3-1話 櫻井剣人の異世界転生

 これから始まる三章は、主人公のテルではなく、テルの友人の剣人ケント視点の物語になります。

 テル朔夜サクヤたちと共に異世界転移する裏で、剣人ケントを含めた残りの転移者たちはどうしていたのか?

 そういう裏側とキャラ紹介的な内容で、他の章の半分以下の話数で終わる予定です。


(※このあとからが第三章本編です)


 * * *


 ――文化祭前日、例の爆発事件があった夜。

 白羽矢高校の校門前に、一台のタクシーが停まった。


「ごめん剣人ケント、お金払っといて!」

「おいテル! ちょっと待てよ!」


 一目散に校舎へと駆け込むテル

 置いて行かれた剣人ケントは急いて支払いを済ませるとその後を追った。

 その途中、担任の山本やまもと先生ともう一人、見覚えのないスーツの女性とすれ違う。


「こら、あなた達! どうしてまだこんなところにいるの!」


 山本やまもと先生から叱咤を受けるが、今の剣人ケントに構っている余裕はない。

 そのまま廊下を駆け、剣人ケントがラノベ部の部室へ到着すると、そこには――


 ――ガッシャーンッ!


 大きな音を立てて、ラノベ部の奇妙な展示物に倒れ込む女生徒――たしか陽莉ヒマリと同じラノベ部の部員だ――と、その傍でパニクった様子のテルの姿があった。


「おいテル、何やってんだ!」


 剣人ケントは慌ててテルに声をかける。

 その後の剣人ケントの叱責により落ち着きを取り戻したテル

 そこへ――。


「キミたち何をやってるの! あれだけ言ったのにどうしてまだ帰ってないの!」

「おい、いったい何があったんんだ!?」


 背後からの声に剣人ケントが振り向くと、先ほどすれ違った山本やまもと先生と見知らぬスーツ女性が駆けつけて来ていた。


(まずいな、先生に見つかったら問題になっちゃうんじゃ……)


 剣人ケントがそんな不安を覚えた時――突然テルが激しく行動を起こした。

 陽莉ヒマリの腕を引き部室の隅に押し倒し――

 彼女の上に覆いかぶさるように身を投げ出す――。

 そんなテルの様子を、剣人ケントは訳も分からず見送っていた。


(いったい何が――?)


 混乱する剣人ケントの目の端が、ふと奇妙なものを捕らえた。

 倒れた女生徒の下敷きになった奇妙な展示物――その中にあった奇妙な箱。

 それにはケーブルやデジタル表示板などがついていて、まるで映画で見た爆弾のような――。


(――って、まさかホントに爆弾――!?)


 ――その瞬間、剣人ケントの世界が真っ白に塗りつぶされた。


 * * *


 ――次元の狭間にある真っ白な空間。

 空も大地も真っ白で、地平線だけが一本の線として見えている。


(えっと……何だろう、ここ? 俺は何でこんなところに……?)


 いまだ意識がハッキリしない中、剣人ケントはその不思議な光景に戸惑っていた。


(確か爆破事件に遭遇して、慌てて学校に駆け付けて……。走り出したテルを追って……そして……そうだ、爆発に巻き込まれて俺は死んだんだ。死んだ……はずだけど……)


 ボーっとする頭のまま思考を巡らせる剣人ケント


「――というわけで、貴方には剣と魔法のファンタジーな世界に転移していただきます」


 何か喋っている人がいるようだが、剣人ケントの頭には入ってこない。


(ああ、ひょっとして……全部夢だったのか……)


 いろいろと考えを巡らして、ようやく思考がまとまってきた剣人ケント

 

「チートは一律同じものになりますので、リクエストは受け付けません。……って、聞いてますか、ケント・サクライくん?」


 ようやく周りを気にする余裕の出てきた剣人ケントが、先ほどから自分に語りかけてきていた人物を改めて確認する。

 声の主はこの空間と同じように、全身が真っ白な不思議な少女だ。


「えっと、キミは……?」

「やれやれ、その様子だと全く耳に入っていなかったようですね。仕方ない、改めて説明しましょう」


 そして彼女――ニンフィアと名乗り女神を自称する少女――が語ったのは、剣人ケントは連続爆破事件によって死亡し、これからチートを貰って異世界転移をするという、要約するとそんな内容だ。


「どうです、ご理解いただけましたか?」


 一応聞いてはいるのだが、サブカルに疎い剣人ケントにはその内容がいまいち消化しきれていない。


「えっと……チートって何?」

「そこからですか、厄介な……。貴方、ラノベとか読まない人ですか?」

「友達は読んでたけどオレは全然……。そうだ、『時をかける少女』なら読んだことが……」


 呑気に剣人ケントがそう言った途端――


「――『時かけ』はラノベじゃありませんっ!!!」

「ひぃっ! ごめんなさい!」


 ――地雷を踏みぬいたのか、一瞬にして怒りゲージが振り切れた様子の自称女神様。


「日本SFの名作をラノベ扱いなんて、いくら死んだからって許されませんよ!」

「……いま一瞬、背後に阿修羅が見えたような……」


 あまりの剣幕に怯む剣人ケントと、怒りのままに愚痴り始める女神様。


「ともかくですね……あーめんどくさい! ただでさえイレギュラーな転移で、いつもより人数が多いって言うのに! 日本人なら異世界転移くらい必修で覚えなさいよね!」


(異世界転移……ってアレだよな、陽莉ヒマリが好きなやつ。確か……死んでゲームの世界に紛れ込むんだっけ?)


 普段ラノベは読まない剣人ケントだが、テル陽莉ヒマリが語るラノベの話題に、今の状況と同じような内容があった事を聞き覚えていた。

 とはいえ――。


(まぁでも現実にそんなことがあるわけがないし、これって間違いなく夢だよな?)


 ――と、全く信じていない様子。


「送り出さなきゃいけない人間はまだ半分も残ってるのに……。こんなのばっかりだとやってられないわよ!」


 愚痴り続ける女神様に、剣人ケントはなんとなく提案してみる。


「えっと……。よく分からないけど、忙しいなら俺の事はサクッと終わらせてくれていいぞ?」

「……へ?」

「ラノベには詳しくないけど、なんとなく状況は分かったし。送らなきゃいけないところがあるなら、さっさと送っちゃってくれよ」

「……いいんですか、ケントくんはそれで?」

「うん、構わないからやっちゃって」


 気楽に答える剣人ケント

 ただその内心では――


(どうせコレ夢だしなぁ……)


 ――と付け加えられているのだが。


「うーん……まぁいっか。どうせ地上でも色々と説明を受けるだろうし」


 悩んだ結果、剣人ケントの提案を受け入れた女神様。


「それじゃ行きますね。さよーならー」

「あ、はい」


 自称女神の合図で、再び剣人の意識が薄らいでゆく……。


(……変な夢だったなぁ…………)


 剣人ケントは白に溶け込むように消えながら、呑気にそんな事を考えていた。

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