待ち合わせ

僕と三澄さんが雲の上に寄り道してから、1週間。

あの時は非現実的な打ち明け話に、ふわふわとした感覚だけが残ったものの、意識して見ていれば、三澄さんの学校生活は不自然だった。


授業中に先生から当てられることは無く、音読の順番でも三澄さんは飛ばされる。

それ以外の休憩時間や登下校時間も、三澄さんを見ている人は1人もいない。

極めつけに、涼は三澄さんのことを何も覚えていなかった。



「なぁ、三澄さんって知ってる?転校生なんだけど。」

そう聞いた僕に、涼はきょとんとした顔で首をかしげる。

僕らはまだ2時間目が終わったばかりだというのに、螺旋階段に座って馬鹿みたいに大きなおにぎりに噛り付いている。

成長期の男子高校生は、とにかくお腹が空くんだから仕方ない。

「三澄さん?誰、それ。っていうか、転校生なんか来てないじゃん。」

「先週鈴にゃんが紹介してただろ?黒髪で色白の子。」

「いやいや、そんなイベント起きてないって。しかも黒髪で色白はお前の好みなだけじゃん。

あっ、さてはまた授業中に昼寝して、夢でも見てたんだろ。お前いっつも寝てるもんな。」

「いや、そんな、好みとかそういうんじゃなくて...まぁ、夢だったんだな。うん。

ってか、いつまで笑ってんだよ!」

何がそんなに面白いのか。

おにぎりを持っていない方の手で、膝を叩いて爆笑する涼の脇腹に、僕は軽いパンチをお見舞いする。


「痛っ!おにぎりが落ちたらどうすんだよ。」

「そっちの心配かよ。」

相変わらず一緒にいると騒がしいやつだ。

でも、そんな空気感が心地いい。



しかし、雲の上で聞いた通り、涼の記憶からは消えて、三澄さんの姿が見えていないのだろう。



__僕にしか見えない転校生。

まるで透明人間のようだ。


さっきは古典の授業で、三澄さんは教科書にマーカーで線を引いていたし、問題集の丸付けだってしていた。

僕から見れば、本当に普通の高校生なのに。


ここのところ、僕はすっかり三澄さんの秘密に夢中になっていた。







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ジリリリリリ ジリリリリリ




けたたましく鳴るアラームに、熟睡していた僕は飛び起きる。

スヌーズ機能が発動する前に慌ててアラームを切って、スマホの画面を確かめると、“17:00”と表示されていた。

外はまだうっすらと明るく、夕方と夜の狭間がゆっくりと溶け合っていくような空。


今日は近所の大きな公園で花火大会がある。

19:00から打ち上げられる予定で、僕は涼と一緒に行こうと毎年恒例の約束していた。

地味な僕はともかく、涼は彼女がいそうなのに、なぜか今日までずっとフリー。

本人曰く、「陸上が恋人」だそうだ。

でも、「今日の花火大会は彼女が浴衣着てくれるらしくてさ。超楽しみ!」と話していたクラスメイトを、羨ましそうに見ていたことを僕は知っている。


つまりは、1人で寂しい者同士、毎年飽きもせず屋台で食べ物を買って、並んで花火を見ているわけだ。

僕にとって、花火大会は涼と一緒に過ごしたむさくるしい思い出しかない。




ピンポーン



準備も終わってゴロゴロしていると、インターホンが鳴り響いた。

きっと涼が迎えに来たんだろう。

「今行くー!」

大声で返事をしながら、ドタドタと階段を駆け下り、リビングにいるお母さんに声をかける。

「涼と花火見に行ってくるー!」

「はいはい。本当にあんた達は仲良しねぇ。いってらっしゃい。」

テレビを見ながら、ひらひらと手を振るお母さんは、人混みが苦手でいつもイベントごとには参加したがらない。

今年も家で心霊特集を見ながら過ごすんだろう。





玄関を出ると、思った通り涼が立っていた。

オーバーサイズのTシャツに、ゆるい短パンとビーサン。

コンビニに行くようなラフな格好で、花火大会に行くとは到底思えない。

まぁ、お互い着飾る関係性でもないし、僕も似たような恰好だから何も言えないんだけど。


「よっ。お待たせ。」

「おう。っていうか、今年も男2人で花火かぁ。俺も浴衣姿の女の子と歩きて~!」

「うるさ。そう言うなら彼女でも作れよ。」

「おいおい、簡単に言ってくれるねぇ。」

大きい声で嘆く涼をほったらかしてさっさと歩き出すと、慌てて着いてくる足音が聞こえた。


隣に並んだ涼に、僕は話を続ける。

「彼女なんて涼ならすぐできるだろ。」

「いやいや、それなら苦労しないんだよ。俺が女子からなんて言われてるか知ってるか?」

「知らない。」

「『尾上くんはいい友達だけど、きゅんとしない。』だとよ。ひどくね?」

「うわー、残酷。」

「可能性なさ過ぎて1番キツイやつだろ、これ。」

「たしかに。」



そんなバカみたいな話をしながら、川沿いの道を歩いていると、徐々に人が増えてきた。

僕たちが憧れる浴衣姿の女子だけでなく、家族連れや老夫婦など、色んな人がいる。

この辺では割と大きなお祭りということもあり、遠くからも見物人がやってくるのだ。



あの時はまだ、この花火大会が強烈な記憶に残る夜になるなんて、僕は知らなかった。

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