ハズレスキル【Oracle】で辺境領地を最強国家にする

T.K.

プロローグ 成人の儀式前夜

「若様……正直に申し上げます。このままでは、来年の春までに領地を手放すことになるでしょう」


 執事バルドルの言葉が、夕暮れの執務室に重く響いた。


「借金が……金貨三千枚?」


「はい。先代様が残された負債に加え、ここ三年の不作。領民は六百人から四百人に減り、税収は半分以下です」


 十五歳の僕――エルス・グランディアは、机の上に広げられた帳簿を見つめた。赤い数字ばかりが並んでいる。


「明日の成人の儀式で、若様が強力なスキルを授かれば、まだ希望はあります。ですが、もし……」


 バルドルは言葉を濁した。言わなくてもわかる。もし、役に立たないスキルだったら――この領地は終わりだ。


   ◇


 夕食の席で、家族は無理に明るく振る舞っていた。


「エルス、明日は緊張するだろうが……お前なら大丈夫だ」


 父――グレン・グランディアが、やせた頬に笑顔を浮かべる。優しい父だが、領主としては力不足だった。だから、この領地はここまで落ちぶれた。


「お兄ちゃん、きっとすごいスキルがもらえるよ!」


 弟のユーリが無邪気に笑う。九歳の弟は、まだ何も知らない。


「どんなスキルでも……あなたはあなたよ、エルス」


 母――エレナが、震える声で言った。その目には、隠しきれない不安が浮かんでいる。


(みんな、僕に期待している。いや――賭けているんだ)


 十二歳の妹リーナだけが、何も言わずに僕を見つめていた。その瞳には、僕と同じ重圧が映っていた。


   ◇


 食後、中庭で夜空を見上げていると、幼馴染のセナ・ミラージュが訪ねてきた。


「エルス様……明日のこと、考えてましたよね?」


「……ああ」


 亜麻色の髪と緑の瞳を持つ彼女は、薬師の娘だ。人の顔色を読むのが得意で、僕の嘘はすぐに見抜かれる。


「私、思うんです。スキルがエルス様を選ぶんじゃなくて、エルス様がスキルを活かすんだって」


「僕が……スキルを?」


「はい。だから、どんなスキルでも大丈夫。エルス様なら、きっとその力をみんなのために使えます」


 その真っ直ぐな言葉が、少しだけ胸を温めてくれた。


「ありがとう、セナ」


「無理だけは、しないでくださいね」


 彼女は小さく手を振って去っていった。


   ◇


 夜、一人になった部屋で、僕は窓の外を見つめた。


 領地を救う――それは、生半可な覚悟ではできない。強力な戦闘スキルか、生産スキルか、あるいは特殊な能力か。とにかく、「使える」スキルでなければならない。


(守らなきゃ。僕が失敗したら、みんな路頭に迷うんだ)


 家族の顔が浮かぶ。領民たちの疲れた笑顔が浮かぶ。


「どうか……」


 僕は星空に向かって、静かに祈った。


「どうか、みんなを救えるスキルを授けてください」


 明日――十五歳の成人の儀式。


 神から授かる「スキル」が、この領地の、そして僕の運命を決める。


 その夜、僕はほとんど眠れなかった。


 運命の日が、始まろうとしていた。



(プロローグ 了)



次回予告:第1話「ハズレスキルの日」


成人の儀式で授かったスキルは、誰も知らない謎の名前――【Oracle】。


期待は失望に変わり、神官は「異端の可能性」と囁く。


絶望の淵に立たされたエルスだったが、その夜、頭の中に響き始めた声が、全てを変えることになる――

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