そこにいた

僕と涼は、屋台で買った食べ物を両手に持って、いつも花火を見る穴場スポットへと歩いていた。

公園の奥にある小高い丘は、手前に雑木林があるからか、誰も寄り付かない。

うっそうと生い茂る木や草をかき分けて丘に登ると、案の定そこには誰もいなかった。


「今年も貸切状態だな。」

「そりゃあ、あれだけ雑草が伸びてたら、誰も入りたくないだろ。」

「たしかに。あ、焼きそば俺もほしい。」

「はいよ。」

僕らは慣れた手つきで、焼きそばにポテト、唐揚げ、キンキンに冷えたラムネなど、大量の食べ物をベンチに広げる。

あっという間に2人の間は食べ物で埋まってしまった。


スマホの画面を見ると時刻は18:55。

ここにたどり着く時間も完璧だ。

とりあえず花火があがるまでに、空腹を満たそう。



口がパンパンになるまで焼きそばを頬張りつつ、ふと周りを見渡すと、丘の中腹に人影が見えた。

「とうとうこの穴場も見つかったか」なんて思っていると、その後ろ姿に見覚えがあることに気付いた。

長い黒髪に小さな背中。

背筋を伸ばして座る様子は、授業中によく見るそれと同じ。




__三澄さんだ。




思わず息を吞んだ僕には気付かず、涼はポテトを何本も一気に食べてむせている。

...そりゃあ、『きゅんとしない』って言われるか。

そんな涼に呆れながらも、僕はもう一度三澄さんの方へと目を向けた。

相変わらず静かに座っているだけで、周りに誰もいないところを見ると、1人で来たのだろう。

長い髪が風になびいて、花火の光にキラキラと反射する。



でも、なぜ最近引っ越してきた三澄さんが、この穴場スポットを知っているのだろう。

丘に続く道は10年ほど前から整備されなくなり、1.5mほどの雑草が伸び放題。

とうの昔に人が歩く道ではなくなっている。


それに、たいていの女の子って虫とか嫌いじゃなかったっけ?

こんな獣道を通って来るタイプには見えないんだけどな。

そう思っても、涼は三澄さんが見えていないだろうから、僕から声をかけに行くのは憚られる。

何もないところで1人で喋っているなんて、いくら親友とはいえ気味が悪いだろう。







ヒュ~.....ドォーン!!!!!!!







突然大きな音が聞こえたと思ったら、目の前の夜空に派手な光が舞い散った。

スマホの画面を見ると、ちょうど19:00。

今年も花火大会が始まったようだ。

「おぉ~、やっぱりここから見る花火はでかくていいよな!」

「そうだな。」

毎年見慣れた光景だが、やはり夏の一大イベントだ。

目の前でどんどん上がっていく花火を見ながら、口の中にある物を冷えたラムネで一気に流し込む。



しばらく花火に気を取られていた僕は、ハッと思い出して三澄さんがいた方向に視線を動かした。


__あれ?


そこには誰も座っていないベンチがぽつんと残されていて、あたりを見渡しても三澄さんの姿はない。

次々と上がり続ける花火は、空っぽのベンチを色とりどりに照らし出す。

それにしても、まだ花火が上がり始めて5分程度しかたっていない。

普通に考えて、もう帰ってしまうなんてありえない。


でも、いくらキョロキョロと周りを見ても、三澄さんの姿どころか、人影1つ見えなかった。



いつもと同じだったはずの花火大会に、ほんの小さな違和感が落とされる。

それは、じわじわと足元から這い上がってきて、僕を飲み込んでいくようだった。



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