人のカップルの思い出話が手紙という形式で語られていく。
読んでいくうちに、なんとなく感じてくる。
ああ、この手紙を書いた人はおそらくもう……と。
手紙が終わると、それを読んでいたある人物の心情や彼が見ている景色のことが語られる。
とても鮮やかな文章で心理描写や情景描写が紡がれていて、彼の切ない思い、そして手紙をもらってから経過した時間の長さなどが如実に伝わってきました。
最後まで読んで、悲しい物語だな、と思いましたが、それだけじゃなく、どこか爽やかさや温かさも感じられる、読後感が素晴らしい作品でした。
今は手紙なんてほとんど書かず、チャットツールなどで会話をすることが多いと思います。
しかし、手紙で伝えるからこその良さがある。
それを再認識させてくれた物語でした。
何もかもが美しい。使われている言葉が、それを紡ぐ作中人物の心が、二人の心の中にある想いが、全てがとにかく美しい。
一人の女性が、恋人へと向けて綴った手紙。
「紙の本の匂い」についてのこだわり。そして、彼がしたためた文章についての感慨。
彼と過ごした時間と、その時その場所にしかない「空気」についての想い。
「彼女」がいかに「彼」と過ごす時間を大事に想い、その一瞬一瞬を強く心に刻んできたのかが鮮明に伝わってきます。
大切な人と過ごした時間を五感でしっかりと感じ取り、それを何度も何度も反芻し、一つの言葉へと練り上げて行ったに違いない。
「月が綺麗」という言葉。「彼」の発する言葉の数々を愛していた彼女。
その言葉は飴玉のように甘く、口の中で静かに溶けて広がっていく。
何度も何度も読み返したくなる、静かに、それでいて強く心に響いてくる作品でした。