そこにいる

「なんかあるのか?」

イカ焼きの串をに噛り付きながら、不思議そうな顔で涼が僕を見る。

「え?」

「いや、ずっとキョロキョロしてるから。」

「あ、いや、別に。」

「なんだよ。気になるじゃん。」

涼は僕の二の腕を小突きながら、どうにか話を聞き出そうとしてニヤニヤしている。

「なんもないって。」

「いやいや、お前がそう言ってなんもなかったこと無いだろ。

あ、もしかして可愛い子でもいた?どこ?」



諦めの悪い涼に、僕はとうとう諦めて今見たことを話した。

「...つまり、夢でみた美少女がそこに座ってたってこと?

それで突然消えたって?」

『何言ってんだこいつ』と顔に書いている涼は、残りのイカ焼きを口に放り込む。

「そうだって言ってんじゃん。」

こうなるから言いたくなかったのにと思いながら、少し冷えた唐揚げに噛り付いた。





「じゃあ見に行こうぜ。どうせまだ花火は始まったばっかりだし。」

「えっ...。」

面白そうじゃん!と立ち上がった涼は、スタスタと丘を下っていく。

「あ、おい!ちょっと待ってよ!」

慌てて僕も涼を追いかけて、さっき三澄さんが座っていたベンチにたどり着く。



しばらく2人であたりを探しても、やっぱり人影はなく、もはや僕が見た三澄さんは幻覚だったのかと思い始めた。

「なぁ、やっぱり見間違いじゃね?そもそも、ここに来る人なんて誰もいないし。」

「そうだな...。」

「それにしても、夢の中の少女に恋したなんて、随分ロマンチストだったんだな。

いや~、全然似合わねぇ!」

あはは!と僕をからかって笑う涼は、いつも通り楽しそうだ。


「うるせぇよ。」

恥ずかしいやら腹が立つやらで、立ち上がった僕は、いたたまれない気持ちでうつむいた。

すると、足元に何かが落ちていることに気付き、慌てて拾い上げる。

「あっ。」

「何それ。」



僕が拾ったのは、小さな名刺サイズの白い紙。

そこに書かれた文字を見て、僕の心臓はドクドクと脈打ち始める。



『喫茶 雲の上』



裏を見ると、営業時間や定休日などが書かれていて、自由に持ち帰れるショップカードのようだ。

涼は「雲の上?」と興味がなさそうに首をかしげているが、僕は驚きのあまり動けないでいた。


__この前寄り道した店だ。

こんな偶然、あまりにもできすぎている。

やっぱりここに三澄さんはいたんだ。


僕はショップカードをポケットに入れると、そのまま元のベンチへと歩き出す。

涼は「え、それ持って帰るの?」と怪訝な顔をしているが、一旦無視する。

ポケットに手を入れると、カサッと紙に触れる感触がやけにリアルで、もはや僕の頭の中は花火どころではない。

今すぐ三澄さんを探しに行きたい気持ちをこらえて、僕は勢いよく涼に頭を下げる。


「ごめん!僕、どうしても今行きたいところがあるんだ。

今日はこのまま解散にしてほしい。ほんとごめん。」

「えっ?えっ?解散って、まだ花火途中じゃん。っていうか、どこに行くんだよ。」

「焼きそばとポテト全部食べていいから!来年は絶対最後まで一緒に見るから!

今回だけは見逃して!」

あまりの僕の勢いに、涼は何も言えず「お、おう。そこまで言うなら...。」と頷く。


「ありがとう!まじでごめんな!」

大声で涼に謝りながら、僕は元来た道を走って戻る。

1人残した涼には申し訳ないが、どうしても雲の上に行かなきゃ行けない気がしたんだ。




家に自転車を取りに帰る時間も惜しくて、駅の方へ走って向かう。

蒸し暑い夏の夜が纏う空気は、じっとりと僕を包んで、すぐに汗が噴き出してきた。

ハンカチなんて持ち歩いていない僕は、仕方なくTシャツの裾で汗をぬぐいながら、花火を見ている人の流れに逆らって、ノンストップで走り続ける。


__きっと三澄さんは雲の上にいる。

ただの勘でしかないけど、僕をここに呼んでいるような気がするんだ。


普段から運動をしない体はとっくに悲鳴を上げていて、ゼェゼェと息をする僕は間抜けだろう。

それでも、なんとか気力だけで足を動かす。

確証の無い確信を持ちながら、とうとう最後の角を曲がる。




すると、やっぱり雲の上の前に、汗ひとつかいていないような、涼し気な三澄さんが立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る