第34話 魔女の残酷な言葉


 レミリアに連れられてやってきたシルヴァリアは、クロノスから見せられたジャイアントスパイダーの糸に目を細めた。


 フリッツもエジェオも不安げにそれを見て、ティルダは表情を変えることなく水槽へと目を向ける。



「水槽に入れる理由はあっただろうか?」


「無いわ。水槽の魚は薬の素材でもあるの。ティルダが世話をしてくれていたわ」



 そうよねとシルヴァリアに問われて、ティルダは頷いた。前日もしっかりと餌をやって水質の確認もしていたので死ぬことはないはずだと。


 ジャイアントスパイダーの糸の毒性で死んだのは間違いがない。恐らく凶器もこれだろうとクロノスは言ってから、三人へと目を向ける。



「君たちはジャイアントスパイダーの糸の特性を知っていただろうか?」


「え? オレは知らないよ……魔物との戦闘訓練はまだ学校では習ってないから……」


「わたしも知らなかったです。薬師には興味なかったですし、わたしは戦闘部隊希望ではないので、魔物生態学は習っていません」



 エジェオは「本当だよ!」と声を上げ、ティルダは淡々と返事を返す。フリッツはそんな二人を横目に「僕も魔物生態学には詳しくない」と答えた。



「魔物生態は複雑だから、なかなか覚えられなくて……」



 フリッツの回答にクロノスは目を細めた。



「それはおかしくないだろうか」



 クロノスの言葉にエジェオが首を傾げ、ティルダも考える素振りを見せる。フリッツは何がおかしいのだろうかといったふうだ。


 何がおかしいのか。レミリアは気づいたように、一人へ目を向けた。それはシルヴァリアも同じ。



「フリッツ。君は薬学ならば自信があるのだろう。ジャイアントスパイダーの糸は魔物の素材として薬に使われるものだ。それを知らないのはおかしくないだろうか?」



 魔法薬師学科専攻であるならば、基礎知識である魔物の素材に関する勉強はされているはずだ。


 一年生の前期に薬に使われる薬草や魔物の素材といった基礎知識を教わる、そうクロノスの記憶にはあった。


 それに薬学ならば自信があると断言したのだ。この基礎知識を知らないというフリッツの言動はおかしなものとなる。



「基礎知識も知らず自信があると言ったのだろうか?」


「それは……」


「確認なのだが」



 フリッツが反論しようとするのを遮るようにクロノスはそう言って、シルヴァリアに問いかけた。



「素材が置かれた棚に薄く撒かれていた粉はなんだろうか?」



 粉。その一言にフリッツは目を瞬かせる。エジェオも何のことだと言ったふうだ。


 シルヴァリアはあぁと納得したように呟いてから、「あれは仕掛けなの」と答えた。



「勝手に薬草や素材を持っていったかどうかわかるようにする目印。目を凝らさないと見えないのは、フルリリスという蝶の鱗粉を使っているからなのよ」



 誰かが使えば粉が擦れて分かるようになっている。使う予定として報告されたもの以外が無くなっていれば、誰かが黙って持っていったとすぐに判断できるのだと、シルヴァリアは話す。


 それからゆっくりと目を細めて口角を上げた。



「フルリリスの鱗粉は触れれば、洗っても落ちないの。特殊な洗浄剤でないと。それから……暗い場所で淡く光るのよ」



 瓶にも塗ってあるから手で触れたのならば、べったりくっついているのではないかしらと、シルヴァリアはあからさまに首を傾げてみせた。



「掃除をしてくれているティルダは知っているのよ。だから、〝棚には触れないで、誰にも教えちゃだめよ〟って注意していたわ」



 そうよねぇとシルヴァリアが微笑めば、ティルダは「はい」と返事をしながら、フリッツを睨んだ。


 彼女が初めて表情に感情を出した瞬間だった。



「何もしていないのならば、手を見せてくださる? あぁ、別に顔でもいいわ。人間というのは自然と顔に手を触れてしまうものだから」



 あるいは靴でもいい。粉が舞って付着しているかもしれない。シルヴァリアは生き生きとフリッツを追い詰める。


 クロノスが問うまでもなく、彼は諦めたように俯いた。



「僕は、弟子になりたかったんだ……」



 偉大なる魔女の弟子になりたかった。自分には才能があると自信をもって言えるほどに学校での成績は優秀だ。


 根性だってあるつもりで、でも魔女は「弟子は一人しか取らないの」と言うだけ。


 ヨエルに口添えを頼もうにも彼は「ぼくには無理だよ」としか言わない。余裕ぶっているように見えた。


 自分が一番の弟子なのだといったふうな。だから、思ったのだ。こいつが居なければ、自分が弟子になれるのではないかと。



「可哀そうに」



 フリッツの懺悔を聞いてシルヴァリアは呟いた。それから、魔女の残酷な言葉裁きが下る。



「魔女となるために神獣と契約を交わすのだけれどね。その神獣との契約において、弟子は〝愛した者の血族のみ〟とされているのよ、妾は」



 シルヴァリアの言葉に空気が凍る。フリッツはゆっくりと顔を上げて、震える眼を向けて。


 エジェオは信じられないといったふうに、フリッツとシルヴァリアを交互に見遣っている。



「妾がこの国を守る理由。ただ一人、愛した英雄。リクハルド・フルスティの血族以外を弟子にすることはできないの」



 フルスティ家が一代限りの騎士爵を子孫に継承できるのは、一百年前の戦争で国を守り死した英雄リクハルドの功績があるからだ。


 彼の英雄の血族を称えて、継承できるようにされている。そんな英雄リクハルドはシルヴァリアの愛した人だった。



「だから、ヨエルが死んだとて、貴方を弟子にはできないの。ごめんなさいね」



 残酷な言葉裁きだ。自分の犯した罪は何の意味もなかったのだと知って、フリッツは膝から崩れ落ちた。

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