消えた少女

「そもそも、この動画が“本物”だと仮定して聞いてね。」


そう言って、三澄さんは動画を少し巻き戻して一時停止する。

「ほら、ここ見て。」

白く細い指先を視線で辿った僕の心臓がドクンと鳴った。

そこには、白くまのキーホルダーがついたリュックを背負う女の子が写っている。

黒く長い髪と小さな背。

後ろ姿だけだが、あまりにも見覚えがある。


「これって…。」

顔を上げた瞬間、三澄さんの顔が近すぎて、思わず息を呑む。

小さな画面を一緒に覗き込んでいるのだから当たり前だが、いかんせん僕はこういうシチュエーションに耐性がないんだから仕方ない。


そんな僕を気にも留めずに、三澄さんは1つ頷いて話を進めた。

「そう。これは私のリュックについているキーホルダーと同じ。そして、この動画が撮影日は、私が転校してきて2日目が表示されている。」

彼女の潜められた声は淡々としているのに、言葉は重く聞こえる。



__あれ、でも三澄さんって電車通学なはず。

駅に近いのは表門だから、電車通学の生徒が裏門を使うことはほぼない。

「駅に向かうなら、わざわざ裏門は使わないと思うけど?」

そう聞くと、三澄さんはいつも通り無表情で首を振る。


「この日は大雨で電車が止まっていたでしょう?

だからバスで帰ろうと思ったんだよね。バス停なら、学校の裏門から出た方が早い。」

「あ、そうか。」


そう言われて思い出した。

あの日は昼間にとんでもない豪雨が続いて、最寄りの沿線が止まっていたんだ。

下校の時には雨がすっかり止んでいたけど、結局電車の復旧は間に合わず、僕もバスで帰るはめになった。



「あの日なら、きっとまだ私を覚えている人もいた。

私、実は撮影者が私を忘れた後は、写真や動画にも写らないんだよね。

でも、この動画に私は写っている。」

三澄さんの話に引き込まれて、僕は頷くことしかできない。

「それに、何人かの生徒が撮影者に向かって手を振ってるの。

ということは、撮影者は恐らくこの学校の関係者。

そして、この動画は、撮影者がまだ私を覚えている時に撮られたもの。」


どう?と僕を見上げる三澄さんの表情は、いつにもまして生き生きしている。

たしかに、今までバラバラだったピースが、全て三澄さんの秘密に繋がりそうな予感がする。

でも、これらのヒントで何がわかるというのだろう。

まだ頭にはてなマークを浮かべている僕に、三澄さんは少し興奮したように頬を染めながら話し続ける。


「そういえば、この動画最後まで見た?」

「ううん。涼と見た時は正直そこまで興味がなくて...途中までしか見てないんだ。」

「じゃあちょうどよかった。続きも見てほしいの。」


そう言って再生された動画は、画面の端に三澄さんを捉えたまま、下校する生徒の群れを映し続ける。

どうやら撮影者も周りの生徒と同じく、バス停の方向へ歩いているようだ。


「あっ!」

それから10秒ほど進んだあたりで、僕は思わず声を上げた。

僕のリアクションに、三澄さんは満足げな表情を浮かべる。

「どう?気付いてくれた?」

「う、うん。」

信じられない気持ちで僕は、もう一度同じところを再生して、見間違いじゃないことを確かめる。



__やっぱりそうだ。

つい1秒前まで撮影者の前を歩いていた三澄さんが、一瞬で画面から消えている。

足元の大きな水たまりには影すら映っていない。



「これって...つまり、三澄さんが忘れられた瞬間?」


ここに来て、なんだか急に大きな手掛かりを掴んだ気がする。

ここから、三澄さんの秘密が解き明かせるのではないか。

そんな期待がぐっと高まっていく。


「ご名答。

私もこんなの初めてなの。でも、この撮影者に話を聞けば、何かわかるかもしれない。そう思わない?」

そう言って1歩僕に近づいた三澄さんは、僕が少し動けば触れてしまいそうな距離にいる。

鼻をくすぐるのは、ジャスミンの花のような香り。

僕を見上げる瞳は、いつもの冷たい印象と打って変わって、今はキラキラと光が映し出されて綺麗だ。



「そうだね。」



そう答えるのがやっとの僕は、いまだに落ち着かない心臓の音が、三澄さんに聞こえないことを祈っていた。

この胸の高鳴りが、手掛かりを掴んだことへの高揚感なのか、三澄さんとの距離感のせいなのかは、わからないままだった。

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見えない夏 さくらのうさぎ @sakura-no-usagi

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