屋上の光と影

てつ

第1話 屋上の偶然

放課後の校舎は、昼間のざわめきが嘘のように静かだった。

教室から一歩抜け出して、私はいつもの屋上に向かう。

風に揺れる黒髪をそっと耳にかけながら、手に持った本のページをめくる。

今日の物語の主人公は、私と同じで、誰にも気づかれずに過ごす少女だ。

その静けさが、私は好きだった――ただ、心のどこかで、少し寂しいとも思う。


ふと、屋上の柵の向こうで声がした。

「わあ、こんなところに人がいるなんて珍しいね!」

その明るくて少しはしゃぐ声に、私は思わず肩をすくめた。

目を上げると、眩しい笑顔の女の子が立っていた。

長い茶髪をゆるくまとめ、制服のリボンは少し崩れている。

その笑顔は、まるで太陽そのもののように、屋上の静けさを突き破った。


「え、あ、はい……」

私は思わず声を震わせて答えた。

向こうはニコニコして、私の答えを待っている。

その無邪気さに、胸の奥がほんの少し熱くなる。


「ここ、いい場所だね。あたしもいい?」

そう言われて、私は小さくうなずく。

心臓の音が、いつもより早く打つのを感じる。

私に近づくその一歩一歩が、まるで心の中に波紋を広げるみたいだった。


「ありがとう。じゃあ、となり座っていい?」

大澤葵――そう自己紹介してくれた彼女は、私の横にすっと腰を下ろした。

風が二人の間を通り抜け、ほんの少しだけ体が触れた気がした。

瞬間、頬が熱くなり、思わず視線を落とす。

心の中で、小さな声が囁いた。「……な、なんでこんなにドキドキするんだろう」


しばらく沈黙が続く。私は本を手に持ったまま、ページをめくろうとするけれど、

どうしても文字に目が入らない。

横を見ると、葵は私の本をちらりと覗き込んでいる。

「面白そうだね。私も読んでみようかな」

その軽い一言に、心臓がまた跳ねた。

え、どうしてこんなに意識してしまうんだろう。私、普段はこんなに人を……

いや、女の子を意識することなんて、なかったのに。


葵は屋上のフェンスに寄り掛かり、空を見上げる。

「ここ、いい風が吹くね。なんか、秘密の場所みたい」

その言葉に、私も思わず隣に。

肩が少し触れて、熱が伝わる。

私は小さく息を吐き、心の中で繰り返した。

――近い……でも、なんだか心地いい・・・――


やがて、日が傾き始めて、屋上の空はオレンジ色に染まる。

その光の中で、葵の笑顔はますます輝いて見えた。

そして、私は初めて、自分の胸が甘く痛むのを感じた――

誰かを、こんな風に意識する自分がいることに、少し驚きながらも、嬉しかった。


「そろそろ教室に戻ろ!」葵が言った。

私はうなずき、立ち上がる。

下へ続く階段を歩きながら、私たちは自然に並ぶ。

手と手は触れそうで触れない距離

――その微妙な距離感に、胸がきゅっと締めつけられる。


「ねえ、また明日もここ来る?」

葵が振り返り、笑顔で尋ねた。

その笑顔に、私は思わず微笑み返す。

「……うん、来るかも」

心の中で、そっと囁いた。

――葵と、また会いたい――


夕暮れの風が私たちを包み、屋上の扉がゆっくり閉まる。

胸の奥に残る甘い余韻に、

私はまだしばらく目を閉じたまま、余韻に浸っていた――。

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