6:恋バナ

 ノエルさん達は色々と教えてくれた。彼女たちはある魔術技術を扱う会社に雇われ、破格の報酬のためにアトラ社跡地に降り立った。ーー彼女たちはここに降りたってもう、六日経っているという。

 

「ライヒェは知ってた? 一日ごとに景色が変わるんだって、ここ」

 

 私の肩口に鳥のように止まっているモニ太くんに声をかける。モニ太くんは青白く点灯した。

 

『毎回違うから一定周期ごとに決まった景色を"見せている"のだろうと推測していた。どうやら違うらしいな』

 

 点灯から少し遅れてライヒェの声がした。

 

『世知辛い話をする。お前のところの騎士に話すかは、お前が判断しろ、リーダー』

「ローランのことね。うん、分かった」

『情報提供者として奴らは有用であった。しかし、ついて行かせるよりは、設定されているのなら脱出ポイントを奴ら自身に探させた方がいい』

「見捨てろ、ってことか」

 

 確かにローランには慎重に話すべき事だ。素直に伝えると、彼は絶対に「助けたい」と主張するだろう。

 

『合理的だ。それが一番。分かっているだろう?』

「……」

 

 私が答えないでいると、彼の言葉が氷の刃のように切り込んでくる。

 

『死なせたいのか、全員』

「いいや……」

 

 言い返す言葉がない。沈んでいく。

 そして、そんな言葉を発しているライヒェが、私たちの中でも一番年下だという事実が恐ろしくて堪らない。

 

 進むべきだ。それを分かっているのに、泥濘む泥の中みたいに、沈殿した色んな想いがまとわりついて動けない。

 

「ローランみたいな理想家ではないけれど、私だって救える命は救いたいよ」

 

 私がそう言うと、彼の吐息に少し困惑の色が混じった。

 

『俺はそこまで非情なことを言ったのか?』

 

 そう独りごちてから、モニ太くんの電源が落ちた。

 

 情報整理のために休憩しようと言い出したのは私だったが、皆の様子が気になって探すことにした。特にノルマンには話を聞くべきだと感じた。

 彼を探していると二つの紫煙が立ち上るのを見た。その元を探すと、カインとノルマンがいる。二人とも私に気づくと手を挙げた。

 

 二人並んで座っていたその間を空けられて、そこに座るように促された。少し悩んでから座ると、ノルマンがタバコを差し出してきた。吸わないと言えば彼はすぐ引き下がるだろうが、私はそれを受け取った。

 二人を真似るようにそれを咥えると、すかさずノルマンが火を差し出してきた。タバコの先がちりちりと燃える音がする。やがて口の中に渋みのある重たい煙が広がる。

 

「セリカ……じゃなくて、ノエルさんか。彼女たちは今カルアちゃんに話を聞いてもらってる」

「セリカってノルマンの元カノだってよ、元カノ。んで、ノエルちゃんがセリカにそっくりなんだって」

「人のカノジョを呼びつけにしないでくれるかな……」

 

 カインは「元カノ」と表現したが、ノルマンは「カノジョ」と言った。普段色恋沙汰には興味が無い側の人間だが、やたらそのズレが気になった。

 

「元って、何で別れたの?」

「死んだんだとよ。何で死んだかはさっきからずっと聞いてんだが、全然答えねーの」

「聞いといてなんだけどカイン、もう少し優しく質問しようね……」

 

 その聞き方はあまりにド直球すぎる。むしろ、亡くなったことを聞き出せているだけでも凄いと思ってしまった。

 そして、ここまで私とカインが会話していて、ノルマンが冗談で切り込んで来ないのが、彼のダメージの受け方を如実に表している。沈黙は時に言葉よりも雄弁だ。

 

 私達も沈黙した。ふと見上げた黄色の夜空が揺らいだ。少し遠くの方で、空が歪むように見えた。

 軽やかな足音が近づいてくる。背もたれにしている煤けた瓦礫の上に、真っ白な天使が降り立ったように見えた。それがカルアだと一拍遅れて気づく。足音に反して、彼女の表情は珍しく深刻そうに見えた。

 

「リーダー。皆を集めた方がいいかもです」

 

 遅れて、彼女と正反対の漆黒が同じく瓦礫の上に立つ。

 

「一服中申し訳ないんすけど、緊急事態すわ。なんか、扉が突然出てきたんす」

「扉が?」

「ええ、それでノエルさんが……」

 

 エスが理由を説明してくれた。飛び出すように真っ先に動いたのはノルマンだ。ノエルさんの名前を聞くや否や、彼は荷物の入ったカバンをひったくるように胸に抱く。一瞬その重さによろつきながらも、彼は夜空の揺らぎが大きい方へ走っていく。

 

 カインがおい、と声を張り上げて追いかけて行った。

 

 カルアとエスが瓦礫から飛び降りてくる。二人に両脇から行きましょう、と言われ、手を取られて走り出す。モニ太くんもどこからともなく着いてきた。

 

『映像解析をしていた』

 

 ライヒェが私に追走しながら、肩口でそう言った。

 

『その結果、非常にまずいことが判明した』

「もったいぶらずに教えてくれないすか」

 

 走ってぶれる私やエスの声と違い、モニ太くんを介して見ている彼の声は真っ直ぐに冷たい。

 その声がこんなことを言った。

 

『一日ごとに変わる景色は、そこにいる誰かの心象の反映をしている。つまり、これはお前らの内の誰かの心が囚われている"どこか"の再演(アンコール)である』

 

 珍しく告げることを少し躊躇ったような揺らぎが、彼の言葉に吐息として混ざる。

 

『そして、この映像は、本来"なかったことになっている"リヴァイアの大戦争、黄の夜空戦争の風景に酷似している』

 

 「忘れなきゃならないことを、彼は一向に忘れてくれない」、「黄の夜空戦争。その日、一夜にしてリヴァイアの数万人が命を落とした」。

 レイシアさんの映像が言っていた事が脳裏に浮かぶ。

 

「何がまずいんすか、それの」

「かなりまずいですよぉ、それ。存在を覚えてるだけで、国家反逆に問われかねないことですぅ」

『そこのちんちくりんの真っ白が言った通りである。一発で人生退場だ。分かったか、ちんちくりんの黒い方』

「一週間後覚えとけよ、ちんちくりんのインテリ野郎」

 

 エスが非常にお行儀悪く中指を立てるのを見てから、視線をモニ太くんにやる。

 

「でも実際、なかったことになってる記録をどうやって……」

『言わずとも分かるだろう。違法な手段だ』

「何で君がそんな危ない橋を……」

『「救える命は救いたい」んだろう?』

 

 少し間が空いてから、「何も言うな」と言わんばかりに、モニ太くんの灯りが落ちる。私は彼に心の中で深く頭を下げて、『扉』の方へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る