見慣れた景色

「三澄さん...!」


息を切らしながら叫ぶと、三澄さんはくるりとこちらを向く。

いつも通り無表情で、白い肌が夜の風景に浮かび上がって、そこにいるのにいないみたい。

普段の制服とは違う、水色のワンピースが似合っていて、急に知らない女の子のように見える。


息を整える間、三澄さんは何も話さずじっと待ってくれていた。

僕はといえば、息切れが治まっても、早鐘を打つ心臓は落ち着かないし、口の中はカラカラ。

聞きたいことはたくさんあるのに、やっぱり口ごもってしまう自分に嫌気がさす。



「やっぱり来てくれたね。」



しびれを切らしたのか、三澄さんの方から僕に声をかけてくれた。

なんて話そうか悩んでいた僕にとってはありがたい。

「やっぱりって、僕が来ることを知ってたの?」

「ううん。なんとなく、君なら来てくれるんじゃないかなって思ってた。」


そう言って柔らかく笑う三澄さんは、街灯に照らされた輪郭が光って、すごく神秘的だ。

近くの街路樹から聞こえる蝉の声も、どこか遠くに感じるくらい、僕の意識は三澄さんに向かっていた。



「よくわからないけど...さっき公園で花火見てたよね?

丘のベンチに座ってたのは三澄さんでしょ?」

少し緊張しながらそう問いかける僕に、三澄さんはゆっくり頷く。

「そうだよ。雲の上のショップカードを落としたのもわざと。

もしかしたら、君は気付いてくれるんじゃないかって思って。

賭けだったけど、ちゃんと伝わったみたいで嬉しい。」


口を隠してクスクスと笑う三澄さんを見ていると、顔に熱が集まるような気がして、慌てて手のひらで頬を仰ぐ。



「そういえば、尾上くんも一緒じゃなかった?」

ひとしきり笑い終わった三澄さんは、僕の後ろを覗き込んで首を傾げた。

「涼にはどうしても行きたい場所があるって断ってきたんだ。

今頃クラスメイトに連絡でもして、誰かと合流してるんじゃないかな。

あいつ、僕と違って友達多いし。」

「そっか。尾上くんにはちょっと申し訳ないけど、それなら心配ないね。

....ねぇ、ちょっと付き合ってよ。」


いつかきいたことのあるセリフに、今度はしっかりと返事をする。


「うん。もちろん。」









それから三澄さんは駅に向かってどんどん歩き、ほとんど乗客のいない電車に乗り込んだ。

「どこに行くの?」

僕がそう問いかけても、「内緒。」と微笑むだけで教える気はないみたい。

仕方なく、僕は窓の外を眺めることで、隣に座る三澄さんの体温から気を逸らす。





20分程電車に揺られて降り立ったのは、見慣れたホーム。

学校の最寄り駅だ。


「2番線から電車が発車します。白線の内側までお下がりください。」


ホームに人がいないからか、駅員のアナウンスがやけに大きく響く。

もちろん制服姿の生徒はいない。

それだけで見慣れた景色が非日常に感じられる。


「ねぇ、どこに行くの?」

「まぁ着いてきてよ。すぐにわかるから。」


三澄さんは相変わらず答えをくれないまま、意味深な微笑みを浮かべて、スタスタと学校の方面へと歩いていく。

僕はふぅと小さく息を吐いて、改札を出た。






「着いたよ。」


ここ、と三澄さんが立ちどまったのは、学校裏にある駄菓子屋の前。

もちろん今はシャッターが閉まっていて、シンと静まり返っている。

細い道だからか通行人もおらず、近くで踏み切りがカンカンと鳴っている音が聞こえるだけ。

何のためのここに来たのかさっぱりわからない。


「...ここって言われても、駄菓子屋は閉まってるよ。」

「そうだね。でも駄菓子屋に用は無いよ。ほら、これ見て。」

そう言って、三澄さんは何かを検索した後、スマホの画面を僕にグイッと近づける。

そこには、つい最近涼が見ていた神隠しの動画が流れていた。

「あ、これ。涼も見てたやつだ。学校の中でも噂になってるらしいな。」

「そう。でもこれが噂じゃなくて、本当だったらどう?」


__何を言っているんだ?

ニヤリと笑う三澄さんに、僕は背筋がゾクっとする。


「本当だったらって...こんなの子供騙しのフェイクだろ?

もしかして、こういうの信じるタイプ?」

思わず誤魔化したものの、急に汗が引く感覚に鳥肌が立つ。

「まさか。私はお化けとかそういう類の話は信じてないよ。

でも、私の秘密を解き明かすヒントを見つけたの。」


思わぬ言葉に僕は「えっ?」と腑抜けた声がでる。

驚く僕を置いてけぼりにしたまま、三澄さんは嬉しそうに笑っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る