8:君の"希望"になりたかった
「イドって名乗ってるのは、やっぱオーナーからすか?」
「オーナーは私たちにとって希望だった。クソッタレの人生に差した太陽そのものだ。……似てるだろ?」
「泣きそうなぐらいには似てるすわ」
「だが、いい加減、受け入れないといけないな。私達は」
急にイドの顔が曇る。やはり、彼女たちの心の核は、本当の『山猫山』のオーナー、イド・ヴァレンタインにあるのだ。思わず息を呑んだ。
「オーナーは死体を拾って料理して提供するために、リヴァイアに留まってたんすよね」
「そ、それは……」
ローランは思わずという様子で立ち上がった。その目は、既に下げられている料理を見ているようだった。
私も同じ感情だった。食べた料理がせり上ってくる感覚があった。
「人肉を、料理に……使っていたってことか!?」
「安心しろ。お前たちに食わせた料理には入っていない。本当の『山猫山』じゃなくて良かったな」
「そうなんすよね。……オーナー、別の戦争で飢餓に喘いで人食べたらしくて、しかも、それがとんでもなく美味しかったらしく、手伝いのあたしらにも内緒で人を材料にしてたんすよ。リヴァイアなら楽に死体手に入りますから。やばい女っすよね」
「や、やばいで済むか!」
ローランは声を荒らげる。それをアヤノもイドも同じ神妙な表情で見つめている。
戦争下で人を食べることは、多くは無いが行われていたことはあるらしい。飢餓と戦闘による極限状態が、理性の蓋をこじ開けてしまうのだろう。
ローランの反応が正常だ。同族を食すことは、人として感情が咎める。
「ここにリーダーはともかく、ローランが迷い込んだ意味が分かった気がしますわ」
「同感。さすが私だな。希望だった。希望だったのさ、そんな人間でも。私たちにとっては、あまりに眩しい希望だった」
「……何故、そう思うのだ?」
ローランはゆっくりと椅子に腰を下ろす。彼が初めて、イドを真っ直ぐ見据えている。ようやく、彼女を『仲間のエス』であると認識したように見えた。
「花街に生まれた当然の流れとして、あたし、まあ……そういう仕事につけって。十歳になった頃、だから五年前か。んなもん、あたしの性格から考えてもらいたいんすけど、向いてないじゃないすか。でも、あたし体格に恵まれなかったし、戦闘に向いてない弱者なんて人権ないみたいなもんすから、それしか道がないって。でも嫌で嫌で逃げたんす」
「その逃げた先が、『山猫山』ということか」
「"どこでもない空間"。それがちょうどよかったんだ。誰も私を追えなかった。オーナーは料理の材料こそぶっ飛んでいたが、リヴァイアでは珍しい……お前たちのような、まともな考えの人間だった」
隣でローランが歯を食いしばる音が聞こえた。
エスの理想の中に「リヴァイアの狂ってる考えに染まってない人」が含まれていることを思い出す。彼女にとって、不本意なら身を売らずともよい、と言われるだけで、希望だったに違いない。イド・ヴァレンタインの元では人間でいられたのだ。
そう思うと同時に、彼女に手を差し伸べる人がもっといれば良かったのに、と思った。
エスの死刑理由は、軍部に逆らったこと。そして、人肉食(イド・ヴァレンタイン)の片棒を担いだことーーだろう。
「エス、……エス・スティングレイ。私、もっと早く、君に……会いたかった。君が、死刑になる前に。君の"希望"になりたかった」
私が発した声は震えていた。
「何、感極まってんすか、リーダー。……コギトリーダー。その言葉だけで超嬉しいすわ」
この言葉を発したのは、イドだ。目が赤いままだった。イドがエスの口調で話している。
「ローランも怒ってくれてありがとう。歯食いしばる癖、あんま良くないんでやめた方がいいすよ」
イドは最後に視線をアヤノにやった。
「エス。……謝罪ならいらない。誰も悪くなかった。オーナーも、エスも。強いて言うなら世界が悪かったんだ。だから、私(イド)に私(エス)を守らせてくれ」
「いいすよ。でも、ちゃんと背負わせてくださいす。オーナー殺した罪だけは。あたし、それだけは知らないフリ、したくないすわ」
「……エスが望むなら」
イドはそう言って笑う。そして、初めて椅子から立ち上がった。
「私たちの対話の時間は終わりだ。コギトリーダー、今ある問題の話をしよう」
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