神隠し

それから3日後。

すっかり三澄さんの周りから人の姿は消えて、教室の風景の一部と化していた。

誰に何を聞かれても、クスリとも笑わず淡々と答えるだけだった三澄さん。

転校生ってだけでも注目される存在なのに、「無愛想で冷たい。」なんて話が出ると、あっという間に他のクラスまで噂は広がった。

そのせいか、すでに三澄さんのことを話している生徒はいない。

今をときめく高校生が飽きるのは早かったのだ。



肝心の三澄さんは、休み時間はたいてい窓の外を眺めているか、音楽を聴いている。

僕もクラスの中では物静かな方だし、自分の席からあまり動くことは無いから、嫌でも三澄さんの挙動が視界に入ってしまう。

...別に、わざわざ見ているわけではない。



話は逸れたが、三澄さんはとにかく謎が多い。

授業中は真面目にノートを取っているが、体育の授業はいつも出ないようだ。

体が弱いのだろうか。

それに、昼休みもいつの間にか教室からいなくなっていて、どこでご飯を食べているのかわからない。

ちなみに、僕は教室や食堂、中庭、校舎の端にある螺旋階段など、その日によって好きな場所で食べている。



今も先生が黒板に書く数式を、せっせとノートに写す後ろ姿が見えるが、一度もペンが止まらないことが羨ましい。

さっきは難しい応用問題で先生に当てられたのに、黒板にスラスラと正解を書いていた。

『勉強ができるタイプなのかもしれない』なんて考えたところで、僕の手元にある空白だらけプリントにため息をつく。

何の気なしに、席に戻る三澄さんをちらっと見ると、いつもと同じ無表情。

...やっぱり何を考えているのかわからない人だ。



どこに住んでいて、何が好きで、どんな性格なのか。

東北の田舎から来たということ以外、誰も三澄さんのことを何も知らない。

良くある漫画の中では、転校生は物語の主人公で、クラスの中心にいるイメージだったが、現実はそうもいかないようだった。






「なぁなぁ、これ見た?」

休憩時間、僕の席まで走ってきた涼のスマホ画面には、心霊特集のショート動画が映し出されていた。

勝手に動く人形や、姿が見えないのに聞こえる声。

よくある子供騙しのような内容ばかりだ。

「あぁ、もうそんな季節か。」なんて思うものの、あいにく僕はこういった類の話を信じていない。


「なんだよ。僕がこういうの信じていないって知ってるだろ?」

少し怪訝そうな顔で涼を見上げると、「いやいや、よく見てみろって!」と興奮した様子で動画続きを再生する。

全体的に暗い画面なのでよくわからないが、どうやら最近人が神隠しのように消えてしまうという事件が起きて、それが幽霊の仕業だという内容だった。


「いやいや。それ未解決の誘拐事件とかそういうのだろ。幽霊なわけないって。」

どうやら信じている様子の涼には悪いが、あまりに突拍子もない話に興味を失い、適当に流す。

普段ならおどけて言い返してくるはずの涼が、何も言わず静かに画面を見つめたままで少し気まずい。

さすがに素っ気なかったかと申し訳なくなり、慌てて言い訳のように話を続けた。

「ごめん。僕の言い方が冷たかった。

その、こういうのはさ、恐怖をエンタメとして楽しむために作られているんだよ。

それに、未解決事件が実は幽霊の仕業でした、なんて説明で被害者は納得できないだろ?だからあり得ない...」


「これ、学校の裏じゃね?」

「えっ?」

予想外の涼の言葉に、僕はもう一度画面をのぞき込む。

たしかに言われてみれば、一時停止した画面の端の方に、学校裏にある駄菓子屋が映り込んでいて、周りの風景も見慣れたものだ。

さっきは画面が暗すぎて気付かなかった。

「ほんとだ。」

「な?なんかちょっと気味悪くね?」

すっかり神隠しを信じてい涼は、なんだかしょぼくれた大型犬のようで、あるはずのない垂れた耳と尻尾が見える。

たしかにお化けとかそんなのは信じてないけど、涼の反応に少しだけ不安がよぎった。


「い、いや、でも大丈夫だろ。涼ほどではないけど、僕も一応男だし。不審者がいれば抵抗くらいするよ。

それに、普段鍛えてる涼なら、僕よりよっぽど生存確率は高いって。」

慰めになのか何なのかわからないコメントに、涼は「はは!なんだそれ!」と笑う。

感情がわかりやすくて、切り替えが早いのは涼のいいところだ。


それからは、動画の続きも見ずに、部活の話や最近のドラマの内容に話題は移り変わる。

そうやって、僕らの中で神隠しのことはすっかり忘れ去られていった。

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