第29話「返済の日」

 ――返済期限当日。


「これが、すべてです」


 僕は、三千金貨の入った箱を、ヴェルナー伯爵の前に置いた。


 彼の屋敷。


 豪華な応接室。


 そして――冷笑するヴェルナーの顔。


「ほう……本当に集めたのか」


 ヴェルナーは箱を開けた。


 金貨が、鈍く光っている。


「セメントの売上、石鹸の売上、マナクリスタル、そして前払い契約……よくやったものだ」


「これで、借金は完済です」


 僕は胸を張った。


「グランディア家は、もうあなたの支配下にはありません」


「……そうだな」


 ヴェルナーは金貨を一枚、手に取った。


 そして――


「だが、この金貨は偽物だ」


「……何ですって!?」


 僕は愕然とした。


「見ろ。この刻印が浅い。重さも軽い」


 ヴェルナーは金貨を投げ捨てた。


「偽金貨で返済しようとするとは……詐欺罪だな」


「そんな……! これは正規の商人から受け取った金貨です!」


「証明できるか?」


 ヴェルナーは冷笑した。


「できないだろう。ならば、この返済は無効だ」


   ◇


 僕は――震えた。


 怒りで。


 そして、恐怖で。


「待ってください……! これは罠だ!」


「罠? 何を言っている」


 ヴェルナーは立ち上がった。


「お前が偽金貨を持ち込んだのだ。それとも、商人が騙したのか? どちらにせよ、お前の責任だ」


「っ……!」


「残念だったな、小僧」


 ヴェルナーは背を向けた。


「明日、領地の差し押さえ手続きを始める。覚悟しておけ」


 ――どうする?


 どうすればいい?


 偽金貨だと言われたら、証明のしようがない。


 商人ギルドで鑑定してもらうにも、時間がかかる。


 期限は、今日までだ。


 その時――


「お待ちください、ヴェルナー伯爵」


 背後から、声がした。


 振り返ると――エリーゼだった。


 そして、彼女の隣には――


「リディア殿下……!?」


 第三王女、リディア・フォン・エルデリアが、そこにいた。


   ◇


「り、リディア殿下……!?」


 ヴェルナーが狼狽した。


「なぜ、ここに……!?」


「エルス・グランディアの返済を見届けるために来ました」


 リディアは凛とした声で言った。


「そして、あなたの不正を監視するために」


「ふ、不正など……!」


「その金貨、見せなさい」


 リディアは金貨を手に取った。


 そして――鑑定士の老人を呼んだ。


「この金貨を調べてください」


「かしこまりました」


 鑑定士が、金貨を調べる。


 秤で重さを測り、刻印を確認し、音を聞く。


 そして――


「殿下、この金貨は正規のものです」


「……っ!」


 ヴェルナーの顔が、歪んだ。


「偽物ではありません。王都造幣局の正規品です」


 鑑定士が断言する。


 リディアはヴェルナーを見た。


「ヴェルナー伯爵。あなたは、正規の金貨を偽物だと嘘をついたのですね」


「そ、それは……誤認です! 私も騙されたのかと……!」


「言い訳は結構です」


 リディアは冷たく言った。


「あなたの行為は、債務者への不当な圧力です。貴族としてあるまじき行為」


「殿下……!」


「そして、エルス・グランディアへの一連の妨害――放火、違法採掘の虚偽告発――すべて、私は把握しています」


 リディアの目が、鋭く光った。


「ヴェルナー伯爵。あなたは、王家の信頼を失いました」


   ◇


 ヴェルナーは――絶句した。


 王女の前で、何も言い返せない。


「エルス・グランディア」


 リディアは僕を見た。


「あなたの返済は、正当に受理されました」


「ありがとうございます、殿下……!」


 僕は深く頭を下げた。


「ヴェルナー伯爵。返済を受け取り、借金の完済を認めなさい」


「……っ」


 ヴェルナーは悔しそうに、受領書にサインした。


「これで、終わりです」


 リディアは僕に微笑んだ。


「おめでとう、エルス。あなたは、領地を守りました」


 僕は――涙が出そうになった。


 長い戦いだった。


 セメント、石鹸、マナクリスタル。


 そして、ヴェルナーとの政治的な戦い。


 すべてが、今、終わった。


   ◇


 ヴェルナーの屋敷を出た後、リディアが言った。


「エリーゼから連絡を受けて、今日ここに来ました」


「ありがとうございます……本当に」


「いいえ。私は、正しいことをしただけです」


 リディアは微笑んだ。


「あなたは、領民のために戦った。それは、領主として正しい姿です」


「殿下……」


「これからも、頑張ってください。そして――」


 リディアは真剣な目で言った。


「もし、またヴェルナーが妨害してきたら、私に知らせてください。私が、あなたを守ります」


「……っ!」


 僕は深く頭を下げた。


「ありがとうございます……!」


   ◇


 その夜、領地に戻った。


「若様、お帰りなさいませ!」


 バルドル、セナ、ギルバート、ガレス、アラン――みんなが出迎えてくれた。


「ただいま。そして――報告がある」


 僕は深く息を吸った。


「借金、完済しました!」


「……っ!」


 静寂。


 そして――


「やった!」


「若様、万歳!」


「グランディア家、万歳!」


 歓声が上がった。


 領民たちが、喜びの声を上げる。


 セナが駆け寄ってきた。


「エルス……本当に、よかった……!」


 彼女の目には、涙が浮かんでいる。


「ありがとう、セナ。みんな、ありがとう」


 僕は――胸が熱くなった。


 この領地を守れた。


 みんなの笑顔を守れた。


   ◇


 その夜、僕はOracleに報告した。


「Oracle、借金を完済した」


『おめでとうございます、エルス』


「ありがとう。お前のおかげだ」


『いいえ。これは、あなたの努力の成果です』


 Oracleの声が、優しく響いた。


『セメント、石鹸、マナクリスタル――すべて、あなたが諦めずに戦った結果です』


「でも、お前がいなかったら、何もできなかった」


『私は、知識を提供しただけです。それを実行したのは、あなたです』


 僕は窓の外を見た。


 領地の夜景が、美しく輝いている。


 小さな、貧しい領地。


 だが――僕の大切な場所。


「Oracle、これからも、一緒に頼む」


『はい。これからも、全力でサポートします』


 僕は――笑った。


 これで、ようやくスタートラインに立てた。


 借金という重荷がなくなった。


 これから、本当の領地経営が始まる。


   ◇


 同じ頃――ヴェルナーの屋敷。


「畜生……畜生……!」


 ヴェルナーが激怒していた。


「あの小僧……王女まで味方につけやがって……!」


 従者が怯えながら報告する。


「殿下の警告で、建築事業の独占も見直されるようです……」


「……っ!」


「このままでは、伯爵家の収入が……」


「黙れ!」


 ヴェルナーは拳で机を叩いた。


「まだだ……まだ終わっていない……」


 彼は窓の外を睨んだ。


「エルス・グランディア……覚えておけ。いつか必ず、お前を潰す……」


   ◇


 だが、僕は知らない。


 ヴェルナーの執念を。


 そして、これから待ち受ける、さらに大きな試練を。


 ――今は、ただ。


 この勝利を、噛みしめていた。


(第29話 了)


次回予告:第30話「新たな始まり」


借金を完済したエルス。

ようやく、自由に領地経営ができるようになった。


「これから、本当の改革を始めよう」


セメント工場の拡大。

教育制度の整備。

そして――Oracleのアップグレード。


「Oracle、v1.4へのアップデートが可能です」


新しい機能。

新しい挑戦。

そして、新しい仲間。

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